第十三話 触手の擬態
いい朝だ。とてもいい朝だ。
天気も良好。今日も今日とて日が昇る。
まさに、新たな一歩を踏み出した事を祝福するような、輝かしい朝日に照らされて私は――
「ほー……へー……はぁー……いやぁ、これはなかなか…」
――セレナに体中を眺めまわされていた。
「どれどれ触った感じは……おお!ちょっとひんやりしてるけど、質感は結構人の肌に近い!しかもそれでいて、触手特有のすべすべもちもちしっとり感もほんのり残っている……なにこれ、いい………っていうか髪の毛凄いさらさらなんですけど!うわー!すごーい!」
訂正、撫でまわされていた。
どうも私が人型に成る様子を、どの辺からかは知らないが彼女に見られていたらしい。
結局その後もセレナは、どうすればいいのか分からず固まってしまった私を、いつも通りのにやにや笑いを浮かべながら思う存分撫でまわしていた。
……本当、どうしたらいいんだろうか、この状況。
「まぁ、なんというかその…凸とか凹とか、色々足りない部分はあるけど、その辺は服着れば問題なし…っと」
そう言って自分が羽織っていた厚手の布(『外套』というらしい。後で聞いた。)で、私の体を包み込むセレナ。
それから、1歩離れたところから再び私の体を眺めて、
「とりあえずパッと見気になるのは、眉とまつ毛。それから足と爪、かな?」
と呟く。
『眉』と『まつ毛』というのは何なのか分からないが…『爪』とは確か、動物が狩りの時などに使う、足の先についている刃物のようなもの、だったはず。セレナの言葉からするに、人間の足にもそれがついているというだろうか。
爪の有無を確かめるべく、履物に覆われたセレナの足を良く見てみようとしたが、彼女はそれを遮るように指で私の目の上を軽く撫で、言葉を続けた。
「ほらここ。私の目の上のところ見て、短い毛が生えてるでしょ。これが眉。それから、瞼のところにも生えてるの見える?こっちがまつ毛」
……本当だ。髪の毛と同じ色の、短い毛が生えている。
見落としていた、というか『目』そのものばかりを意識していて、全く気を向けていなかった。慌てて目の上に『眉』を、瞼の先と目の下の方に『まつ毛』を生やしていく。
「うんうん、さらにかわいくなった」
ご満悦なセレナ。
ひとしきり私の顔を眺め、最後にもう一度満足そうに頷いた後にセレナは、今度は私の足元に目を向け、
「それから足。こっちにも、手と同じで指があるんだよー」
そう言いながら、履き物を脱いで自分の足を見せてくる。
セレナの言う通り、露出された足の先には手と同じように5本の指が生えていた。ただ足の指は、見たところ手のそれと比べるとかなり短い。これなら、作るのにそう手間もかからないだろう。
足のサイズを少し縮め、先の方から指の芯となる硬い触手を伸ばす。折り目付けや、少し厚めにした表面層の巻き付けといった、手の指を作る時に散々やった作業をてきぱきと行っていき、さして時間もかけずに両足合わせて10本の指を完成させる。
「こんなふうに体を作るんだ……触った時になんとなく分かってたけど、中の骨まで再現してあるんだね。流石ミーニャ!」
褒めるセレナ、喜ぶ私。何が流石なのかよく分からないが、彼女が意味もなく私を褒めるのは今に始まったことでもない。
しかし彼女の言葉から察するに、『骨』というのは手足を通る芯の事だろうか。
なるほど、「骨が折れる」の骨はこれの事を指していたのか。確かに折れたら大変そうだ。
っと、それはそうと、こうしてセレナの足を直に見ても、爪と呼べるような鋭い物はどこにもついていないように思えるのだが……
そう訝しむ私に、彼女は自分の手の指先を見せながらこう言った。
「んじゃ最後に爪ね。ほら、ここ、指の先の硬くなってる部分」
…えっ。それ爪なの?爪ってもっとこう、鋭くて尖っているような物じゃないの?
ていうかそれ手の指だよね?人族って足だけじゃなくて、手にも爪が生えてるの?
なんだろう、人族の爪は動物のそれとは全然違う物、という事なのだろうか。へぇー…
こんなところにも、人族と動物の違いがあるんだなぁ……なんて変なふうに感心していた私に、今度はセレナの方から不思議そうな目が向けられる。
「あれ、反応がない。もしかして爪は作れないとか?」
おっと、せっかく指摘してくれたのだし、きちんと直しておかねば。
セレナの指をよく見ながら、両手両足の指先を硬質化させ、半透明になるように色を変えていく。
ものの数分程度で爪を作り終えた私は、こんな感じでどうだろうか、とセレナに自分の手の指を見せる。
それを見た彼女は、出来に満足したのか、
「よしよし、ばっちり。んじゃ、いこっかー」
大きく頷き、そのまま私の手を取って歩き始めようとする……って、え? え? 何? 何なの? 行くってどこへ!?
