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テンタクル・プリンセス-或いは、特異触手個体のこと  作者: にゃー
第三章<集落編>

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第十四話 母親の拒絶

 私が、ひとしきり自分が触手であることをアピールしてから再び人族の姿に戻ると、セレナの父と母、エトナの3人がはっと我に返り、頭を突き合わせて話し合いを始めた。



「驚いたね……まさか本当に触手種が化けていたとは…!」


「ああ…。確かにミーニャは、前々からかなり賢そうな感じではあったんだが…まさか人型になっちまうとはね……いやはやたまげた…」


「感心してる場合じゃないでしょう!魔物が人に化けて集落に現れるなんて…すぐに退治しないと!」


「いや、驚くことには驚いたが……ミーニャなら、素性の知れない人物って言うんよりはよっぽどましだとあたしは思うが」


「何言ってるんですかエトナさん!!魔物ですよ!?」


「いや、しかしだな……ミーニャは近寄ってくるあたしやセレナに危害を加えたことは一度もなかったぞ?セレナなんか自分から絡まれに(・・・・)行くくらいだったのに、だ。あたしたちの言葉も理解できてるし、どうも文字も読めるみたいだ。今だって襲い掛かってくる様子はないじゃないか」


「それはあの触手がメスで、あなたたちが女性だったからでしょう!」


 ごめんなさい。今は女性(セレナ)の汗が大好物なんです。


「でも確かに、僕に飛びかかってくる様子もないしなぁ。エトナさんの言う事にも一理あるかもしれないよ?それから、細かいことだけど触手は魔物じゃなくて魔獣だからね、一応」


「魔物も魔獣も同じようなものですっ!!」



 荒れている。

 特にミーニャの母は、私が魔物…いや魔獣……どっちでもいいや。とにかく人に仇なす存在だと分かるや、すぐに討伐するべきだと声高に主張している。


…なんだろう。思いきり目の敵にされてるはずなのに、彼女の反応を見ていると何だか安心するというか。

 ついつい「そうそう、魔物が人に化けてたなんて知ったら、やっぱりそんな反応するよね。分かる分かる」って声をかけたくなる。いや声出ないけど。

 なんていうか、「人族は魔物を討伐する」っていう本とかから得た知識が、やっと現実とかみ合った感じというか。


 あの広場に集まるエルフたちは、私の事を当たり前のように受け入れていたし。今までも散々思ってきたけど、いくらメス同士だからといって、流石にもう少し警戒した方が良いと思うのだけれど。

 特に、さっきから私の体を撫でまわすだけの存在に成り下がってしまっているセレナ。口論に夢中で気付いていないようですがお母様、この子引っぺがした方が良いですよー。私魔物ですよー、危ないですよー。あ、汗はしっかり貰っています。



「とにかく!こんな何を考えているかも分からない化け物、さっさと退治すべきです!」



 至極真っ当な、セレナの母の意見。うん、私もそう思います。

 とはいえ流石に、本当に討伐されてしまうのは困る。この村に危害を加えるつもりはありませんので、何とか村から追い出す程度に抑えていただけないでしょうか。



 口論する彼女たちにそのようなことを伝えようとして、しかし今の私には意思表明の方法がない事に気付く。

 どうしたものか。誰か、文字を書く道具とか持っていませんか。これでは本当に、セレナの母の言う通り「何を考えているかも分からない化け物」だ。

 人族から見て化け物である事は否定しないけれど、せめて敵対する意思はない事くらいは伝えておきたい。


 しかし下手に動くと、それこそ襲い掛かってきたと勘違いされかねないし…ううむ、困った。




 私がどうしたものかと考え込んでいると、今まで興味深げに私の方を見ていたセレナの祖母が、おもむろに口を開いた。


「こいつが何を考えてるのか分からないってんなら、直接聞けばいいじゃないかい」

 

 そして、「何を言うのか」と憤るセレナの母を遮るようにして、私の方へと話しかけてくる。


「お前さん、言葉は分かるんだろう?」


 話しかけられたら応える。これ、人族の基本。

 というわけで首を縦に振る。こくり。


「喋れるのかい?」


 今度は横に。ぶんぶん。


「文字は読めるんだってね?書くのは?」


 多分できるはずだ。こくり。

 

「そうかい。なら、これを使いな。『魔法板』って言ってね。魔力を使って文字が書ける道具さね」


 そう言って私の顔ほどの大きさの薄い板と、棒のような物を渡してくる。


…魔力を使って文字を書くとはどういう事だろう。人族ではない私に扱えるのだろうか。

 勝手が分からず、渡された魔力板というらしい道具と、セレナの祖母の顔を交互に見つめる私。 もう少し説明ください。


「あー、すまんすまん。急に魔力だなんだといわれても分かりゃしないか。すでに私の魔力を込めてあるから、後は棒を板に当てて文字を書けばいいのさ」


 戸惑う私の様子から説明不足だと気付いたのか、彼女は一旦私から板と棒を取り上げた。そして私の方を一瞥すると、「こうやるのさ」と言いながら棒を板に押し付け、そのまま動かしていく。

