魂の判断
凪が、報告書に興味を示したので、一緒に資料を読み込んでいた。
「凪ならこの魂は、どうする?」
私は『異世界転生』を強く望んでいるけれど、能力が低く、努力も嫌いな魂の資料を見ながら凪に尋ねた。
(この魂、堕落してますね…)
凪は、明らかに不満そうだ。気持ちがゆらゆら揺らいでいる。
「そうね、ご両親に甘やかされて、拗らせて引きこもって、生活習慣病を患って、最終的に血管詰まっちゃったのね」
周囲に暴言や、暴力も振るっていた様だ。没後は、複雑な気持ちになりそうね。
(こんな人の要望を聞く必要ありますか?)
資料を読み込むにつれ、凪はどんどん不機嫌になっていく。
「そうね、パッと見は最低なクズだけど、最初からダメだったわけじゃ無いのよ」
心の見落としが、後に響いただけなのよ。
(でも、大人なら自分で変えられるじゃないですか。この人ただの甘えですよ?)
凪は、頑張り屋さんだったから、見ていてイライラするみたいね。
「凪、彼は自分を変えるという、考え方すら知らなかったのよ。無知だっただけなのよ」
世界が狭すぎて、周りが見えなかったの。
(…プルクラなら、この魂、どうしますか?)
凪は、気持ち的には納得は出来ないようだけど、どう判断するかの理解はしたようだ。
「そうね、彼なら…ちょっと不安定な世界でチート能力を付けて、愛情深いけど、厳しい家柄の家庭に転生させるかな?」
私がそう伝えると、凪は明らかに不服そうになった。
(それ、甘すぎませんか?)
凪は、この魂がどうにも許せないらしい。
「凪、私達は魂を罰するためにいるわけじゃ無いの。魂を救うのが目的でもあるのよ?」
この魂も、ある意味傷ついているの。
(…魂を救う?)
凪は困惑してしまった。
「誰もが、健やかに過ごしたいはずよね?この魂も、好き好んで堕落したわけじゃない」
彼だって、活躍したかったはずよ。
「正しく学び、活躍出来る環境に転生させるの。そうすれば、他者の為に動く事を、喜べる人になるはずなのよ」
——無知なら、学べばいいだけよ
「そうじゃなければ『異世界転生』なんか、わざわざ望まないわよね?」
凪は黙って聞いていたが、考えがまとまったのか、
(プルクラ、私の考えは間違っていた?)
凪はしょぼんとしながら尋ねてきた。
「感じ方としては間違いではないわ?凪は頑張って来たのだから、怠惰な魂に嫌悪が湧くのは当然よ?」
凪はまだ、人としての感覚が抜けてない。感情に引っ張られるのは当然のことだ。
「でもね?皆が強くなれるわけじゃないの。凪が強くなれたのは、辛さを何度も経験して乗り越えたからでしょ?」
凪は、ハッとしている。自分なりに気付いたみたいだ。
「基礎力が弱い人はね、それが難しいの。だから、一見甘くても、乗り越える経験を積む事の方が今は大事なのよ」
初めのハードルは低くていいのよ。
「乗り越える経験が上がれば、次の機会にはもっと頑張れるようになるわ」
凪は、私の話を聞いて、自分なりに考えて納得してくれたみたいだ。
(私も、プルクラみたいに冷静に判断出来るようになるかな?)
凪の心は既に落ち着いている。
理解が早いわね
「凪なら大丈夫よ。だって、私が選んだんだから間違いないわよ。自信を持ちなさい」
——凪、あなたなら大丈夫よ。
コンコン、ガチャリ
「よお、調子はどうだ?」
2人でレポートを纏めていたら、ギードが様子を伺いに部屋に入って来た。
「あら、ギード、何を持って来たの?」
ギードは、布に包まれた板のような物を持っている。
彼が来たら、凪は息を潜めてしまった。
「ああ、これか?いい物持って来たんだ」
ギードはウキウキしながら、板に巻き付いていた布をパッと取り去った。
——それは、鏡のようだけど
「鏡…ギード、何をみる鏡なの?」
天界には鏡にも色々な種類があるけど、これは何だろう?
