311話
「へぇ……」
たしかにどこかクラシック感のあるヴァイオリン。それもそう、ジャズは初めてだろうから。だが、むしろその異分子感がいい、とクロティルドはこちらの沼に引き摺り込むか迷う。バランスでいえば、少々崩れかかっているが、そのハラハラ感。楽しいじゃない? わざとやってないかい?
ひたすらにリズムを刻むマノン。なんとか混ざれてはいる。ずっとライドシンバルとハイハット。たまにスネアドラム。たまーにクラッシュシンバル。余計なことはしない。だが、原曲自体がシンプルなため、これくらいがちょうどいい。縁の下で支えている感じ。
(ほらね。いい顔してるジャン。ジャズってのはさ、結局色んなものを取り込んで膨らんでいくもの。たまにはこういうのもいいんじゃない?)
自身もクラシック、そしてバンドでも本来は弦楽器を担当しているが、ピアノも少々弾いたりする。有名なロックバンドだと、曲によってヴォーカルがピアノ、ギターがベースになったりする。こういった遊びって面白い。
カッチーニのアヴェ・マリアはロマンティックでありながらも哀愁、悲しみ、慈愛、厳かな祈り。聴く人によって様々に変化する。ピアノだけでも、弾き語りも、弦楽器だけでも。
ならばジャズでのセッションとなるとどうか? 三人共に共有するイメージ、聖母マリアが穏やかな笑みを浮かべている。それでいてどこか、ニューオーリンズあたりのカフェで足を組み、コーヒーを口にしながらアンニュイな表情。朝から降り続く外の雨。ライドシンバルが雨音のようで。
クラシックでは確実に感じ取ることのできない、ちょっとダークで、でもそれが素敵な。どこかタバコの煙も似合いそう。その紫煙を宝石のように纏って。ほんのり、オードリー・ヘプバーンっぽい? フェイ・ダナウェイの葉巻? 誰を思い浮かべるか。あとで話のネタになる。
アヴェ・マリアをジャズで演奏したのは、実はクロティルドも初めて。だが、非常に趣と艶のある音楽。変化していく景色。妖艶で都会に染まった聖母。そんな雰囲気のまま。
「……うん、いいじゃないの。マノンも。いい感じいい感じ」
グルーヴ、感じた。爆発的に盛り上がる、というわけではなく、ゆったりと酔わせる。静かな盛り上がり。これもジャズ。弾き終わると両手を広げて祝福。




