素直になって恋人になりましょう!
温泉街の中にいくつも設置されているベンチの1つに二人並んで座るムゲンとカイン。
自分と話がしたいと言ったカインだがベンチに座ってから未だに一言も発しない。向こうから声を掛けて来たので無言のままでいられても困る。そこでこちらから話し掛けようとする直前にようやくカインは口を開いた。
「その…話って言うのはホルンさんの事だ…」
そう言いながら彼の視線は自分の眼ではなく地面へと向いている。まるで自分と目を合わせづらいかのように。
「俺は今はホルンさん、それに他の2人の合計4人の人間で【不退の歩み】と言うパーティーを結成しているんだ。それでその…ムゲンさんとホルンさんの過去も聞いている」
「そうか…それで、お前は俺に何を言いたいんだ?」
「……悪かった」
自分に対して何を伝えたいのか、そう問うとカインはその場で何故か頭を下げて謝罪を述べて来たのだ。当然だが自分は彼に頭を下げられる理由が見当たらない。今日初めて出会ったのだから当たり前だろう。
唐突の謝罪に訝しんでいるとカインは口を開き始める。
「いきなり頭を下げられりゃそりゃ意味不明だよな。確かに俺とあんたには接点はないよ。でも俺の〝大事な人〟が過去にあんたを傷つけたと言うならどうしてもムゲンさんに頼みたい事があったからだ。どうか…ホルンさんの事を許してやってほしい」
「………」
「あの人は今も自分の過去の行いに、そしてムゲンさんに行ってきた事を悔いている。被害にあっていた本人のあんたからすればそう簡単に割り切れるものではない事は重々承知だ。でも…やっぱり見ていると苦しくなるんだ。時折ホルンさんが自身の過去に悔恨の念を抱いている顔を見るのは」
どうやらこの少年とホルンは同じパーティーの〝仲間〟と言う簡単な表現だけで語れる関係ではないらしい。それに気にはなっていたが廊下で遭遇したホルンの『左手の薬指』に指輪がはめられていたがもしかして……。
「なあ、ホルンの付けていた指輪ってお前のプレゼントか?」
「え、ああ…まあ……」
「そっか…」
彼の口から出て来た肯定の言葉が何故だかムゲンは嬉しかった。
そうか…あいつはようやく幸せになっても良いと言う自覚を持てたんだな……。
もしかしたら隣に居るカインは自分がホルンの事をまだ恨んでいると思っているのかもしれない。だが実際は違う。もう自分の中で【真紅の剣】時代のホルン・ヒュールと今を生きるホルン・ヒュールは別の人物と思っている。もちろん罪を犯した自覚がある事やそれを悔いる気持ちを持つことは間違いではないだろう。だがその負の感情に縛られ続けて自分の未来を殺す事は正しいとは言えないと思う。
誰にだって幸せになる権利はある。だからホルンだって逃げずに過去を背負い反省したのなら新たに踏み出し幸せになる権利はあるはずなのだから。
隣を見てみるとホルンの為に胸を痛める少年が自分に対して彼女が昔の傲慢な時代とは変わった事を今も必死に解説している。
「なあお前名前は?」
「え…?」
必死に喋っている途中にムゲンから名を訊かれて少し戸惑うカインだが、冷静になり振り返ってみるとまだ自己紹介をしていなかった事を思い出す。もうホルンの内容で頭がいっぱいだったのだ。
「ああ悪いホルンさんの事で夢中になり過ぎた。俺はカイン・グラドだ」
「そうか…それじゃあこれからもホルンの事を頼むよ」
そう言うとムゲンはその場から立ち去ろうとする。
まだ話は終わっていないと彼を引き留めようとするカインだが、背を向けつつムゲンはこう口にした。
「心配しなくても俺はホルンをもう恨んでいないさ。それに…あいつにも過去だけに囚われず前を見て生きていってほしいと本気で願っている。だから今のお前の…カインの話を聞いてもう満足だ。あいつはちゃんと〝自分の求める幸せ〟を見つけられたみたいだからな」
「お、俺は……」
「初対面の男に頭を下げれるんだ。これからもあいつを〝幸せ〟にして上げ続けてくれ。それがかつてのホルンの仲間である俺がお前に求める願いだ」
そう言い終わるとそのままムゲンは当初の目的である温泉巡りを再開しようと歩き去っていく。
そのまま離れていく彼の背中をしばし眺め続けていた彼は髪をくしゃっと握り占めて一言だけ言葉を吐いた。
「………でっけぇ漢だなぁ……」
◇◇◇
旅館の前でそれぞれが別行動となった訳だがハルとウルフの二人は一緒に行動をしていた。その理由としてはウルフが彼女に尋ねたい事があったからだ。
割り当てられた部屋へと向かう道中の廊下で遭遇した少女とムゲンとの関係について知りたかったウルフは今のうちに話を聞いておこうと考えてハルと行動を共にした。
そしてムゲンの過去を聞かされてウルフは少し悲しそうに目を伏せた。
「つまりムゲンさんはハルさんとソルさんとパーティーを組む前は他のパーティーで理不尽に虐げられていたんですか?」
「はい。ただもうそのパーティーは解散しメンバーは散り散りになりました。ムゲンさんはもう気にしては無いようですけどやはりいざ彼のかつての仲間擬きを見ると感情が乱れてしまうんです。ソルも同じ気持ちでしょう」
初めて聞かされた恩人の過去にウルフは改めてムゲンが凄い人間に思えた。そんな過去があるなら普通はもう他人の事など考えないだろう。それなのに自分をこの【黒の救世主】に置いてくれた。自分の身を何度も案じてくれた。
「本当に…ハルさんが羨ましいです」
「え…それはどういう事でしょうか?」
「あんなカッコいい男の人に恋人として認められているんですから」
「え…?」
「あ、いえ今のは違います!」
もしかしたら嫉妬していたのかもしれない。だからついぽろっと口から羨望の言葉が漏れてしまった。
な、何を言っているの私は!? これじゃまるで私がムゲンさんに対して好意を抱いているみたいじゃないの!
どう考えても彼女がムゲンと言う少年に対して抱いているのは尊敬と言うよりも好意の気持ちが強いだろう。だが彼にはもう既に二人の素敵な恋人が居るのだ。今更自分がしゃしゃり出るなど許されない事だ。
「あのウルフさん…ずっと前から思っていたんですが私達に対してどこか〝遠慮〟をしていませんか?」
「え、遠慮ですか?」
「はい。失礼ですがウルフさんはこのパーティーの中で自分の存在を一番下位だと自分で決めつけているような気がします」
それはハルがずっと彼女に対して抱いていた印象だった。
この【黒の救世主】に入ってからウルフは常に一歩遠慮していた気がする。それはもしかしたら未だに〝奴隷〟だった頃の自分が抜けきっていないのかもしれない。
「ねえウルフさん。もうあなたは【異種族の集い】でなく【黒の救世主】の冒険者です。そしてこのパーティーの間では誰が上や下なんて概念はありません。だからウルフさんももっと自分に正直になってほしいんです」
そこまで言うとハルはウルフの眼を真っ直ぐに見つめながらトンデモナイ爆弾を投下した。
「ウルフさんも自分の気持ちに素直になりましょうよ。私やソルと同じようにムゲンさんが好きなら一緒に彼の恋人になっちゃいましょうよ!」
「…………ふえ?」
目の前の《魔法使い》の口から放たれた爆破魔法は見事にウルフから思考力を忘却させてしまうほどの見事な威力だった。
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