167話
美しい嘘。数秒の間を置いて、ブランシュは少女の横顔に目をやる。
「はぁ……なぜ突然?」
「あんたはヴァイオリンが弾けなくなったらどうする?」
相変わらず文脈なども無視して、聞きたいことを聞き出す少女。ここ最近のややこしい依頼もあり、若干普段よりも尖っているのは自身でもわかっている。言ったあとに少しだけ、ぶっきらぼうなことに後悔。
そんなことはつゆ知らず。弾けなくなったら。そうブランシュは想定し、天井に目線を映す。
「……私であれば、他のことをします。パンを焼いてみたり、香水を作ったり。溜まった洗濯物を洗って、部屋を掃除したり」
今のように。弾けない、のとは少し違うかもしれないけど。想像に追いつかないような、歯痒さを感じた時。上手くなりたい、とかとはまた違うカンカク。
視線を落とし、まるでなにか、こぼれ落ちる砂でも見つめるかのように両手を見つめるブランシュを、少女は横目で確認。
「……洗濯物待ってる間ヒマだし、映画でも観る?」
スッとイスから立ち上がる。いや、待ってるのは自分なんだけど。二、三時間かかるし。時間も時間だけど、もしよかったら。
ゆっくりとブランシュが顔を上げると、目線が合う。ライトの後光が射す少女が眩しい。
「え、今から……ですか?」
目を細めて窺う。寝る時間であることは間違いない。もう少ししたらベッドに入ろうと思っていた。ニコルもいつものようにいないし。
「弾けないんでしょ? というより、満足のいく演奏ができない?」
「いえ、私は先ほども言いましたが、趣味ですから。満足のいく、とかではなくて、楽しめたらそれで」
少女の指摘は、今のブランシュには図星だった。痛いほど刺さる。想いとは逆の言い訳。
だが、少女にとって否定の言葉は耳に入らない。提案するだけ。
「クラシックの映画。『アマデウス』。観たことある?」
名前を出した途端、またも脳内に音楽。トルコ行進曲。うん、いい曲。
少しずつ、この少女の突飛な発言や行動に慣れてきたブランシュ。なんか近くに似たような人がいた気がする。
「ない……ですけど、たしかモーツァルトを——」
「そう。奇人変人天才モーツァルトを、凡人サリエリの視点から、ってやつ。サリエリも良ーいオペラを書くから、決して凡人ではないんだけどね。ベートーヴェンとかリストに指導してたし」
アントニオ・サリエリ。イタリアの宮廷音楽家。著名な作曲家やピアニストなどとも親交があり、アカデミー賞などを多数獲得したこの映画で、一躍知名度が上がった人物だ。少女は行進しだしそうな体を必死に止める。




