閑話 妖精さんのチュートリアル
召喚されたばかりの少女がわからないことは山ほどある。
常識だったり、通貨だったり、魔物のことだったり。けれどここで一番大切なのが、『ゲームシステム』のことだろうか。
「そうだね、色々と教えなくちゃいけないね」
「お願いします……」
「俺も護衛だから行くけど、気にすんなよ」
ここはお助け妖精の出番だ。勇者が出だしで躓かないようにきっちりとサポートするのは、エレノアの役目だ。
ということで、まずは手近なところへ行くことにする。聖都カルギナの外は、ゲーム中で最も倒しやすい所謂『チュートリアル用』の魔物が徘徊して、安価の薬草が自生している。
ここはアーロイスの案内もあって、まだ陽の高いうちに到着することができた。
木のトンネルに空の青が遮られてしまって、影の深い林道。
二人と一匹が数歩歩けば、右方の草陰ががさがさ音を立てる。
出現したのは、灰と緑を混ぜた肌色をした、背丈の低い魔物が三体だ。片手に木の棒や斧を持ち、二足歩行をする。ボロ切れとはいえ衣服を纏っていることから、一見は知性があるように見える。
エレノアが羽をぴんと張り、少女の頭に乗る。騎士の少年が剣を構える。
少女は怯えた。木の棒はともかく、斧など向けられたことはない。安全な世界で生まれ育ち、「暴力はいけない」と教育を受けてきた少女は、自分の半分ほどの身長しかない魔物を前に戸惑った。
けれど立ち竦んだままでいるのを、妖精は許さない。
「見える?『ゴブリン:500』って、変な文字が浮かんでるでしょ」
「……うん」
「あの魔物の名前と、体力を数値化したものだよ」
「う、うん」
「こちらに敵意があって、尚且つ、今倒さなくてはいけない相手の時に出る表示だよ。よく覚えておいてね。こうなったら戦う必要があるの。中には魔法が使える魔物もいるけど、そういうやつは体力の後に魔力値が表示されるからね」
「魔物も、魔法を使えるんですね」
「そうだよ。とりあえずは騎士さま、お願いできますか?」
「アーロイスって呼ばねえんだ」
「人間はそう簡単に呼ばないことにしてるの」
「お前もしかして……」
エレノアへの「人間嫌いか?」という疑問を飲み込んだ少年は、
「……まあいっか。いっくぞー!」
剣を下段に構えて走っていく。
大胆にも真ん中のゴブリンに向かっていき、下から斬り上げた。緑色の血液が飛び散る。
エレノアは、目を塞ぎたがる少女の手をぺちんと叩いて、窘める。
「だめだよ。ちゃんと見て」
「で、でも……っ」
「お願い、勇者さま」
青い顔をする少女を叱咤したエレノアは、ゴブリンに視線を戻す。三体共、すでに騎士の少年が倒してしまっていた。
エレノアは、ゴブリンの手から離れたものを見た。
「ほら、ゴブリンが木の棒を落としたよ」
「う、うん」
「取って」
「……え?」
「取って」
あの死体の傍に寄って、取れと。
そう指示するエレノアは、自分の残酷さを自覚している。幼気な少女にそれを強行できるのは『お助け妖精キャラクター』だからだ。
この涙目の少女ですら、自分にとっての『キャラクター』だ。そして何より、エレノアの夫を倒す役割を持った勇者。それを考えれば、同情もできるが非情にだってなれる。
そもそも『ゲームを始めよう』と提案したのは、エレノア自身とルイなのだけど。
「……はい」
少女は頭に妖精を伴って、ゴブリンの死体に歩いていく。少年の気遣わしげな視線に力なく笑って、へっぴり腰の姿勢で、それを取った。ゴブリンの血に沈んでいた頼りない木の棒。
それを確認すると、エレノアは「ぱんぱかぱーん。」と声を上げた。
「勇者様は木の棒ランクDを手に入れました」
「はい?」
「『木の棒D
武器としてはお粗末だけど、素手よりはマシかな。武器が無い仲間にはとりあえず持たせておくが吉。
攻撃力:2
防御力:1
売値:1クラン』
これはなんとも微妙なやつだけど、こうやって集めていくといつかは良い武器や貴重なアイテムを手に入れられるよ」
「……うん」
