認めて欲しい
凪のいなくなった世界では、彼女の優しさに甘えていた者達が、軒並みバランスを崩していた。
(なんか、皆大変そうですね…)
それを目の当たりにした凪は、困惑と嫌悪と少しの罪悪感を感じながらも、どこか他人事だった。
「凪、見ない方が良かった?」
私は、現実を見せない方が良かっただろうかと、少しだけ後悔していた。
(いえ、見れて良かったです。ちょっとスッキリしました。私、ダメですね)
凪は、ダメだと言いつつ、ふふっと笑った
「当然の報いではあると思うけど、凪、貴方が毅然としていたら、職場の人達は、もう少し違う未来があったと思うわよ?」
凪を利用していた者達が悪いとは思うけど、結果的に甘やかしたのは凪だ。
(分かっています。職場の人達はわざと甘やかしていたから…)
なんと、凪はわざとやっていたようだ。
「なんでわざわざ、そんな事したの?」
結果的に過労死したのに…
(私がいなきゃ、何も出来なくしたかったんです。必要とされたかったから…私は、誰かに認めて貰いたかったんです)
凪はそう言って、また、ふふっと笑った
「そう…凪はずっと認められたかったのね。でも、あなたのやり方だと、共倒れになるでしょう?それはどう思った?」
少しは気付いてくれるかしら?
(私が死んで、皆、困っていたのに、誰も…私がいたらとは思って無かった…私は、どうすれば良かったのかな…)
凪は、自分を利用する奴らにも、必要だと言われたかったようだ。
「散々凪に頼っていたのに、いなくなっても感謝すらされてないなんて、時間の無駄だったわね」
厳しいかも知れないけど、今、現実を受け入れて、負の連鎖を断ち切った方がいい
「おい、プルクラ、ちょっと凪に厳しすぎないか?」
ギードが私の言葉を聞いてギョッとした。
「ギード、貴方、凪の声は聞こえないでしょう?関係ないんだから帰っていいわ」
私がしっしと、追い払う仕草をすると
「お前、俺の扱いが酷くないか?おーい、凪俺は帰るけど、考え込み過ぎるなよ!」
ギードは、私に文句を言いつつ、凪に声を掛けると、手を振り部屋を出て行った。
『天鏡』は置いて行ってくれた。
(ギードさん、いい人ですね)
凪の気持ちがポワポワしている。
「あいつは…まあ、確かにいい奴ね」
私は古い付き合いだから、そんな事考えた事すらなかったわ。
(私の周りには、私を利用する人しかいなかったから、励まされた事なんか無かった…)
凪は、穏やかな気持ちになっている。ギードに癒されたようだ。
「これからも、ちょくちょく顔出すから、適当に相手してやってね」
私がそう言うと、
(私が表に出る事は無いでしょう?)
と、凪が訪ねて来たから
「え、出ないつもりなの?」
と、こちらがびっくりしてしまった。
(必要ある?)
凪は、心なしか少し期待している。
「凪、必要か必要じゃ無いかで言ったら必要よ。でもね、関係性としては、役に立つから必要なわけじゃ無いのよ?」
凪の基準は、役に立つか否かだ
(違うの?)
不思議そうに聞き返して来た凪に、私は後ろめたさが宿った。
——私も凪を利用しようとしたじゃない
「凪、ごめん。私も始めは凪の事務能力を利用するつもりだった」
私は素直に凪に伝える事にした。
凪は、ピクっとして、少しだけ警戒した
「でも、凪の魂が余りにもすり減って消えそうだったから、今の私は、あなたを幸せにしたくなったのよ」
凪は、意味がわからないと、言いたそうな気持ちになっている
「今は凪が、役に立っても立たなくても、どちらでもいいわ。あなたは自由なのよ。好きにすればいいの」
凪は、存在を受け入れられて気恥ずかしいのか、ソワソワとしている。
(プルクラ、私の能力って何があったの?)
凪は、自己評価が低いため、何故自分が選ばれたのか知りたいようだ。
「凪は、事務処理能力がかなり高いわよ?プレゼンも好きだって書いてあったけど…努力の結果好きになったんだよね?」
きっと、仕事では褒められたんだろうな…
(うん、褒められたのは仕事だけだったから…だから仕事が好きになったの)
凪は、色々な事を押し付けられて、常に裏方で、いいところは、他人が持ち去る
目立たないから、褒められる事は無かった
「凪は、器用にこなすから、皆大変さに気付かなかったのね。求める要望はどんどん大きくなるから、凪の能力だけが上がったのよ」
私が凪に呆れながら伝えると
(だって、断ったら役立たずかなって…)
凪は、幼少期からの刷り込みが抜けなかったせいで、自己犠牲精神で身を滅ぼしたのね
「相手の望みを叶えるのは素敵な事だけど、自分を削ってまで叶える必要は無いわよ?」
共倒れになるなら全くの無意味だわ
「まあ、能力を買っていたのは確かだけど、自分より他人を優先しちゃう凪が、心配になって選んだのだけどね」
能力よりも、私は凪を癒したかったのよ
(…ありがとう)
凪は、消え入りそうになりながら、弱々しくお礼を伝えてきた。
「そもそも、本人がやらなければならない事を凪が代わりにやってあげていたら、相手は成長する機会を逃すの。それは分かる?」
仕事でも、人生の問題でも、時と共に大きくなるから、経験値は必要だわ
「出来ないのは可哀想だからとか、頼まれたら断れないからとか、代わりにやってあげる人は、一見優しく見えるけど…」
やってあげた人は、経験値貯まるし、一見いい人だし、なんなら優越感も感じるわよね
「スキルアップをさせないなんて、相手が破滅するのを手伝っているのと同じよ?」
甘えた側は、その時は楽だけど、ひとりじゃ何もできなくなるわ
「それって、優しい人がする事かしら?」
黙って聞いていた凪は、静かに考えている
(考えてみたら、わたしのは優しさでは無かったわ。自分のエゴよ。私が認められたかったから。だから頼まれたらなんでもやったの)
凪の声が、私の内に冷たく響いた
(全部私がやれば、私がいなきゃ仕事が回らなくなれば、私を大切にしてくれるかなって…)
凪の心は、悲しみでいっぱいだ
「違ったでしょう?凪を利用する人達は、あなたを見ていないわ。そんな人の為に大切な時間(人生)を使わなくていいのよ」
時間(人生)はあくまで有限なのよ
(プルクラ、私は間違っていたのかな…)
凪は今にも泣き出してしまいそうな気持ちになっている。
「そうね、間違っているとしたら、自分を大切にしなかった事かな。考え方は積み重なったものだから、凪だけの責任では無いわ」
軌道修正は、いつだって出来るのだから
(自分を大切にって…どうすれば良いのよ)
凪はよくわからないみたいだ
「そうね?これからは、とりあえず、自分を大切にしてくれない人は、本当に困ってない限り、手を貸す必要は無いと思うわよ?」
そもそも、甘やかさなくていいのよ
全てに優しくなくてもいいの
ピンチはチャンスって言うし
問題を乗り越えたら、成長するんだもの
取り上げちゃったら、逆に可哀想だわ