ていうか、ついついセレナの言う通りに手直しとかしちゃってたけど、なんで彼女はこんなに冷静なの!?
触手が人の形になったって、普通もっと驚くような事じゃないの!?
なんで私の方が混乱しちゃってるの!?
このまま付いていって大丈夫なの?どうなるのか最早見当もつかないのだけれど!?
動いているようで止まっていた思考がようやく回り始めた私は、セレナのあまりにいつも通り過ぎる雰囲気に、逆にすっかり気を動転させてしまっていた。
「あれ、どうしたの?」
その場から動こうとしない私に気付いたセレナが、こちらの顔を覗き込みながら声をかけてくる。
「んー……もしかして、声は出せない感じ?」
そうだけど、今はそれどころじゃない。
彼女は私を、一体どうするつもりなのだろうか…
「大丈夫、大丈夫。悪いようにはしないから……って、これじゃ逆に怪しいか。とにかく、ミーニャをどうこうしようって訳じゃないから安心して。私の家に向かうだけだから」
家…ということは、エルフの集落に連れていかれるって事!?いやでも、私触手だし集落とか入っていったらみんな混乱するんじゃ……ってそうだ、人族の輪の中に入っていくために人の姿に成ったんだった……い、いや、だけどそんな、いきなり、まだ心の準備が……!ってひっぱらないでー!
「ほらほら、人が集まってきたら説明するの面倒だし、さっさといくよー!」
混乱し、急転した事態について行けなくなっている私を半ば引きずるようにして、セレナは意気揚々と集落への道を進み始めるのであった。
あーれー。
「じゃーん!これが私の家でーす!さ、入って入ってー」
あれよあれよという間に連れてこられたミーニャの家は、いわゆる『木造』という奴だろうか。無数の丸太や厚い木の板を組み合わせて作られた、まさに私が書物などから想像していた通りの『森の民の家』といった雰囲気の建物だった。
「お父さーん、お母さーん!それからおばあちゃんも!ちょっと集まってー!」
ほう、これが音に聞く『テーブル』というやつですかな?
む、まさかあれは…人族が腰を下ろし身を落ち着けるという『椅子』なるものでは!
おや、あの上に積み重なっていく段差は……も、もしや『階段』!?という事はこの家、伝説の『2階建て』というやつか!?
お、恐ろしい…これがエルフの住処か……
なんて、私が混乱のあまりわけの分からない事をぐるぐると考えているうちに、セレナの家族と思われる3人のエルフが、家の中央にあるテーブルへと集合していた。
その中の1人、セレナを大きくして落ち着きを加えたような女性が、少し怒ったような顔をしながらセレナに声をかける。
「セレナ…朝早くから家を出たと思ったら……!その子は一体どうしたの?なんだか凄く戸惑っている様子だけど…」
「ふむ、迷子か何かかい?見たところエルフのようだが、こんな子この集落にいたかな……?」
女性とその後に続いた男性(実物初めて見た…!)の言葉に、セレナが勢い込んで何か返そうとしたとき…もう1人の、顔がしわしわな女性が、こちらを見ながらゆっくりとした口調でセレナに話しかけた。
「話し込む前に。その子も困っておるようだし、とりあえず座らせてあげなさいな」
「っとそうだね、ごめんミーニャ。ほら、こっち座って」
女性に言われたセレナが、慌てて私を椅子に座らせる。おお、椅子初体験………なんか硬い。まぁ木で出来てるから当然か。
しかしこの女性、表皮がしわしわになっているところを見るに、いわゆる『お年寄り』というものだろうか。となるとこのエルフがセレナの『おばあちゃん』で、隣の男女が『お父さん』と『お母さん』という事になるのかな。
「で、ミーニャって言ったかしら。その子は一体……ミーニャ?それってあなたが毎日話している…」
私を見ながら、再びセレナに話しかけた彼女の母が、言葉の途中で何かに気付いたように口の動きを止める。
「そう、いつも言ってるあのミーニャ。朝広場に行ったら、こうなってたの」
「こう」と言いながら私の方に手を向けるセレナ。ていうか家族にも私の事話してたんだ。なんか恥ずかしいな…
しかしセレナの母は、その言葉にまさかというような顔をする。
「馬鹿おっしゃい。何がどうなったら、触手種がエルフに変身するっていうの?」
