同僚は辞めさせたい
なにが気に入らなかったのかしら?
「ギード、近い! 手を離して頂戴」
掴まれた手をゆらしてみたけれど、彼は離すつもりはない。
「手を離したら、お前は逃げるだろうが。なあ、何で転生先がお前なんだよ」
一瞬手が緩んだと思ったら、両方の二の腕を掴まれ、更に固定されてしまった。
——何なの? 何が気に入らないのよ
そもそも、魂の救済以前に「私の手伝いをして欲しいのよ!」なんて言える訳もない。
「もう決まった事よ?何で今更そんな事聞くのよ、貴方の仕事には影響無いはずよ?」
ギードは魂の案内人。基本的に関係無い。
転生する魂に『能力開発物』から受け取った能力を付与して世界の説明をして送り出す
「私に転生させる魂は、能力を追加する訳じゃ無いし、説明も私がするし」
決まった事なのに、わざわざ反対される意味がわからない。
「だって、お前は別人になるんだろう?」
ギードは私の目を見ながら、真剣で切実な表情をしている。
——焦ってるの?珍しいわね
「んー、多分ならないわよ?」
ギードは、私の言葉にキョトンとした。
彼が掴んでいた二の腕がフッと緩んだので、その瞬間、一歩引いて拘束から逃れる。
「今回の転生は私に魂を入れるだけで、私が私じゃなくなる訳じゃないわ」
拘束から抜け出し私はホッとした。
「そうなのか?」
私に逃げられたギードの手が、二の腕を後追いしたけど、話を聞きストンと下がった。
後々面倒になるのは嫌だから、ギードには追加で説明しておく事にしよう…
「通常転生は、魂数調整の為に転生先の魂が無くなってしまうか、新たな出生かどちらかにするから、一つの人格よね?」
ギードは訝しげにこちらを見つつ、通常の話だからか頷いている。
「ギードの心配は、私の魂の消失よね?」
確かに顔見知りの同僚が居なくなる事を、心配するのは当然よね
「そうだ。プルクラが居なくなるなんて…」
ギードは、小さな声で「嫌だ」と言った。
まあ、古い付き合いだし、気にしてくれたのならありがたいことね
「人間だと、輪廻転生以外での魂の混在は、精神が壊れる可能性が高くて無理よね?」
私は、引き続きギードに説明する。
「ギード、私は女神よ?精神異常にはならないし、天界なら魂数もカウントされないわ」
ギードは、まだ難しい顔をしている。この人どうしたら納得してくれるのかしら?
「肉体の主導権は私が持つし、心配しなくても、ちゃんと共存できるわ」
たまに…たまに仕事の時に明け渡す程度よ?
ギードは渋い顔をしながら唸っている。
——後一押しかしら?
「ご心配無く。なるようになるわ、おかしかったら、魂を取り出せば良いでしょう?」
私があっけらかんとして伝えたら、ギードは毒気の抜けた顔をした。
とりあえず納得はしたようだけど、ギードは両手で私の頭をぐちゃぐちゃにしてきた
「ちょっと!何するのよ!!」
私は今、両手に資料を抱えているから無抵抗な状態。勿論、頭はボサボサになった。
——この卑怯者め!
「俺がその魂の案内役になるからな?説明も俺がする。明日、転生の間に来いよ」
ギードは、案内は自分の仕事だと、わざわざ転生案内を買って出てくれた。仕事好きだったとは意外だわ
「分かったわ。よろしく」
とりあえず話は済んだから、自分の部屋に入ったのだけど、なぜかギードはついてきた
「何よ、まだ何か聞きたい事があるの?」
私は、執務机に資料をドサッと置くと、ギードを放置して自分の椅子に座った。
疲れたんだから、さっさと帰ってほしい
ギードは、立ったまま、何か考えながらこちらをじっと見つめている。
「その魂、能力付けなくてよかったのか?」
さらっと疑問を投げられ、私は、大切な事に気付いてしまった。
「しまった!忘れていたわ」
もう決めてしまったから、今更変更は出来ない。折角ならつければよかったかな…
「いや、このままでいいわ。いなくなった後が大変過ぎるし、追加はやらなくて正解」
いやでも、勿体無かったかな?
私は、要らないと言いながらも、やれば良かったかとうんうん悩んでいたら、
「お前、そんなに大変なら、さっき会議で人員の補助、頼めばよかったんじゃないか?」
呆れ顔のギードに、すごく当たり前の事を言われてしまった…
「はっ!そうか!しまった。今まで考えた事もなかった」
私は、自分の余りの愚かさに驚き、愕然としてしまう。
何でそんな簡単な事思いつかないのよ
「お前、頭いいんだから、魂の事より、もう少し自分の事も考えた方がいいぞ」
理由は、それだ!期限がある目の前な仕事に振り回されて、全く考えてなかった
「ぐっ、何もいい返せない」
いつだって、自分の事は後回しだ。だから、似た様な魂に同情したのかもしれない。
ギードがまだ居るのに、私は思わずしょんぼりしてしまった。
「はあ、次の会議で俺が進言するから、凹むな。とりあえず、明日、待ってるからな」
なんと、ギードが代わりに進言してくれるらしい。忘れちゃうからかなりありがたい。
——貴方は神か?……元から神だったわね
ギードがこちらに近すぎ、頭にポンと手を乗せてから
「じゃあな」
そう言うと、ひらひら手を振りながら、わたしの部屋から出て行った。
——助かるけど、仮は作りたくないわね
私はフッと息を吐き、気持ちを切り替え、
戸棚から、お菓子とお茶セットを取り出す。
私は今から『転生する魂の人生』をじっくり読み込む事にした。
次回、不憫な魂です