 すると、動かした通りに板に文字が浮かんでいき…



『こんな感じさね』


 なるほど。


 浮かび上がった文字を眺めながら、これも魔法というやつなのか…とか、全く魔力というものは本当に万能なんだな……などと人族の技術に私が驚いていると、次第にその文字は薄れていき、10秒ほどで見えなくなってしまった。

 ずっと残り続けるわけじゃないのか。


「こんな辺境の村じゃ、インクってのはなかなか手に入らなくてねぇ……っと、これもお前さんに言っても分からない話だったね。失敬失敬」


 彼女の言う通り、『インク』とやらが何なのかは私には分からないが……

 とにかくこの魔法板のおかげで、何とか意思疎通が図れそうだ。よかった。




『初めまして、ミーニャです。よろしく』


 自己紹介はコミュニケーションの基本。本にそう書いてあった。


「おやおや、これはご丁寧にどうも。わたしは、さっきからお前さんにべったりなセレナの祖母で、さっきからお前さんを退治すべきだとうるさいセレナの母親の母親の、レゾナっていうしがない婆さんさ。よろしく」


 レゾナ、ね。

 セレナといい、エトナといい、レゾナといい…ついでに言えばミーニャ()といい、何だか名前の響きが似ているような気がする。人族か、或いはエルフの特徴なんだろうか。

 これも少し気になることではあるけど、それよりも今はこの老婆との会話に集中しなくては。


 人と会話するの初めてなんだよね。緊張する。



「早速だけどお前さんは、一体()なんだい?」


 触手です。ちょっと変わり者の。


『触手』


「普通の触手は挨拶なんてしなければ、「自分は触手です」って名乗ったりもしないと思うがねぇ」


 でしょうね。


『ある時自我に目覚めた、と思う』


「ほーう、自我!自我を認識できるなんざ、いよいよもってただの魔物じゃあないねぇ。お前さん、龍の親戚か何かかい?」


 龍なんて見たこともありません。


『違う。触手は分裂によって個体を増やす。他種族との間に子を設けることはできない』


「いやいや。言葉を解する触手がいるくらいだ。龍と交わる触手がいたっておかしくもなんともないさね」


 む、確かに。非常識という点からすれば、私の存在はそれくらいおかしなことなのかもしれない。

 でも私がこうなった(・・・・・)のは多分、龍とか関係なくて。


『飢え死にしそうになったとき、どこからか幼い女の子が現れた。その女の子が石を埋め込み、私はこうなった。と思う』


「石ぃ?どんなのだいそりゃ?」


 ますます興味深げに身を乗り出してきたセレナの祖母に対して私は、自分の目の中…瞳を指さして見せる。


「ほぉ、それが……見た目はまぁ綺麗だが、わたしにゃただの石ころにしか見えないけどねぇ」


 同感です。でも、原因と思えるようなものはこれくらいしかない。


『私にも、これが何かは分からない。ただ、これが埋め込まれた時から私は、今の私になった』


「ふーん…中々興味深い話だけど、事の真偽を確かめる術はわたしには無いからねぇ。原因の方は一旦置いとくとしようか」


 そう言うと彼女は、なおも私の瞳をじっと見つめながら本題に入る。



「んで、人に匹敵するほどの自我と知能を手に入れたお前さんは、何がしたいんだい?」


 核心を突く質問。私の、全ての行動の原理となるもの。



『知りたい』


「何を」




『知り得る全てを』




 老婆の目が、少しだけ見開かれる。



『自然を。町を、国を、人の営みを。この世界のあらゆるものが知りたい』



 私の言葉に、彼女は静かに問いを返す。


「知ってどうする?」



 どうする?


 どうするかなんて考えたこともなかった。私はただ知りたいだけなのだ。世界には何があり、どうなっているのかを。それを知って私自身は何を思うのかを。それ自体が目的で、知った先の事なんて今はどうだっていい。




『どうもこうもない。ただ知りたいだけ。知ってどうするかなんて、その時に考えれば良い』




 知らない内からあれこれ気にかけ過ぎてもつまらないだろう……なんて、いつも無駄に考え過ぎるきらいがある私が、言えることではないのかもしれないけれど。




「その時に考えればいい……か。……はっはは!あぁ、全くその通りさね!年を取るとどうにも小難しく考え過ぎちまっていかんねぇ!あぁ、違いない、お前さんの言う通りだよ!」



