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#48 到達

 遠征隊が、ダンジョンの攻略を開始してから10日が経過した。

 中継地点に転移陣を設置し、入り口方面から運ばれる物資を補給して再びダンジョンを進み始めた一行。


 現時点での被害は、隊列から勝手に離れていった冒険者が3人のみ、多少の怪我を負った者はいるが治療できる範囲内である。

 高ランクのダンジョンを進みながらもその犠牲はたったの3人のみ、この点だけ見れば遠征は順調に進んでいると言ってもいいだろう。この分なら、今後は死者無しで進むことも不可能ではないだろう。

 だが、ダンジョン内を進む冒険者たちの顔には、不満がありありと浮かんでいた。


「それにしても、みんなピリピリしてるわね」

「そうだね、まさか相手がこんな戦い方を選ぶとは誰も考えていなかったんだろうね。確かに、集団相手にこの戦法は効果が高いだろうね」


 何気なく周囲を見回すテシータと、彼女の言葉に反応するトルメル。


 ダンジョン内を進み始めた当初は良かったのだ、拠点を作り上げ出発した彼らの士気は非常に高かった。

 その後も、数百匹単位のジャイアントアントの大群を撃退して多くの素材を手に入れた彼らの表情は、今後の成功を想像しているようで明るかった。

 だが、その後の展開は意気揚々と攻略に乗り出した彼らにとって散々なものとなる。


 大部屋での戦いの後、大規模なジャイアントアントの群れと遭遇することは一切なく、少数のジャイアントアントが攻撃を仕掛けてくるのみ。それも、決して近づいてくることはなく遠距離から攻撃後はすぐに逃げて行ってしまうものばかりである。

 嫌がらせのような攻撃に我慢の限界を迎え、逃げるジャイアントアントを追って通路の奥へと向かった冒険者もいたが、彼らはその後戻ってくることはなかった。

 常に散発的に襲撃を繰り返すジャイアントアントたちを警戒する必要があり、逃げる相手を追いかけることすらできない。そんな状況でストレスが蓄積するのは当然の結果である。


「こうも何度も襲われてはな。それも、こちらから攻めることはできないとなると鬱憤がたまるのも仕方ないだろう」

「そうですね、森や草原ならまだしも、このような土の洞窟では気分転換もなかなかできませんし」

「まったくだ、僕もそろそろ森が恋しくなってきたよ。こうも同じ景色ばかりだと気分が滅入ってしまうね」


 トルメルは、どこまでも続く土の壁を眺めて溜息を吐く。

 周囲の冒険者も、代わり映えのない土の壁にはほとほとうんざりとした感情を抱いているようだ。


 遠征に参加するのは最低でもCランク以上の冒険者である。そのどれもが、一度は森や洞窟の中で奇襲を警戒しながら進むという経験はしている。ダンジョンでの長期間の攻略の経験があるものも少なくはない。

 森や洞窟などに住むモンスターの中には奇襲を好むものもいる。また、ダンジョン内では罠などを常時警戒するのも普通のことである。だが、こちらを挑発するように攻撃と撤退を繰り返すモンスターの集団となると、熟練の冒険者たちであっても経験するのは初めてのことであった。


 さらに、散発的な襲撃を繰り返す相手の攻撃は酸や炎によるもので、単純な打撲や裂傷よりも性質の悪い攻撃となっている。

 じくじくとした痛みはそれだけで不快であるし、武具に酸がかかれば腐食する箇所も出る。不定形で防御がしにくいため、どこかしらにダメージを負ってしまうことが多い。それでいて、こちらから攻めようにも隊列を離れすぎるわけにはいかず、深追いすれば帰ってこなかった冒険者の二の舞になる可能性があるという始末。

 魔法や弓矢による攻撃が間に合っても、倒せるのはたった数体のジャイアントアントのみ。遠征隊から見ればそこまでの利益にはならないのだ。これでストレスを溜めるなというのは無理な話である。


