366話
ブリジットが再度現れ、演奏を開始しようとした時。
拍手がやんだ時。
その時。
ひとり、客席からピアノに近づく人物。
「……?」
その後ろ姿をヴィズは目で追う。どこか笑みを浮かべているような。そんな風格。一身に注目を浴び、キャンドルに照らされた身廊を歩く様。
「あ?」
立ち上がりそうになりながらイリナも声が出る。誰? 少なくともブランシュ、ではない。グレーのチェスターコート。モンフェルナでもたぶん、見かけたことのない人物。女性。
飛び入り? 私を差し置いて? カルメンはお冠。
「なにあの人。まだこれからアンコールあるのに。イリナ。止めにいって」
追っ手を差し向ける。そんでもって捕らえて。気持ちはわかるからお友達になろう。さっきの演奏を聴いちゃったら、そりゃ飛び出したくなっちゃうよね。ブリジット、また上手くなってる。
イリナは発言主の頭を軽く叩く。
「なんでだよ。自分でやれ。でも待て、なんかあの人……」
「ヴァイオリンケース、持ってる? なに? どういうこと?」
その人物の手にケースが握りしめられていることにベルは気づいた。やっぱりブランシュ? ……ではない。髪の色も。纏う雰囲気も。なんだか違う。違うけどなんだろう、同じ……みたいな。ラベンダーの花が思い浮かぶ。
訝しげに見つめるヴィズ。止める……べき? いや、それとも見守るべき? 少なくとも、ブリジットに危害を加えようとか、そういう感じではない。
「……どうするつもり……?」
やはり飛び入り? それなら……そのままにしておくべきなのかもしれない。今日はリサイタル。人々は安寧を求めてここにいる。ならば、変に事を荒立てるのは得策ではない? でも……わからない。
周囲はザワつきながらも、そういう演出なのかと収まりつつある。サンタクロースとトナカイでもこのあと現れるのか、そんな期待などもしてみたり。ヴァイオリン、ということはあの曲かな、と予想を立てている者も。




