#69 夢のカタチ
追っ手を振り切りレディムーンたち三人が目指したイデアルフォートレスの作戦司令室に辿り着いたときには、数名のオペレータたちを残してガラン・ドウマの姿はなかった。
銃を持つレディムーンに動揺、怯えた様子を見せるオペレータから抵抗する者はいないようだ。
「不自然な席順ね。敵前逃亡かしら?」
モニターの電源がついたまま座る方向を反対に向けている空白の席を見て、レディムーンは近場のオペレータ少女に銃を突きつけ問い質す。
「し、知りません! 突然立ち上がって、みんな何処かへ……」
「司令のガランは?」
「あちらの方から……」
オペレータの少女は部屋の奥のドアを震えながら指差した。レディムーンはサングラスを外して、身を寄せ会うオペレータたちを執拗に睨んだあと深いため息を吐いた。
「…………全員を洗脳していると言うわけでもないのか。行くわよ二人とも、こんなところに用はないわ」
「彼女たちはどうするんです、放っておくんですか?」
怖がらせないようにオペレータを宥めているゼナスが言う。
「どうでもいい」
「どうでもいいことはないでしょう?! 彼女たちは」
「ここまでガランに付いてきたなら同罪よ」
反論するゼナスだったがレディムーンに冷たくあしらわれてしまう。ガランに関わるものは全て敵であり、オペレータの彼女らにかける情けも慈悲もなかった。
「脱出艇なんて見当たらなかったわ。適当なSVなら大量にあった、それに乗って出ていくのね」
「そんな……ねぇ君、SVの操縦は?」
ゼナスはオペレータに優しくは質問するが首を横に振られてしまう。何か策はないかと司令席のコンピュータを弄るゼナスだったが、特に手がかりを見つけられず困り果てた。
そうこうしている内にレディムーンはガランが入っていったと言うドアへと進み、その後を先ほどから黙っているウサミがついていく。
「ムーンさん……話してくれてもいいんじゃないの? 司令と何があったのか」
心配そうに話しかけるウサミだったが、レディムーンは足を止めることもなく何も語らない。
アンドロイドであるウサミはレディムーンが要塞の奥へと進入していくにつれて彼女の心拍数や体温が急激に上昇しているのを関知していた。
「自棄になっちゃダメよ? もしかして言いづらいこと? その、男と女の関係とか……」
「待ってくださいよ、ウサミさん!」
後方十数メートル、先に行ってしまったレディムーンらを追い掛けるゼナスが小走りで呼び掛ける。
「ゼナスちゃん、ちょっと離れてて! ムーンさんと話がしたい」
何かただならぬ空気を読んでゼナスは素直に従い、二人から距離を取って歩く。
置いてきた司令室の女子オペレータのことも気になったが、彼女らの脱出させる方法ならばガランに直接聞いた方が早いのかもしれない。
この中で男一人なのだ。自分が全員を守ってあげなければいけない、と心の中で誓うゼナスだった。
「ねぇ、ココロにだけ教えて……お願い?」
ウサミの説得は続いている。
レディムーンから殺気立つオーラに当てられてココロの頭の中で危険信号が鳴り響く。
止めるべきか、止めないべきか。
きっとこのままでは負の感情に蝕まれて暴走するに違いない、とウサミは思った。
「夢を……奪われた」
「夢?」
「そう…………その先は奴を殺したら、考えてあげるわ」
唸るような声を出し、レディムーンの足取りは早くなる。
ウサミにとってレディムーンは大して付き合いのない女性であるが、こう言う人間を正しい方向へ導いてあげたいと元保育士の血が言っているように感じた。
それぞれが様々なことを考えている内に三人は長い通路の先にある終点、展望室に辿り着く。
外の爆発。激しい逆光が男のシルエットを浮かび上がらせた。
「……待っていたよ、月影瑠璃。私の」
男の声を待たずして、レディムーンの銃口が火を吹いた。
◇◆◇◆◇
『言っておくけどボクァね、パイロットじゃない……だから本当は戦っちゃいけないのに、邪魔する君たちが悪いんだよなァ』
煌めく爆煙から姿を現した《ヴィルギン》の本体だ。
骸骨のようなフェイスと華奢なシルバーなボディ、あの特徴的な下半身の大型メカは跡形もなく消滅しまっていた。そして立ち向かったアマクサ・トキオの《Gアーク・アラタメ》もである。
『このヴィルギンは未完成なんだァ。ボクにとって、このSVは永遠に建造中……提出前の宿題でしかない。ボク一人で作った世界、宇宙に一つしかない夢のマイユニットだった、せっかくアソコまで出来てたのに台無しだよ、でもササナギさんたちを屠るのには十分すぎる力だなァ』
自慢のオモチャを壊されて、酷くつまらなそうにシアラは言った。
「骨だけのSVになって、いつまでそんな余裕なのかしら?」
呆気なく撃墜されてしまったトキオのためにもマコトはここでまけるわけにはいかない。