「おい!てめえもっと離れて歩けよ!さっきからぶつかりそうになってるじゃねえか!」

「なんだと!お前がチンタラ歩いてるのが悪いんだろうが!ぼさっとしてないでさっさと歩けよ!」


 どこかから怒鳴り声が聞こえてくる。輸送班として参加している冒険者同士がいがみ合っているようだ。

 最近では、この程度の諍いは珍しくもなんともない。つい先日には、殴り合いの喧嘩にまで発展しかけたこともあったくらいだ。


「みんな我慢の限界って感じね。遠征に影響が出ないといいんだけれどね」

「僕たちの目的もまだ果たせてないからね。つまらないことで遠征が中止なんてことにならないことを祈るしかないよ」


 もはや、冒険者たちのストレスは爆発寸前まで溜め込まれてしまっている。

 たった10日とはいえ、ひたすら相手の挑発に晒され、さらにめぼしい戦果も挙げられず戦利品も少ないとなれば無理もない話である。


 遠征隊を率いる、ジェフリーたち『久遠の旅路』もただそれを見ているだけだったわけではない。

 中継地点での補給を利用できるため、配布する食事は味気のない保存食ばかりではなく、野営ではなかなか食べることのできないような手間をかけた豪勢なものを用意した。

 道中での休憩時間もこまめに取り、疲れをいやすための睡眠時間も予定より長めに確保していたのだ。


 だが、食事をとろうとすれば、どこかから聞こえる戦闘音に気を取られてゆっくりと食べることはできない。食事が豪勢であれば、豪勢であるだけ妨害されたときの不満は増してしまう。

 休憩時間を増やせば、それを狙ったように襲撃されその回数が増えるだけ、睡眠のために野営の準備をすれば執拗に何度も攻撃が加えられる。冒険者として鍛えられたその鋭敏な感覚は、たとえ睡眠中であろうともモンスターの気配と戦闘の様子を感じ取ってしまう。

 自分たちの他にもの音を立てるものがいないダンジョンであればなおさらである。襲撃が起こる度に目が覚めてしまい、長い睡眠時間が用意されればそれだけ叩き起こされる回数も増えることになる。


 冒険者たちのストレスは限界まで溜まっている。だが、その程度のことで遠征を取りやめ引き返すことはできない。遠征隊を率いるジェフリーたちはもちろん、依頼として遠征隊に参加している冒険者たちはストレスが溜まったから、などという理由でそれを放棄するわけにはいかないのだ。

