345話
「しかし、なんか今回は拍子抜け、って感じするわね。ブランシュも全然悩んでなかったし」
寮の自室にて。二段ベッドの下に腰掛けながらニコルがつまらなそうに嘯く。
イスに座り、ヴァイオリンの手入れをするブランシュ。手を止めることなくそれについて反応。
「そう、ですか? 私としては結構悩みましたよ。そりゃ、前回みたいに誰かに頼らなくちゃ、と奔走したりはしてませんけど」
丹念に表面を拭く。ヴァイオリンの演奏後は松脂や汗などを拭う作業が必須。特に松脂は時間が経つと固まってしまうため、丁寧に取り除かねばならない。
悩んだ、と口では言いつつも、なぜだかそれは苦しい悩みではなく、どちらかというと前向きなもの。どれにしようか、と考えるのがむしろ楽しい方向。同じ頭を悩ませるでも、精神的な疲労が違う。
なんだか。引きずりすぎてどこかに色々とこぼしてきてしまった、のかもしれない。
「それよそれ。それがなかったのが個人的には嬉しいやら寂しいやら。しかも結構シンプルな感じだし」
あまり自分の活躍がなかったことにニコルは不満。あれこれと奔走していたのは自分のほうだった? 寝転んで不貞腐れる。何事もないことこそが理想ではあったが、なにもないとそれはそれで。矛盾していて、理不尽な気もするが、そうなんだからしょうがない。
今回使用したものは三種類。たしかに今までは十種類ほど使用していたことも考えると、そう思われるのもブランシュとしても仕方ない、という部分はある。だが、なにか勘違いをしている。
「たくさんの香油を使用すればいいというものでもないです。複雑にすればするほど難易度は上がるわけですから。ましてや私は素人の延長。前にも言いましたけど、本来であればプロの調香師ですら年単位で新しいものを作るんですよ」
それをたった数日、数週間で。きっとこれをディオールとかそういうところに持っていったって、香りを知ってもらう前に門前払いだろう。だが、それでいい。質の高いものを作るにはまず量から。量をこなすから質を知ることができる。今の時期はまだ。これでいい。




