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閑話 仲良し夫婦

 エレノアはベッドに戻されると、いそいそと寝具を被った。

 その横に座ったルイは、彼女の髪を愛おしむように撫でる。二人が落ち着いていけば、部屋に充満していた重苦しい空気も薄らいでいく。

 エレノアは柔い陽に照らされて睡魔に誘われ、それを見守っていたルイが苦笑しながら、


「もう一つ、お伝えしておくことがあるのですが……」


 切り出せば、エレノアは大げさに反応した。

 彼からの『お話』にはあまり良い思い出がない。

 眠気は吹っ飛び、顔に浮かぶ困惑を隠さず、ルイを見る。


「わ、悪い、こと?」

「君にとっては、悪いことでしょうね。僕にしてみれば……正直悪くはなく、いやだからこそ罪悪感が凄まじいというか……君に殴られる覚悟はあります。殴ってください」

「わかった殴ってあげるから言って」


 エレノアに暴力的な措置を要求するほど悪いことをしたらしい。

 ――こんな子に育てた覚えはないのに。

 ――お母さんとっても悲しい。

 ――あんなに優しい子だったじゃない。

 ルイが間違いなく嫌がる責め言葉を用意して、エレノアは彼の言葉を待った。そんな彼女の思惑を知ってか知らずか、ルイは言いにくそうにしていた。先の『スティラス家の奇跡』よりも重々しい態度で目を逸らすものだから、エレノアは自然と寝具を握り締めていた。


「身体が痛かったり、違和感はありませんか?」

「……どっちもあるよ」

「だからそういうことです」

「どういうことです?」


 間を置いて、


「……、……昨夜、身体的な交わりを経て、半契約を行いました」


 ――え?

 エレノアの心からの一声は、白い部屋にこだました。


「……は?」

「まあ、そうなりますね。君の反応は分かってました」

「え? まじわっ……え? ……じゃあ、これ、痛い、の……」


 エレノアは寝具の中で、もそもそと腹のあたりを摩る。

 ルイは彼女の驚愕顔を痛ましい目で見つめながら、溜息混じりに頷いた。

 突然こんな告白をされて「っ! ……ぁ、……ぇ、あ……?」と言葉にもならない返答をするのに精一杯なエレノアは、ただただ彼を見ていた。顔を逸らしたいけれど、それさえできずに硬直している。自分の体を抱き締めて、


「み、いろいろ、みて、……や……」

「見ましたね。色々と見ましたね。やりましたね」


 オブラートに包む努力すら見られない返答に、エレノアは涙目だった。耳まで赤くなってベッドの中に潜り込んでしまう。


「……うう」


 布の塊のできあがり。時々もぞりと動くけれど、「んぐっ」と唸ってびくりと震え、「……ん、う……」と低く呻く。下腹の痛みが辛い。

 諦めて元の姿勢に戻る。

 ルイはそんな彼女の額に手を当てて、体温を確かめた。


「夫婦の初夜がこうなってしまって、惨憺たる想いというやつですよ」

「……うん……」




 本当に残念だとルイは思う。

 女性がその夜をどう思っているのかなどルイには全くわからないけれど、きっと大事なものなのだろう。ルイだって、彼女の意識があるうちに、彼女の意思で体を許してほしかった。

 こんな昨夜の行いも一種の裏切り行為――ということには、ならないだろうか?

 自分の『裏切る』キャラ付けが重く感じて、ルイは救いようのない自分に苦笑した。その瞬間を彼女に見られているとも知らず。


「君には整理する時間も必要でしょうし、失礼しますね」


 立ち去ろうとするルイの服を、エレノアがそっと引いた。

 彼女はルイを真っ直ぐに見て、何かを訴えていた。

 要望でもあるのだろうか。ルイが口を開く前に、彼女は震える声を振り絞る。


「この後は忙しいの?」

「いえ、午後からはお休みとさせて頂きました」

「私は、貴方の妻、なんだよね」

「……はい」


 今更ですか? と言いたげなルイに、エレノアは羞恥で泣く寸前になりながら、蚊が鳴くような声で彼を殺す。


「甘えても、いい?」


 不意打ちの攻撃によって一瞬の石化状態に陥ったルイは、不安そうに見上げてくる妻に微笑んだ。

 

「どうぞ」


 蕩けるように、甘く甘く。

 彼女が相手ではそうなってしまうから、抑えようがなかった。

 ルイは夕食の時間までエレノアの抱き枕になることを、二つ返事で了承した。

 逆に彼女を抱き枕にしてしまったことを少しも悔いることはなく。

 翌日の魔王は、やけに機嫌が良かったらしい。

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