「次にステータスを説明するね。これも私に聞いてくれれば言うから。じゃあまず、私の手を握ってね」
「は、はい」
少女はエレノアの手にちょんと触れる。小さすぎて壊れやしないか、少し怖がっていた。
エレノアはやはり、自分の職務を全うしようとする。
「『名前:ハスミ・コナタ
年齢:17
レベル:1
職業 :見習い冒険家
HP :15
MP :10
攻撃 :17
防御 :18
魔攻 :10
魔防 :15
スキル:なし』
こんなところかな。今はまだ冒険家って括りだけど、修練を積んでいけば勇者って認められると思う」
「な、なんだか情けない数字です。強くはないんですよね?」
「正直言えば、まだ一般人レベルかな」
「そうですよね、知ってた……。……エレノアのステータスを教えてもらってもいい?」
「いいよ」
そしてエレノアは、自分のステータスを伝えていった。
ただしスティラスの姓を名乗らず、レベルを五にして、HPもMPもステータスの全てを大きく偽った情報だけれど。
――ステータスを調べてくれるキャラが正しい情報をあげないなんて、ほんとに無理ゲーだ。
最後に「何か質問ある?」と問う。ゲームなら、いくつかの基本的な質問がずらりと表示されていたところだ。少女は迷って、
「さっきエレノアのステータスにあった、最後の『好感度:--』ってどういうことですか?」
「ああ、これね」
数値に嘘を吐かなかった唯一の部分だ。
エレノアは攻略不可になっているけれど、これは元々、恋愛要素のあるゲームだ。
「これからたくさんの人に会うと思う。男の人もいっぱい。その中で伴侶を決める、補助的なものだよ」
「……何よそれ」
二人は、騎士の少年をちらりと見た。
「なんだよ?」
「や、別に」
「ううん、なんでもないです……」
「意味わかんね。もういいなら帰っぞー?」
「あ、じゃあ帰りながら話そうか」
騎士の少年の背を追いながら、妖精はレクチャーを続ける。
「怒らないで聞いてね?
この世界では、勇者様を血筋に取り込むのはとても重要で有利なことなの。箔付けのために結婚しようって思う人もいるかもしれない。騙して弄んでやろうって人もいるかも。
だからそのためにね、勇者様への想いを数値化するんだ。
どんなにかっこいい男性がどんなに甘い言葉で近づいてきても、まず信じないで。私に聞いて。この数値が大きければ大きいほど、その人の、勇者さまへの想いは本物だよ」
「待って。私、この世界で結婚する気はないわ!」
「わかってる。だからもしもの場合だから、ね」
「……覚えておきます。それで『--』っていうのは?」
「これはね、その人とは付き合ったり、結婚できませんって証なの。私の場合は雌だから。決して、貴女が嫌いってわけじゃないんだからね」
「そう、良かった」
「あとは……なんだったかな。えっと、そうだ。この先ね、そこの騎士さまみたいに、旅を共にする人もきっと現れるけど、あくまでもリーダーは勇者さまだよ。装備品や、前衛と後衛の配置まで、指示するのは勇者さま。慣れないうちは私もお手伝いするから頑張っていこうね」
「えっと、大丈夫でしょうか。私なんかで……」
「大丈夫だよ、いけるいける!
私が『オススメ』で勝手に編成しちゃってもいいならするけど、武器や防具はより効果が高いものから着けてもらうことにしてるんだ。
でもね、その場その場によって出てくる魔物は違うの。たとえば火属性が付いた武器の方が有利なこともあるし、毒の防御や麻痺の防御とかが必要な場面が出てくるから、そういう時のためにも、普段から装備品は考えておく方がいいと思うよ。あと、職種によっても着けられる武器や防具が違ってくるから気をつけて」
「う、うううう……っ」
「はい、唸らない! じゃあさっきちょろっと出てきた前衛と後衛について説明するよ」
「まってまってギブギブギブ!」
このチュートリアルの他にも、エレノアを連れていることでアイテムを見つけてくれたりする。
彼女はとても便利なお助け妖精である。




