閑話 満月と誓約と
閑話にしました。
※緩いR15(読まなくても本編に支障はきたさない)
湖畔で服を脱ぎ捨て、二人は互いに背を向けながら身を雪いだ。
「次に来る時は、お墓参りにしましょうね」「うん」「君が正式に義姉になったことを報告していないので」「……うん、ちゃんと言わなきゃね」会話といえばそれだけだった。
城に帰ると、エレノアは彼に連れられて、高い塔の最上階に足を運んだ。ここはエレノアの私室や居館とは別の塔だった。それでも高さは十分にある。
円形のそこは、不思議な遺跡のようだ。
壁や柱の素材も他とは違っているようで、所々が欠けている。エレノアの前世で言うコリント式の柱が、蔦に巻き付かれながら重そうな天井を支えていた。その隙間からは墨を零した空と、星の大河。そして青白い満月が、空にのっぺりと張り付いているのが見えた。
壁らしい壁は一切無かった。
何より特徴的なのが、床に走る細い溝と、そこに流れる水だ。人工の川の水がどこから引かれているのか、どうやってこの高所まで運ばれているのか、エレノアには想像もできない。
中央部の深く広い川は大きな円を描いていて、その円が生贄の乗る台座のように見える。円をまるごと使った魔法陣が、すでに黒黒しく描かれていた。
裸足の足を床につければ、ひやりと硬い感触が伝わる。
二人はひたひたと進みながら、円との境界を踏み越える前に足を止めた。緊張で固くなっているエレノアに、ルイが申し訳なさげに促す。
「エリー、そろそろ」
「……ん。……後ろ、向いてて」
「ええ。これを使ってください。僕が昔使っていたものです」
「うん」
エレノアは白いワンピースを落とすと、素肌の上から黒いローブを羽織って体を隠した。円の中央まで進み、その冷たい床にへたりと腰を下ろす。
背後からルイの足音が近づくと、いよいよエレノアの心音がすごいことになる。
「背中から、失礼します」
そう言われて、エレノアは肩からローブを下げる。前だけは死守しようと、唯一の衣服を胸に掻き抱いた。
長い髪は軽く纏めて右肩に流され、晒された背中に触られる。それだけでびくりと跳ねた肩を恥じた。
「これでそんなに気を張っていては、これからが大変ですよ?」
「うう……」
穏やかな夫の声に慰められ、エレノアは呻く。
もう無理だと言いたげな彼女の様子を見てか、ルイはわざと耳元に唇を寄せた。
――僕に、身を任せていればいい。
夜の空気に溶け込むほどに薄く、けれどたしかに甘い声だった。
エレノアは背筋を中心に、幾重にも重なる紋様を描かれた。
使用した墨に混ざる血液は、やはり彼のものだった。
円と、魔術に用いる古代語。彼が以前から熟考していたらしいその契約式は、彼女への拘束力と、その他いくつかの効力が込められたものだ。
時間が経てば、エレノアは体の変化に気付いていく。
彼の指が肌を滑ると、身体が熱い気がした。羽の付け根に触れられれば、腰が思い切りびくついた。
「ん……ぅっ」
「……気持ちが良さそうですね」
「…………」
「否定はしないんですか」
「……っ」
「痛みがないのなら、それでいいと思いますよ。今の君はとても美味しそうだ。こうしている時間すらもどかしいほど」
「た、食べる、の?」
「本気で怯えないでください。そんな顔をされては、もっと堪えられなくなる」
「だって、妖精を食べるって洒落にならないんだよ」
「……薬などにしませんので、そのことは極力忘れてください」
はい、背中は終わりです。
そう告げられて、彼女はいよいよ半泣きで身を竦ませた。
「ま、ちょっと、待って」
「何を躊躇しているんですか。初めてというわけではないのですから」
「私にとっては初めてなんだよ……」
普段は服に隠れている肌を見せるのは恥ずかしいと狼狽えるエレノアは、身の自由を奪われた。手や足を『状態異常:麻痺』にされ、頼みの綱であるローブを優しく払われた。
膝に抱き抱えるような格好にされると、恥ずかしくて死にそうになる。身じろげば二つの膨らみが揺れて、女性を全力で主張する。恥ずかしい部分を隠せないことに、酷い羞恥と焦りを覚える。「見ないで」と懇願しようが、笑顔で「綺麗ですよ」と答えにならない答えが返ってきた。
契約式の形が優先される今、彼の指がどういった軌跡を辿るのかもわからない上に、彼女の意思は反映されない。恥ずかしい部分に墨が引かれていくたびに、彼女は嫌だと首を振った。時々ぴくりと跳ねて恥に泣きながら、あえやかな声を洩らす。
