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#35 愚者の末路

 アントの群れに囲まれた侵入者たちは、仲間の一人を壁にしながらも、作戦通りにアントたちを避けて通路の奥へと逃げ込んでいく。

 逃げる先を誘導されていることには気付いてはいないようだ……ここまでは完璧だろう。

 アースアントが通路を完全に封鎖したところで、サブマスター権限を得て念話による会話が可能になったシュバルツから報告が届く。


『主様、侵入者の誘導が完了しました』

「ああ、さすがだなシュバルツ。この調子で頼むぞ」

「さすがシュバルツちゃん!頼りになるね!」

『畏まりました。これより追撃を開始します』


 シュバルツはサブマスター権限を得たことにより、配下のアントから送られる情報だけでなく、ダンジョンコアの力によりダンジョン内にいる侵入者の位置を把握できるようになった。

 これにより、より効率的にアントたちを動かすことができ、先ほどのように相手を誘導することすら可能になったのだ。

 さらに、以前やってきた冒険者のように、何らかの方法で姿を消している相手であっても、これならおおよその位置を把握することができる。残念ながら位置が判ってもアントたちが目視することはできないが、対応策もいくつか考えてある。

 シュバルツの指揮も、冒険者たちを相手に経験を積む毎に上達し、現在ではアントがまるで一つの生き物のように思えるほどの動きを見せるようになった。もう一度あの冒険者がやってきたとしても、この前のような結果にはならないだろう。


 さて、そろそろあの冒険者たちが予定の場所にたどり着くころだろう。あの先には逃げ場など無く、至る所に隠し通路が張り巡らされている。

 ダンジョンに入ってからの彼らの行動を見る限り、そこまで強い冒険者ということもないようだ。隠し通路の存在にも全く気が付いていなかった。あそこに追い込まれた時点で、もはや彼らの運命は決まったようなものだろう――


 ◆


 ドラムは、奴隷が壁になっている間にジャイアントアントを振り切ろうと、必死に走る。周りの奴隷たちはまだまだ余力が残されているようだが、ドラムは既に疲労困憊であった。

 もつれそうになる足でひたすら走り続けるが、地面にあった僅かな起伏に足を取られてついに転んでしまう。全力で走っていたドラムはその勢いのまま地面を転がり、壁に衝突することでようやく止まった。


「ぐがっ!?はあっ……ゴホゴホッ……!クソ……どこまでも馬鹿にしおって……!貴様ら何をぼさっとしている、早く私を起こさんか!」


 煌びやかな鎧は土で汚れ、顔についた土は大量の汗によってドロドロになり、地面に倒れながら喚くドラムの姿はダンジョンに入る前の煌びやかなものとは遠くかけ離れ、薄汚れたものになってしまっている。

 奴隷の手を借りてようやく起き上がったドラムは、さらに回復魔法を受けると、よたよたと走り始める。奴隷たちに戦わせ、自分は見ているだけだった彼だが、走る体力はもうほとんど残されていなかった。

 やがて、通路の先に広い空間が見え始める。亀の歩みのような遅さで進んでいたのだが、ドラムたちの後ろには先ほどのジャイアントアントたちの姿はない。


「や、奴らは追いかけてこないようだな……いったんあそこで休憩するとしよう……」


 息も絶え絶えのドラムが足に力をこめ、彼らの先頭を進んでいた斥候役の奴隷が広間へと足を踏み入れようとした瞬間――

 突然、通路の天井から炎が噴き出し、先頭にいた奴隷は何をすることもできずに燃え盛る炎に包まれる。どうやら炎は天井にあいた小さな穴から噴き出ているようだ。

 天井から噴き出す炎は、地面を舐める様に周囲へと広がり、その後ろにいたドラムのもとへも迫る。そして、突然のことに動けずにいたドラムの足に炎が燃え移り、彼は絶叫を上げる。


