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発注ミスDEATH!

「というわけで、残念だが君は死んでしまった」


 ぽかんと口を開けて。


 目の前の美女がそう言うのを、俺は聞いていた。


 そこはなんというか、白い部屋だった。殺風景というのを通り越して本当に無味乾燥とした、ただただ真っ白な部屋。


 あるのは簡素なテーブルと、それとセットらしい椅子がふたつきり。俺はこれのひとつに腰掛けている。


「……ふむ? どうやら状況が飲み込めていないようだな」


 と、テーブルを挟んで真向かいに座っている美女が、整った眉を片方だけ上げて呟いた。


 いやまあ、うん。確かにそうだ。正直状況なんてさっぱりわからん。


 なぜなら俺が覚えている最後の記憶は、地獄のような残業からようやく解放されて帰宅し、晩飯も食わずにベッドへダイブした場面だ。次に目にするのはくたびれた枕か、多少のシミがあるアパートの天井であるべきなのだ。


 だから、この状況は甚だ不可解である。俺が寝付いたはずの自室はこれぞ男の一人暮らし、という散らかり方をした、とても人様にお見せできないものだ。決してこんな片付いた──つーかホントなんにもない──部屋ではない。


「よかろう。では一から説明してやる」


 美女がなにやら、事務的な顔でそう言った。そのままやはり事務的な顔で、あまつさえ事務的にことを運ぼうとしてくる。


「あの。その前にひとついいですか?」

「なんだ?」


 聞き返すのさえ事務的だった。職場の経理担当のおばちゃんの方がなんぼか愛想がいいぞ──そんなことを思いつつ、とりあえず訊ねる。


「その……あなたの頭に生えてるの。角……ですよね?」


 そう。それがどうしても気になった。目の前の美女は肌が褐色で巨乳、すらりと背が高く腰まである黒髪を持つと特徴だらけなのだが、それらを吹き飛ばすほどのインパクトが、そこにはあった。


 彼女の両耳の上。そこには人間の頭蓋骨から飛び出してはいけないような、鋭利な角が生えているのである。大きさはそれぞれ十センチほどで、色合いはこう……なんか白っぽい。乳白色、とでも言えばいいのだろうか。


 状況の意味不明さも大概のもんだけど、ぶっちゃけこっちのが気になる。なにそれコスプレ? 特殊メイク? 撮影だとしたらカメラはどこよ?


 湧いて出る疑問の津波を苦労して飲み込む。すると褐色黒髪巨乳角あり美女は、なんだそんなことかと言いたげな顔で鼻を鳴らした。


「そうだ。これは角だよ。わたしは鬼だからな。当然角くらいは生えている」


 当たり前のことを言う顔で、当たり前のことを言う調子で。彼女は言い切った。


「……鬼、ですか」

「ああ。鬼だ。質問はそれで終わりか?」

「あ、はい」


 どうも続けてなにかを訊ける空気ではなく、曖昧に頷く。なんていうか……うん、駄目だ。訊きたいことはたくさんある気もするけど、一端彼女の説明を聞くまで黙るしかなさそうだ。


「ではいくぞ。まずは君の情報を確認──いや、違うな。先に自己紹介をしよう。わたしは桔梗。ここ……地獄で働いている鬼だ。以後質問などある時は、桔梗さんもしくは桔梗様と呼べ」

「ええと、はい。じゃあ桔梗さんで」


 見た目の年齢は俺とそんな変わらん気はするけど、雰囲気的に逆らいがたいので頷いておく。あと地獄とかいう単語も聞こえたけど、そんなもん無視だ。いい加減突っ込みきれん。


 とか考えていると、桔梗さんはなにやらペラ一の紙切れをテーブルに置いた。そしてそれを視線で撫でながら言ってくる。


「よし。では始めよう。まずは君の情報を確認する。──君は田上たがみ泰介。年齢二十五歳。赤ん坊の時に駅の貸しロッカーに捨てられていた。以後施設で育ったため、血の繋がった肉親はいない。いまは月間雑誌のライターとして働いている。東京住まい。ここまでで間違いは?」


 ないよな? という目だった。非常に指摘しづらい空気を出すお方だ。が、俺はここだけは空気を読まずに発言した。


「あ、すいません。それ田上たのうえって読むんですよ。よく間違われますけど」


 長年間違われ続けたせいで舌に染み付いた言葉を挙手して言うと、桔梗さんはむ? と唸った。顔は綺麗系だけど、小首を傾げる動作は案外可愛いかった。


「そうか。すまんな、後々修正しておこう。他は問題ないな?」

「ええ。概ね」


 頷くと、桔梗さんは紙切れをさっと脇にずらした。そのまま身を乗り出してテーブルに肘を着く。巨乳が強調された上にくにゃりと潰れてめっちゃエロい。思わずガン見する。失礼かなとは思うが止められない。