うん。その反応は至って当然だと思う。
「何がどうって、触手が、絡み合ったり巻き付いたりしてこう…」
「はいはい、くだらない冗談はいいから。その子はどこお子さんで、どうして連れてきたのか正直に答えなさい。理由によっては…ただじゃおかないわよ?」
「もう、ホントなんだってば!そうだミーニャ、ちょっとうねうねしてるところ見せてやってよ!」
「うねうねって……何を馬鹿なこと言ってるの!見なさい、その子も困ってるじゃない!」
声を荒げて言い合う2人。いや、私が困っているのはそこではなくてですね…
私の心中などお構いなしに、どんどんヒートアップしていく母と娘の会話。
触手の私ですらハラハラするそれに、流石に見かねたのか父親が割って入ろうと口を開いた、その時。
妙に体格の良い女性がドアを乱暴に開きながら入ってきた。
「おいセレナ!ミーニャがいなくなって………って、お取込み中だったか?」
あ、エトナだ。お久しぶりです。
「あぁ、エトナさんおはようございます。そのことなら心配ありませんよ。ミーニャならほら、ここに」
セレナが先ほどのように私に手を向けながら、エトナに声をかける。
「…そうか、ミーニャがいなくなったショックで遂に……かわいそうにな…」
エトナも、私が本当にミーニャであるとは微塵も思っていないようだ。
うんうん、これだよこれ。やっぱりセレナがおかしかっただけで、普通はこういう反応するよね、うん。なんかちょっと安心した。
「ちょっと!遂にって何ですか遂にって!」
憐みの籠った眼で見つめてくるエトナに対して、セレナが頬を膨らませながら言葉を返す。
「いや、普段からお前はミーニャの事になるとちょっとおかしかったからな……大丈夫、まだ近くにいるかもしれない。いっしょに探しに行こう。な?」
やだ、エトナやさしい…!
「失礼な!だーかーら、この子がミーニャなんですってば!エトナさんだって、ミーニャがただの触手じゃないって知ってるでしょ!?」
「確かに普通じゃないとは思ってたが、流石にこれはないだろう……髪の色はミーニャの体色にそっくりだけど、それだけだ」
あれ?なんだか私が普通の触手じゃないってばれていたみたい。いつからだろう?
うーん、だからセレナは冷静でいられたのかな。いや、でもやっぱり普通は、多少なりとも驚くと思うのだけれど…
「それだけじゃないんですって!」
「セレナ…あなたって子は、エトナさんにまで迷惑かけて……分かったわ。怒らないから、正直に本当のことを言いなさい」
母親とエトナの2人から言い分を否定されるセレナ。…さすがにちょっとかわいそうに見えてきた…かも。
「ああもう……ミーニャ!やっぱりうねうねして見せて!あなたがとってもかわいい触手だって事を、ちゃんとこの2人に教えてあげて!」
先ほどから微動だにしない私に、セレナが縋るような目を向けてくる。
「やれやれ、相当参ってるようだな………あーお嬢ちゃん?…悪いんだが、こいつのために、ちょっとうねうねしてやってくれないかい?いや、分かってる。こんな意味不明な事、見ず知らずの子に頼むのもんじゃないんだが……人助けだと思って少しだけ、な?」
エトナの方も、現実を見せてセレナを正気に戻そうという事なのか、申し訳なさそうに私を見ている。
セレナの母も、父も、最初以降ずっと黙って話を聞いていた祖母も、ここにいる全員が私に注目している。
……本来なら、このまま私が触手だってばれない方がいいんだけど。そのためのこの体だし。
…でも。
いままでずっと、私に良くしてくれたセレナが。
色々な事を教えてくれたセレナが。
私のせいで、家族や友人から、嘘つきだとかかわいそうな奴だとか思われるのは。
……なんか、嫌だな。
よし。
私は心を決めると、両腕の肘から先を元の触手に戻し、人族には決してできないようなレベルで触手を蠢かせた。
それは、私が触手種である事の、明らかな証明。
うねうね、うねうね。
尋常ではない私の様相に、その場にいた全員が目を見開く。
そして、一瞬の静寂の後、エトナが口を開――
「かわいいー!人型の時もすっごくいいけど、やっぱり触手状態のミーニャもかわいいよー!!」
――いやあの、流石に空気読もうよ。