「ぎゃああああぁ!?な、何をしている!は、早く!早くこの炎を消せ!」


 地面を転げまわるドラムに、魔法使いが水をかける。さらに、奴隷を包み込んで燃え盛っている炎も消火したのだが、すでに奴隷は真っ黒になって息絶えていた。盾役と斥候役が消え、これで残されたのはドラムと魔法使いの男、そしてヒーラーの女の3人である。


「罠なんてここに来るまで一つもなかったぞ!やつは斥候だったのではないのか!役立たずめ!いったいどうなっている!」


 足の火傷を回復魔法で治療したドラムは立ち上がると、炭と化した奴隷の遺体を蹴飛ばし、その場で地団駄を踏む。その顔は怒りと混乱のあまり醜く歪んでいた。


 ――ドラムは知るはずもないが、これは通常のダンジョンに仕掛けられているタイプの罠ではない。天井に掘られた隠し通路内から、ファイアアントが穴をあけ、そこから炎を通路内に発射しただけである。

 ダンジョンに設置されている罠は僅かに魔力を帯びているため、注意していれば気付くことは可能だが、この罠の場合は、じっと天井裏に隠れているモンスターの気配に気付くことができなければならない。

 そして先頭にいた奴隷は斥候役ではあるものの、そこまでの域には達していなかった。


 斥候役の奴隷を失ったドラムは、炎が噴き出した天井を睨みつけワナワナと震えている。

 また炎が噴き出す可能性もあるが、来た道を戻ればあのジャイアントアントたちが待ち構えている可能性がある――そんなことを考えたのだろう。

 先に進むかしばらく迷っていたようだが、魔法使いを先に進ませ、炎が噴き出してこないことを確認すると、ようやく前へと足を進める。

 しかし、ドラムたちが通路を抜けた先にあった部屋は、ただの行き止まりであった。


「馬鹿な……ここまで来て行き止まりだと……」


 膝をつき、呆然としたドラムへ追い打ちをかけるように、元来た通路の奥からジャイアントアントたちが姿を現し、ドラムたちのもとへと迫ってくる。

 逃げ場を無くし、ここで迎え撃つしか選択肢が無くなったドラムは、魔法使いを通路の中へと向かわせ、自分は通路からできるだけ離れた場所へと下がる。


「め、命令だ!早くあいつらを何とかしろ!」


 魔法使いの男は命令通りにジャイアントアントの群れに立ち向かうが、前衛がすでに全滅している上に、水属性の魔法は硬い甲殻に守られたジャイアントアントに対して相性が悪いようで、大軍を止めきれずに少しずつ後退していく。

 それを固唾飲んで見守っているドラムの後方にある壁が音もなく崩れ、中から1体のニードルアントが姿を現すが、ドラムはそれに気が付いた様子はない。じりじりと迫るその腹部から伸びた毒針が、鎧に守られている部分を避けてドラムを狙う。


「ぐあっ!?ど、どこから出てきたんだ!こいつをなんとかしろ!」


 毒針に刺されてようやく後ろにいたニードルアントに気が付いたドラムが、慌てて魔法使いへと命令をする。命令を受けて魔法使いが放った水の柱がニードルアントを吹き飛ばし、壁に叩きつけた。


「早くこの傷を治療しろ!何をしている!急げ!」


 ドラムは魔法使いを援護していたヒーラーを呼び寄せ、刺し傷の治療をさせる。どうやら刺し傷はそこまで深くなかったようで、回復魔法をかけると傷はすぐに塞がった。

 ドラムの治療を終えたヒーラーが立ち上がろうとした瞬間――その足元に穴が開き、そこから顔を出したジャイアントアントがヒーラーの足に噛みつくとそのまま穴の中へと引きずり込む。

 何の抵抗もできず、一瞬にして己の目の前から消えたヒーラーを見て、ドラムは恐慌状態に陥る。


「ひっひいい……どこだ!どこから奴らは出てくる!嘘だ!この私がこんな場所で死ぬはずがない!……そうだ!私がここで死ぬはずがないのだ!」


 さらにドラムが恐慌状態に陥ると同時に、たった一人で戦う魔法使いは、ヒーラーがいなくなってしまったために支援を受けることができず、窮地に追い込まれることになる。

 やがて怒涛の勢いで押し寄せるジャイアントアントたちを押さえきれず、放たれる魔法をかいくぐって近づいたジャイアントアントたちに引き倒され、地面へと倒れ込んだ魔法使いは立ち上がることもできず息絶えることになった。