 もっとも、彼女はまったく頓着しなかったが。


「で、だ。そんな田上たのうえ泰介君に残念なお知らせがある。先程も言ったがここは地獄だ。生者には縁のない、罪深き死人の吹き溜まり。──つまるところ、君は死亡している。これは間違いのないことだ」

「……はあ」


 実感がなさすぎて、とりあえず呻くだけになる。正直リアクションがし辛い。だが気になることはいくらもあるので、ひとまずそれをぶつけることにする。


「あの。こう言うとあれですけど、俺ってそんなに罪深いですか? 地獄行きになるほどひどいことした覚えはないんですけど」


 少なくとも前科まえとかはないし、もっと言えば明るみに出ないところでも悪事を働いた覚えはない。


 虫も殺さないというほど極端ではないものの、真面目に生きてきたつもりだ。


「ん? ああ、それか。そうだな、そちらの感覚だとそういう認識だろう。が、残念ながら地獄の敷居は現世で言われるほど高くなくてな。虫の一匹でも殺生したら、あるいは気のない嘘を吐いたりしたら、それで地獄行きとなる。もちろん、それほどきつい罰を受けるわけではないが。その点は安心していい。君の場合は精々、丸太で五、六回ほど叩き殺される程度だろう」

「ちっとも安心できないんですけど。あともう死んでるのに殺されるんですか?」

「喩えだ。つまりそのくらいの痛みを与えられるということさ。まあ混乱はあるだろうが、その痛みにさえ耐えれば輪廻に戻るか天国へ送還される。それを頼りに頑張れ」


 ……あれ? なんか話が締めに向かってない? 理解も納得もないまま丸太で叩き殺される流れじゃないか、これ?


「いえあの。できればもう少し、せめてなんで死んだかくらいは説明していただけるとありがたいんですが」

「細かい奴だな。ちょっと耐えるだけだというのに。死ね。いや、もう死んでいるが」

「自分の死因を訊ねただけでその罵倒はひどくないですか?」


 本当にひどい。相手が凄まじい美人でなければ殴っているところだ。


「……まあいい。死因だったな。それくらいなら教えておいてやろう。まったく、次の罪人が控えているというのに」


 桔梗さんは細く嘆息すると、先程の紙切れを手繰った。そのまま裏返してざっと眺め、告げてくる。


田上たのうえ泰介。一昨日の深夜、自室であるアパートの201号室にて、急性心不全で死亡──」

「……え?」


 ──と。俺は思わず声を漏らした。彼女の言葉の中に、間違いがあったからだ。


 そしてその気づきは、俺の中で閃きの雷となって迸った。パズルを解いていて、一気に完成の絵が脳裏に浮かぶ感覚に近い。


間違いは些細なもので、しかし致命的なものでもある。そして俺が、二十五年の人生で何度も間違われてきたことでもあるのだ。


 辻褄は合う。合う、けど……でもこれ、有り得るのか? 有り得ちゃっていいのか?


 得た答えをぐるぐると脳内で転がしながら。


 俺は……恐る恐る口にした。


「あの。……俺の部屋、202号室なんですけど」

「……なに?」


 桔梗さんが呟く。怪訝な顔。だがそれは、資料の不備が続いたことに対する苛立ちでしかないようだった。


 だが俺は気づいている。彼女が──というか、地獄という機関が犯した間違いに。


「……それでですね。201号室に住んでる人の名前なんですが。『田上たがみ洋介』っていうんです」

「────」


 そこまで言うと、桔梗さんも状況に気がついたようだった。元々無表情に近い人だったけど、それが顕著になる。


「……少し待て。担当者に確認する」


 彼女は言うと、右の角を指で三度小突いた。それから虚空に向けて告げる。どうもあの角は、通信だかテレパシーだかの機能を有しているらしい。鬼ってすげーな。


「桜花。わたしだ。お前が死神に発注した罪人だが……ああ、そうだ。そいつだ。…………おい桜花。なぜ黙る」


 桔梗さんの声のトーンが下がった。この様子だと、どうやら俺の推測は間違っていなかったらしい。


 そしてその直後だった。


「──馬鹿者ォッ! 発注ミスで済む問題かッ!」


 桔梗さんがめっちゃ怒鳴った。しかも鬼の形相で──いや、本当に鬼らしいんだけど──テーブルを思いっきり叩きもした。正直こっちがかなりビビらされる。


「こっちに来い、桜花! いいか、すぐにだぞ! 五分で来なければその角をへし折る! 以上だ!」


 桔梗さんは続けてひとしきり怒鳴ると、こめかみをひくつかせながらこちらを見た。


 ……いえあの。そんな目で見られましても。怖いんで深呼吸とかしてもらえませんかね。


「……泰介。すまないが言っておくことがある。察しはついているだろうが……」

「あーっと、拝聴します」


 居住まいを正す。桔梗さんはこほんと咳払いをしてから、重々しく言ってきた。


「輪廻も天国もキャンセルだ。君は──遺憾なことに人違いで、地獄われわれに殺された」


 …………。


 まあうん。そんな気はしてました。

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