凪の魂
凪に対して、貴女は私だと、自分で伝えた癖に、私は混乱していた。
私はそもそも、身体の主導権を彼女に渡す気は全くない。
私の管理下なら、身体を動かす事もできる様にするけど…そこに自由はない。
——私、凪の事、幸せに出来るのかしら?
今更だけど、もしかしたら、失敗したかもしれないと思い至る。
(貴方は私って…どう言うこと?)
凪が、弱々しく話しかけてきた。困ったな、どう説明しよう…
「えっと、なんて言うか…ごめんなさい。私が考え無しだったわ」
私はとりあえず、凪が見ているはずの、鏡の中の自分に頭を下げた。
(え…?なんで謝っているの?)
凪の動揺が伝わってくる。
「凪、貴方の記憶、どこまである?」
彼女は、亡くなった自覚があるのだろうか?
とりあえず私は、自分のソファに座り、目を閉じて、凪と対話をする事にした。
(仕事が終わって…終電に乗り遅れて…眠くて…駅の階段…あれ?記憶が無いわ)
やっぱり無いか…資料を見た限り、その瞬間は、気を失っていたのだ。
「そう、凪は階段の途中で、器用に歩きながら気絶したのよ。で、そのまま足を踏み外して死んだのよ」
気絶と言う名の…寝落ちだ。
物理的にも寝て落ちた『寝落ち』だった。
(私、歩きながら眠ったのね…)
凪の心に、納得感が広がった。よくある事だったのかもしれない。
「眠ったって…気絶して頭を強く打ったのよ。痛くなかったのは、せめてもの救いね」
今際の際に怖い思いもしなかったのなら、それだけでも良かった。
(ふふふ、ラッキーだったのかな…)
凪は呑気なのか、感情が無いのか、自分の最後の話さえふわっとしている。
「何言ってるの、そもそも、過労で気絶して亡くなったのよ?全然ラッキーじゃないわ」
年若い魂なのに、死の受け入れ方が、まるで大往生のお婆さんじゃないの。
(…ごめんなさい)
私が突っ込んだら、凪はしおしおと萎びてしまった。
弱っている凪に対して、余計なこと言ったかもしれないわ。反省しなきゃ…
「謝らなくてもいいわ。亡くなった後の魂の行き先、凪の転生先が私なのよ」
『転生』の言葉を聞き、凪の興味が向いた
(え…転生?)
ちょっとだけ、凪がワクワクしている心が伝わって来た。
「そう、凪は私の中にいるのよ」
凪は、異世界転生のお話が好きで、休日などによく読んでいたと、資料にあった。
(私が転生…何かの間違いでは?)
凪は『悪役令嬢』が出てくる、異世界転生の話を読んでいた。
本来なら、凪の魂は悪役令嬢に送るのが良いのだろうけど、今の魂には難しいと思う
「私はプルクラ『転生を司る女神』よ。私が凪を選んだのよ。間違いじゃないわ」
凪の心は『信じられない』と訴えている。
(なんだって私なんか…)
決定打は凪の能力だなんて言えないわよね…
「凪の人生見ていたら、気になっちゃったのよね。魂もかなり疲弊していたし、とりあえず私の中で休みなさい」
前例は無いけど、わざわざ言わなくても良いだろう。
(…お邪魔します)
凪は、自分が疲弊している事を理解しているのだろう。おずおずと挨拶をして来た。
「邪魔なんかじゃないわ。これからよろしくね。何か聞きたい事ある?」
いきなり転移だから、難しいかな?
(プルクラ様…今は、特に無いです)
案の定、凪は質問は無いと言う。
「敬称は要らないわ。プルクラと呼んでね」
凪とはなんとなく、持ちつ持たれつで、上手くやれると思うのよ
(そんな…女神様を呼び捨てなんて…)
凪は、ちょっと困ったような反応をしている
「これから、ずっと一緒なんだから、堅苦しいのは無し!お願いね?」
遠慮されたら、私も遠慮しちゃうし、何より気になっちゃうもの
(…分かったわ)
凪の困惑した感情が流れてくるけど、私が引いたら、距離感は絶対縮まらないので、気づかない事にした。
「凪、これから先、あなたらしく生きるには、どうしたい?」
いつか新しい世界に送り出すもの、凪の希望を知らなきゃね
(わからない。考えた事も無いの)
スゥっと凪の気持ちが冷えてきた。自分の事を考える事は、苦手なのかもしれない。
「そう…私の仕事は、色々な人の人生を見るのよ、凪も、参考にしながら考えてみてね」
異世界転生する魂は、平凡で、条件が満たされた人か、元から特殊な生い立ちも多い。
様々な人生を見る事で、凪自身が何かを掴めるかもしれない。
——凪、焦る事ないわ
(…はい。ありがとうございます)
凪の心は申し訳無いと感じている。まあ、いきなり全てを理解するのは無理よね
「また言葉が固いわよ?まあ、いいわ。あなたは貴方らしく過ごしなさい」
とりあえず、今は魂の修復が先よ
(はい…)
凪は、自分らしさすら失っている。まず、もう、自由だと知る事から始めようかな。
「とりあえず、1日の流れをみてみる?それとも少し休む?オススメは休む事だけど」
多分、凪のことだから、選択肢を与えても休むとは言わないだろう。だから、オススメしてみた。
(少し…休みたい…かな?)
生きて来た間、かなり疲弊し続けたんだもの。休みたいのは、当然だと思う。
「いきなりの事だから、混乱するわよね。情報を遮断するから、しばらく休みなさい」
感覚があると、しっかり休めないだろうから、凪の魂の周りにシールドを張った。
穏やかな時間を過ごせるように、準備した後、安眠の呪文を唱えた。
「/ˌwɔː.riː.muːˈneɪ.nə.kaɪ.ˈjɑː.daʊ/」
この呪文は、下界から魂を回収する時に使う。かつて回収役をしていた時に覚えたのよ
(は…い……)
凪の魂は、安らかに眠りに落ちた。
魂が回復したら、いずれ目覚めるだろう。
今は、何よりも休息が大切だ。
「凪の魂、やっぱり元気なかったわね…」
回復したら、その時には、凪と一緒に魂の情報を見よう。
それまでは…ひとりで頑張るしかないわね
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