「帝釈天から、無理言ってひとつ貰ってきたんだ。『天鏡』だよ」
ギードは、ほらと言って私に見せてくれた。
『天鏡』は、人間の生活を覗く鏡で、帝釈天が保有し、日々活用している物だ。
「ちゃんと本物だわ。凄いわねギード、あの帝釈天が…良く譲ってくれたわね?」
帝釈天はかなりの堅物だったわよね?
「何でも、大規模に修繕することになったらしくて、ついでに色々作り直すからって、古い天鏡を貰えたんだ」
ギードは、褒められて嬉しそうにしているが
大規模修繕って…
「もしかして、宮殿をまた壊したの?」
帝釈天は戦神だからか、他の神に比べて、宮殿を破壊する頻度が高い。
私はギードに、宮殿の破壊を尋ねてみた
「まあね、そんな事より、誰か覗いてみないか?」
ギードは宮殿の事はどうでもいいらしい。ワクワクして、天鏡を覗き込んでいる
「そうね…って、そうだ、ギード、凪が目覚めたわよ?」
私がギードに、凪の目覚めを伝えたら、私の中の凪がビクッとした。
(プルクラ、言わなくていい!)
凪は拒否するけど、これから何度も顔を合わせるし、挨拶くらいはした方がいい。
「凪?ああ、すっかり忘れていたな?目覚めたって、何も変わって無いな?」
ギードは、私の頬を両手で挟み、私の目の中をじろじろと覗き込んでくる。
——ちょっと、鼻先が当たりそうだわ!
(ち、ちょっと!ダメ!やめて!!)
私も焦ってはいるけど、それ以上に、私の中の凪がパニックを起こしている。
「ギード近い!!」
私はギードの顔をぎゅむっと掴み、遠くに押し除けた。
「ああっ!済まん。プルクラの中に何か見えるかなって思って」
ギードは、自分のした事を、今更ながらドギマギして、言い訳をしている。
全く、ドギマギしたのはこちらの方だ
「ちょっと挨拶する?」
私がギードにそう伝えたら
(ダメ!無理!)
と、凪は慌てているけれど、
「お?いいのか」
と、ギードは楽しそうだったので、
——私は凪と、入れ替わった。
(凪、同僚のギードよ。これから仕事でも協力するから、挨拶くらいはしなさい)
私が凪にそう言ってやると
「…あ、あの、凪と申します。これからお世話になる事もあるかと思いますので、どうぞ宜しくお願い致します」
凪はしおらしく、それはそれは丁寧に、ギードに向かって頭を下げた
「は?プルクラ…じゃ無いな…君は凪か。へぇ、中身が違うと、随分しおらしくなるんだなぁ?」
ギードは、不躾にじろじろと見ている。なんだろう。
——ギード、なんかムカつく
凪が、戻りたがっているので、私は即座に入れ替わり
「初対面のレディを、いやらしい目でじろじろ見るもんじゃないわ」
文句を言って、とりあえずギードの顔に、近くにあった本を投げつけた。
「あっぶねー!その勢いはプルクラだな。入れ替わるとすぐにわかるもんだな、全く別人だったぞ?」
バシッと本をキャッチしたギードは、苦情を言いつつ、そっと本を元の位置に戻した。
——しおらしくなくて、悪かったわね
凪は私の中にもどったけど。人見知りなのか小さくなって、プルプルしている。
「ギード、そんなことより『天鏡』は私が使っていいの?」
私は凪に、天鏡で彼女の居なくなった後の世界を見せてあげたいとおもった。
「勿論、プルクラに渡すつもりで貰って来たんだからいいよ。欲しがってたろ?」
ギードは、以前、私が欲しがっていた事を覚えていたようだ。
「覚えていたの?ありがとう。凪!今から貴女のいなくなった後の世界をみるわよ!」
私は早速、凪を失った後の日々を覗くことにした。
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