 私の答えがそんなに面白かったのか、心底愉快そうに笑う老婆。


『お気に召したようで』


「くくくっ、違いない…!いいねぇ、お前さんの事、気に入ったよ」


 それは何より。



「ちょっとお母さん!何を呑気な事を言ってるんですか!?」


 

 セレナの祖母の一言を聞いて、これまで黙って私達の会話を見ていたその娘―つまりセレナの母が、再び声を荒げる。

 

「なんだい、お前だって今の話を聞いてたろう。この子は、その辺のうつけなんかよりよっぽど出来がいいじゃないか」


 詰め寄る娘。あしらう母。


「そういう問題じゃありません!!魔物が村の中に入ってきたという事実そのものが……!!」


「この子に村をどうこうする気はないよ。これだけ賢いんだ、人に害する事でこの世界でどれだけ生き辛くなっちまうのか、よぉく分かってるだろうよ」


 だろう?とこちらに目を向ける彼女に、首を縦に振って応える。


『人を襲うつもりはない』


「だったらどうしてここまで来たっていうのよ!」


 今度は私に詰め寄ってくる。


「そりゃあ、『村』を知りたいと思ったんだろうよ」


 私に代わってセレナの母に答えた祖母に、しかし今度は首を横に振って応える。



『セレナに連れてこられた』



……


………


…………



「セレナ!!あなたって子は!!」


 まぁそうなりますよね。

 危険な魔物を村の中に招き入れるなんて、普通なら正気の沙汰ではないだろう。



「だからお母さん!私は、ミーニャなら大丈夫だと思ってここまで連れてきたんであって……!」


 セレナの反論に、最早半ば半狂乱になってしまっている母。

 綺麗な金髪を振り乱しながら、セレナを怒鳴りつける。そして――


「大丈夫!?魔物を村に入れることのどこが大丈夫だっていうの!?あなたいい加減に……!」






「いい加減にするのはお母さんの方だよ!!」






――これまでにないほど大きく響いた声に、家の中がしんと静まり返った。



「お母さん、さっきからなんか変だよ……?ミーニャの事はいつもお母さんに話してたし、今のおばあちゃんとの会話だって見てたでしょ……?ミーニャは、私たちにひどいことするような子じゃないって、どうして分かってくれないの……」



 見ればセレナの目には、薄っすらと涙が浮かんでいる。

 母親に、自分の言い分を理解して貰えないという事は、そんなにも悲しい事なのだろうか。


…いや、悲しい事なのだろうな。

 私には分からないものだけれど、それは。『親』とか『子』とかっていう関係は、きっと、人族にとってとても大事な物なのだろう。いつも明るくて楽しそうなセレナが、分かり合えないことを悲しみ、涙を流すほどなのだから。

 人は、たいせつなときに、涙を流すのでしょう?





 静かな、先ほどよりも幾分か重くなった空気の中で、聞き役に徹していたエトナがぽつりと呟く。


「…さっきも言ったがあたしは、セレナと同じくミーニャなら大丈夫だと思ってる。その、すぐ近くに魔物がいるってのは確かに怖いことかもしれないが…ここはあたしと、何より自分の娘を信じてやってくれないか?」


 気遣うようなその声に、セレナの父も続く。


「僕も最初は驚いたけれど、ミーニャ…さんを良く知ってるセレナやエトナさんは大丈夫だって言っている。それに、さっきから目の前で退治するだのなんだのと言われても、彼女はじっと我慢してくれているし…そこまで過剰に怖がる必要も、ないんじゃないかな」