裸同然の《ヴィルギン》を倒すチャンスは逃すまいと《ゴッドグレイツ》で果敢にも突撃した。
待機している敵SVの《アンジェロス》数十機が先を行かせまいと邪魔をするが《ゴッドグレイツ》は攻撃を受けながらも突破した。
しかし、進行妨害が止むことはなく倒しても倒してもゾンビのように復活していく。
「な、直って? いや、どう見てもコクピットは潰れてるのに動いてるとしか……」
「マコト、あまりエネルギーを使いすぎるなよ。息が切れてるぞ」
『ハハァッ! 何たって女神の加護があるからね。もっとスンゴイの見せてやろうかァ?』
指を鳴らすシアラの合図と共に《アンジェロス》たちは体を分離、変形させて《ヴィルギン》の手足や体に纏わりついた。
「SVが……合体していく?!」
『いわゆる第二形態! これぐらいは造作もなァい!』
白き翼の鉄巨人。新たな姿に変貌した《ヴィルギン》の巨腕が《ゴッドグレイツ》を襲う。その巨体からは考えられないスピードとパワーにマコトたちは回避できず《ゴッドグレイツ》は吹き飛ばされてイデアルフォートレスのバリアフィールドに叩きつけられた
「がぁっ!? な、なんて力だよ!?」
「……一発ぐらい何よ、押し切られる前に押し切るんだから、ゴッドグレイツ!!」
機体の出力を全開にして白く発光する《ゴッドグレイツ》が足下のバリアを蹴って飛び出す。勢いよく回転しながら炎の散弾を《ヴィルギン》に浴びせた。
『無駄無駄無駄ァ! その機体のことは百も承知、ボクに勝とうなんて夢のまた夢、不可能なのじゃァ!』
対抗して《ヴィルギン》はSVで出来た掌を傘のように開き高速回転させると、降り注ぐ炎の散弾を弾き飛ばした。
そして、速度を増した傘掌はドリルのようになって向かってくる《ゴッドグレイツ》にぶつける。
『どうしたのサナナギさん? 怖いでしょ? 恐いでしょう!? 逃げてもいいんだよォ?』
火花を散らす《ヴィルギン》のドリルと《ゴッドグレイツ》の回転。
少しでもスピードを緩めれば破壊されるのはどちらかだ。
『いつもみたいに泣き叫んで逃げ出してもいいよォ“ベイルアウター”のサナーギさァーんッ!!』
──サナちゃんは逃げません!
二色の双眼を輝かせる《ゴッドグレイツ》の中のトウコが叫んだ。
『なんだァ? ひょっとして、クロス・トウコがジーオッドの生体ドライブになったとでも?』
──サナちゃんは誰よりもパイロットを目指して頑張ってきたんです! これならもサナちゃんは大空を飛びます! その夢を貴方のような下賤なやからに奪われるわけにはいきません!
トウコの思念体がコクピットのマコトを強く抱き締める。ガイ以外にはトウコの声が聞こえていた。
「……ありがとう、トウコちゃん」
『はは、下賤だって? 自分を棚に上げてよく言うわァ! サナナギ・マコトの夢の根源である、サナナギ父の命を奪うように指示したのは、お前だったろうがなァー!?』
イライラするシアラの感情が《ヴィルギン》のパワーを上がらせ《ゴッドグレイツ》は後ろへ押される。
──だからです! 私のこの命はサナちゃんの未来のために使う。
トウコの放つ青いオーラが《ゴッドグレイツ》を包み込む。傷付いた装甲がトウコが持つ慈愛の力で修復していく。
『自分に都合の良いことばかり並べてるんじゃァない!』
「うるさいよ! 私はトウコちゃんのこと、もう許し……て、ないけど許す! 今は、ヤマダ・シアラをぶっ倒すのが今やるべきなんだ!」
『小さいなァ、小さいよ、そんなクダラナイ目標なんてさァ!』
「そのくだらない奴等にお前は負けるんだよ」
と、ガイは煽る。
「先を急ぎすぎると早死にするぞ」
『ヒトの命は限りあるんだァ! 大きな夢を抱いてかなきゃ意味が無いッ! それで何が悪い? ボクは常に未来に生きている! ボク以外のヒトらは人生の通過点でしかない! だからキミらはボクの経験値となって夢の糧になるがいいのだァァーッ!』
ぶつかり合う二つの螺旋。
その勝者は《ゴッドグレイツ》だった。
『理解できない、凡人の言うことがわからない……押されてる、この天才であるボクのヴィルギンがァァァァーッ?!』
赤と青の炎が交ざり合った《ゴッドグレイツ》の超回転が、マコト、ガイ、トウコの意志が《ヴィルギン》の巨腕ごと右半身を貫く。消えることなく燃え盛る炎が破損する傷口を覆い、女神の加護による修復も再合体も不可能にした。
シアラはコンソールを無茶苦茶に叩くも《ヴィルギン》は沈黙し稼働を停止する。
『ボクの夢がここで終わる? ボクの……』
「勘違いしてるよシアラちゃん」
絶望するシアラにマコトは優しく語りかける。
自分自身に向けての言葉でもあった。
「夢は自分が思ってるかぎり消えない。でも夢を叶えたいって思うなら夢だけ見てちゃいけない。私は夢を実現させるために現実を見て生きるよ」