 そのため、多くの冒険者たちが胸にもやもやとしたものを抱えつつも、ただひたすらダンジョンを進み続けているのである。


「あうっ……」


 メルエルたちの前を大量の荷物を担いで進んでいた少女が、僅かな起伏のある地面に足を取られて転び、その体を強かに打ち付ける。

 それを見たリーナが駆け寄り、少女に手を差し伸べた。


「大丈夫ですか?」

「は、はい、ありがとうございます。……あっ」


 手を差し伸べるリーナのエルフ特有の美しさに圧倒されながらも、その手を借りて立ち上がる少女。

 だが、どうやら転んだ拍子に足を痛めたようで、立ち上がる際に苦痛の声を漏らす。


「大丈夫ですか?今手当てをしますね」

「私なんかのためにすみません。もう大丈夫です。ありがとうございました」


 リーナに回復魔法をかけられ、お礼を言って立ち上がる少女だが、その顔には疲労の色が見て取れる。

 おそらく彼女はCランクの冒険者なのだろう。輸送班には、彼女以外にも多くのCランクの冒険者が参加しているが、彼らの疲労はピークに達している。


 戦闘班や護衛班に参加しているBランク以上の冒険者と比較すると、やはりCランク冒険者ではその能力や経験は劣る。

 普段であればこの程度の期間で音をあげることのない彼らではあるが、極度のストレスとゆっくりと眠ることのできないこの状況はさすがに堪えたらしい。


「少し待ってください。カルネ、力を貸してくれますか?」


 リーナの呼び声とともに、煌々と燃える赤く大きな虎がどこからともなく現れる。

 その体から立ち上る炎は、あたりを明るく照らしながらも近くにいても熱いとは感じず、むしろ心地よくなるような温度である。


「もしよければ、彼の背中に乗って行きませんか?」

「え、え?で、でも……」


 一歩一歩足を引きずるように歩く少女を見かねたリーナが真紅の虎を撫でつつ声をかける。しかし、少女はどうやら頭が追い付かない様子で、口籠りながらリーナと虎を何度も見比べる。


「このままでは最後までもちませんよ。大丈夫です、見た目はちょっと怖いですが優しい子ですから」

「えっと、じゃあお願いします」


 リーナに見た目が怖いと言われて、反論するかのような虎の唸り声に体をびくつかせながらも、恐る恐ると言った様子で、乗りやすいように体を屈めた虎の背中へとまたがる少女。

 チリチリと炎を纏っているにもかかわらず、触ってみると熱くないというその感覚に戸惑っていたようだが、虎は少女の様子などお構いなしにゆっくりと立ち上がる。

 慌てて体を支えようとした少女が、虎の背中の毛を思い切り掴んでしまったようだが、虎はちらりと背中を振り返っただけでそのまま前へと進み始めた。


「あの、ありがとうございます」

「ふふ、どういたしまして」


 ようやく落ち着いたのか、虎の背中に乗ったままリーナへとお礼を言う少女と、それに微笑みながら返事をリーナ。どうやらかなり疲労が蓄積していたようで、少女は虎の背中で深くため息をついた。


「リーナ、今から精霊を召喚し続けても平気なのか?」

「このくらいなら大丈夫ですね。まだ余力はありますし、特に激しい動きをさせるわけではないので、戦闘が始まればすぐに戦えます。これ以上召喚すれば、さすがに消耗してしまいますけどね」


 少女の他にも、体力の限界を迎えつつある人間はちらほらと見える。だが、その全てに手を差し伸べることはできない。


「トルメル、ダンジョンマスターを交渉に誘う手段の方はどうだ?」

「一応用意してはいるよ。だけど、僕たちが遠征隊に参加している以上。相手はこちらが敵対していると考えているはずだ。期待はできないだろうね」

「それでも用意しないよりはましだろう。もしかしたら、相手が交渉に乗るという可能性もゼロではない」

「まあ、確かにそうなんだけど……ゼロではないとは言っても、ほとんどないと言えるだろうね」


 その後も、遠征隊は徐々にそのペースを落としつつも、1日、また1日と時間をかけながらダンジョンの奥深くへと進んでいく。奥に進むにつれその頻度を増すジャイアントアントの襲撃を受けながらも、彼らはただひたすら2階層を目指して進み続けた。

 そして、遠征の開始から18日が経過した頃、彼らの前に途方もなく広大な空間が姿を現した。


 見渡す限りにどこまでも広がるその空間は、もはや正確にその広さを測ることすらできない。しかし、間違いなく最奥までは数km以上あるだろうと思われる。

 高さ10m程に位置する天井は地面から伸びる柱に支えられており、同じような柱が視界の遥か先まで並んでいる。


「トルメル、今までとは違う場所に付いたようだが、あれを見てどう思う?」

「間違いなく罠だろうね。どう見ても、この先にジャイアントアントの大群が待ち構えていると言っているようなものだよ。もしここを進むなら、今までのような戦法は役に立たないだろうね」

「そうね、もし先に進むとなれば、犠牲が出るのは間違いないでしょうね」


 周囲の冒険者たちも、その圧倒的な広さと、この先に待ち受けているだろうジャイアントアントの大群を思い浮かべて、その場に立ち止まる。

 目の前に広がるその空間は、まるで彼らを誘うかのように巨大な口を開けていた。

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