「まだだ!まだ私にはこれがある!」


 二人の奴隷を片付け、ドラムのもとへと迫ろうとしたジャイアントアントたちだが、その前にドラムが腰につけていたポーチから何かを取りだした。白い箱に細かな細工がなされたそれにドラムが魔力を込めると、ドラムの周囲を囲むように結界が張られる。


 ドラムが使ったのは『魔除けの揺り籠』と呼ばれる魔導具――それは起動すると周囲のマナを取り込み、人一人が入れるほどの大きさの強力な結界を張る魔導具である。

 一度結界を張ると、それを解くまで中から出ることはできないが、上級のジャイアントアント程度の攻撃ならば完全に防ぐほどの性能を持つ。

 ドラムは実家から出るときに、貴重品を保管している倉庫からそれをこっそり持ちだしていたのだった。


 土壇場でその存在を思い出し、慌てて使った魔導具は存分にその効果を発揮し、迫りくるジャイアントアントたちの攻撃からドラムを守る。

 結界の中からジャイアントアントを見るドラムは、攻撃が届かないことを理解すると安堵の溜息を吐く。


「ハ、ハハハ……どうだ!この魔導具の力は!貴様ら程度ではどうにもできまい!あとは助けが来るのを待てば――」


 そこでドラムの言葉が途切れる。どうやら助けが来る可能性がほとんどないことに気が付いたようだ。

 ドラムがこのダンジョンにやって来ていることを知るものは、最初にすれ違った冒険者たち以外にはいない。そしてまず間違いなく彼らが助けに来ることはないだろう。

 さらに、もし仮に助けに来たとしても、この広大なダンジョンの中を進んで、うまくドラムを見つけられるかは怪しい。砂漠で金貨を探すようなものだ。

 ドラムの腰のポーチの中にはある程度の水と食糧が入っており、結界もマナの多いダンジョン内ならば、数日の間はその効力を発揮し続けるだろう……だがその間に助けが来る可能性は限りなくゼロに近い。

 そんな想像をして顔を青くさせたドラムだが、彼はすぐそばに迫っているもう一つの危険に気が付いていなかった。


 ドラムが結界を張ってからおよそ10分が経過した――魔導具によって張られた結界は健在だが、その中にいるドラムは力なく倒れ伏していた。


「ぁ…………が…………」


 既にドラムは全身が麻痺しており、体を動かすことはおろか、しゃべることすらままならない状態になっていた。

 さらに、じりじりと焼けるような痛みを全身に感じており、特に先ほど刺された場所は赤く腫れあがり、激しい痛みが走っている。

 ニードルアントによって刺された傷は、回復魔法によって塞がっていたが、刺されると同時に体内へと流し込まれた毒は治療されていなかった。

 ニードルアントの毒は、効力を発揮してすぐに死に至るものではない。数分で動けない程度に筋肉が麻痺した後は、じわじわと毒と痛みで体力を削っていき、長い時間をかけて相手を死に至らしめるものである。

 そして周囲にドラムを治療してくれる者はおらず、結界に阻まれているせいでジャイアントアントがドラムに止めを刺すこともできない。

 その後ドラムは毒によって死に至るまでの間、十数時間もの間全身に走る痛みに耐え続けることになる。その最後は土と泥にまみれ、体を蝕む毒によって苦しみながらという壮絶なものであった。

 こうして、サンドール男爵家の3男であるドラム・サンドールは、誰にも知られることもなくその生涯を終えることになった。


 ――果たしてヒーラーが毒に気付かなかったのか、それとも仲間を使い捨てにされたことへの復讐のために毒に気付いていながらも、わざと治療しなかったのかを知る者は既にこの世にいない。

 だが、奴隷となっていた彼らがドラムを強く恨んでいたということだけは間違いないだろう。

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