そうして体の前や、太腿の内側、腕から手の甲、体中に細かな線が重ねられた。
最後に。
額に何かの紋様を描かれて、
「『我が魔力を楔とし、華燭と誓約を』」
そんな詠唱と共に、そこに口付けを落とされる。
「『自由』」――これは背中に。
「『隷属』」――これは首筋に。
「『拘束』」――これは鎖骨に。
「『服従』」――これは胸元に。
「『誠実』」――これは右手の甲に。
「『独立』」――これは左手の甲に。
「『隠匿』」――これは下腹に。
「『貞淑』」――これは右内腿に。
それぞれ対応する言語が描かれているらしい。
体中に一つ一つと口づけられるたびに甘く囁かれる古代語は、相変わらず聞き取れない。その一言一言が、体のどこかを疼かせる。
描かれた魔法式が、転々と、徐々に光を帯びていった。
「『誓うか』?」
「……うん」
ルイの魔力が染みてきているのか、今の彼の古代語はわかった。
「良かった。このまま僕の隣を望むなら、手を握ってください」
ルイが手を差し出す。エレノアがそれに恐る恐る指を絡めると、急に強く握られた。
「これで半分、成立です」
そうすれば、彼女の体中の模様が、皮膚に染み込むように消えていく。
ほっと息を吐いたエレノアは、ずり落ちていたローブを被せられる。
この後に何があるのか、忘れていた彼女は、完全に終わった気でいたのだった。
だからゆるりとうつ伏せに倒された時に、床に手をつきながら困惑した面持ちでルイを振り向いた。
「……なに?」
「後儀もこの場で行わなくては。魔法陣から出ると今までが全て無駄になります」
「あ、……こ、ここで、なの? だって外……」
「誰も来ませんよ。床に羽が擦れては傷がついてしまうので、今回は後ろから失礼しますね」
ルイは言いながら、己の上着を一枚脱いだ。下に着ていたシャツのネクタイを緩め、彼女に覆い被さる。緊張で張られた羽を、落ち着かせるように撫でた。
そういえばこのゲーム、十八禁バージョンもあったなって思った。
*
多大な魔力――と言ってもルイにとっては瑣末なものだけれど――の移動を伴う『正統な契約方法』は、前儀で墨を塗りたくられている時もそうだったけれど、後儀では過ぎるほどの快感をエレノアの身に与えた。
逃げうつ腰を引き寄せられ、俯せで媚びる声をひっきりなしに叫ばされて、床に敷いたローブにしがみつきながら不慣れの痛みにしゃくりあげて、彼女は息も絶え絶えといったところだ。
柱の間から風が入り込めば、ここが半屋外なのだと意識してまた死にたくなった。一度だけ意識を飛ばし、次に目を覚ました時には、彼のベッドに仰向けで押し倒されて再び抱かれた。今まで押し込めていた熱情を全て吐き出さんばかりの、彼らしくなく余裕のない表情だった。
それから約三十分が経つ。
エレノアは大きなベッドに体を沈み込ませて、隣で一人幸せそうにしているルイを睨んだ。
「……ひどい」
「はい?」
「こんな、ひどい、なんで、私、わたし、あんなに……っ」
「魔力の譲渡は受ける側に快楽が伴うと言いますし、特に君のような種族が相手では……媚薬を与えていたようなものなのでは?」
「冷静に! 分析しないで! さっきの私は私じゃないから、ね、忘れて!」
「そもそも君は昔から、僕の血を飲む度にああいう顔をしていたので」
「そんなわけないでしょうが」
「無自覚って怖いですね」
疲れたでしょうしもう寝なさい。と保護者のように促されては、元親代わりのエレノアとしては面白くない。けれども頭を撫でてくる『夫』そして『ご主人様』であるルイの手は、飼いならされた妖精にとっては最高の安眠導入剤だ。
――そういえば、人間と妖精で子供ができたりしないのかな。ちょっと心配だ。父親が魔王様って、教育的に良くないだろうし。
それをルイに訊けば、答えはさらりと返ってくる。
「できる時はできますよ」
「そうなの?」
「数は多くはありませんけれど、人間と妖精のハーフがいくつか確認されています。子供を作る行為ですからね、当然でしょう」
「先人達はすごい無茶をしたもんだね。契約一つでこんなリスクをって、事後に言うことじゃないんだろうけども」
「……出来て困ることはないでしょう?」
「まあね」
「もういっそ、できるまでしてもいいかもしれませんね」
「んん?」
「ここに沢山注いで、僕で満たして、子ができれば……」
寝具の中で、エレノアの腹に手が添えられる。
「君は絶対に、離れられなくなるでしょう?」