 優しく背中に手を当てながら、諭すように言葉を発する父。

 母は、彼らの言葉に唇を噛みしめながら俯いてしまっている。


 ううむ。言い分としては彼女の方が正しいのだし、少し可哀想というか……『常識人は苦労する』という言葉は本当だったんだなぁ…

 しかしここで、渦中の魔物である私が彼女を擁護しても、変なふうに拗れるだけだろうし…  




 何も言い返さない彼女に祖母は、ふんっと鼻を鳴らしながらぶっきらぼうに呟く。


「大方、一昨年のオークの一件を思い出してたんだろうよ。あの時の村の空気ときたら、それだけでぽっくり逝っちまいそうなくらいだったからねぇ…」


 今の言葉を頭の中で反芻する。

 オークの一件……以前この村に、魔物や魔獣の類が襲来したことがあったという事だろうか。であれば、彼女がここまで私を恐れるのも、ますます納得できる。



「……あの時は結局被害は出なかった。でも、一歩間違えれば家族や村のみんなが死んでいたのかもしれないと考えると、今でも恐ろしくなるの……」


 祖母の言葉に触発されてか、ぽつりぽつりと胸の内を吐き出していくセレナの母。


「セレナの話からも、実際の様子を見ても、ミーニャは危険な魔物じゃない事は…頭では分かってはいたのだけれど…」


 やがて彼女の目からも、透明な涙がこぼれ始める。


「『村に魔物が入ってきたんだ』って、そう思うと、あの時の事を思い出して…怖くなって……」



 泣いている。今まで、烈火のように怒り狂っていたセレナの母が。静かに、涙を流している。


 その涙はきっと、村や、家族の人達を想って流したものだ。

 守らなければ。魔物()から、みんなを守らなければ、と。

 それ(・・)はきっと、たいせつなこと。




 触手()ですら気付くそのことに、人が気付かないはずがない。




「恐怖ってのは確かに大事さ。恐れることを忘れた奴は、つまらない事であっさり死んじまうからねぇ…」


 乱暴ながらも、自分の娘を労わるように、老婆はやさしく言葉を紡ぐ。


「でもだからって、過度な恐怖は、先を見る目を塞いじまう。わたしだってオークの時は怖かったさ。心臓が止まるかと思ったよ。ああ本当さ」


「だけど見てみな。あんなに恐ろしかった魔獣の類の中にだって、こうして向かい合って話ができる奴もいる。素晴らしい事じゃないか。それを、目を塞いで、見て見ぬふりをするなんて、勿体ないとは思わないかい?」


 幼子を諭すような母の言葉に娘は、やがて涙を拭い、顔をあげる。

 そこには、先ほどの激情に支配されたものとは違う、清く澄んだ瞳があった。

 私を見つめる、美しい瞳。

 やっぱり、セレナとおんなじ。綺麗な碧色だ。


「……そう、ね。…そうよね。私、あの事をまだ引きずってしまっていたのね、きっと」



 2人は紡ぐ。



「違いない。『忘れることなかれ、されど縛られることなかれ』ってねぇ」


「ええ、まったく。…ふふっ。この年になって教えられるなんてね」



 言葉を。



「なぁに、わたしはこれでも、あんたの母親なもんでね」


「…そうね、違いないわ」


「ああ、違いない」




 想いを。











「てことでお前さん、しばらくはうちに厄介になりな」


 いい感じに話がまとまった事だし…と、そろそろ村を出る事を切り出そうとしたら、セレナの祖母にそんなことを言われた。



 え?今のそういう流れなの?

 私てっきり、「そこまで言われちゃったらもう……仕方ないか。いいわ、世界を見に、人を知りに…行きなさい!」みたいな感じかと。



 それでよろしいんですかお母様。

 思わず私が目を向けると、彼女はばつの悪そうな顔をしながら、


「今まで、ごめんなさいね。あなたの事をよく見ようともせずに…」


 なんて言う。

 凄いしおらしくなってる…


『私は、人の生活様式を知らない』


「それを学ぶためにここで暮らすんだろうに」


 いや、そうだけれど、でも、えぇ。


『迷惑をかけることになる』


「迷惑なんかじゃないよ!むしろ嬉しい!……あっどうしよう、ミーニャと暮らすって冷静に考えたら、なんかにやけが止まらなくなってきた」


「ミーニャの方がよっぽど冷静に考えてると思うが……まぁあたしとしても、このまま何も知らないお前を野に放り出して、うっかり討伐でもされたら寝覚めが悪い。お前もそれは嫌だろう?」


 確かにそれは嫌だけど、なんか急展開過ぎてついて行けないというか…あれ、この家来るときもそんな感じだったな。



「大体、意思を持った触手なんていう面白そうなもの、わたしがみすみす手放すわけあるかい。いやぁ、長生きはしてみるもんだねぇ。かっかっか!」


 目を輝かせながら、そんなことをのたまうお婆様。

 あぁ、セレナの妙に強引なところって、おばあちゃん譲りだったんだなぁ…



「こうなるとお義母さんは離そうとしないからね…。その、ミーニャちゃんも良い機会だと思って、うちで色々と勉強していってくれたら嬉しい」


 お父様が苦笑交じりの台詞で、そう締めくくる。




…えっと、まぁ。

 実際のところ、今の私がこの村を出て別の村なり町なりに行ったとしても、上手くやっていける自信は全くない。そもそも最寄りの町までの道すら知らないし。

 そう考えると、今後の事も踏まえて、しばらくこの家に厄介になるのが良いような気もする。うん。



『そちらが良いというのなら』


「うん!うん!もう全然オッケー!!改めてよろしく!!」



 こうして、何だかよく分からない内に始まることとなった『人としての生活』に私は、勢い良く頬擦りしてくるセレナに一抹の不安を、そしてそれを遥かに超える期待を抱きながら、魔法板に文字を書き起こす。


 こういう時は、確かこう言うんだよね。





『不束者ですが、よろしくお願いします』









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