045 色々あったけど、解決します
「か、会長……?」
「ゴメぴん、お久しぶりねぇ」
「……ども」
ゴメスは所在なさげな表情で軽く会釈する。その様子に、ヴェゴーは苦笑しながら応えた。
「相変わらずやる気ねえな、ゴメス。そのクセ絶妙なタイミングで出てきやがる」
「……こいつが会長だと?」
「あーはい、ギルド協会会長のゴメス=ウルチです。……はじめまして」
「……ちがう」
「あ?」
「俺が依頼を受けたのは、目の死んだこいつではない」
そう言ってバッシュは、ゴメスの掴んでいる老人に目をうつした。
「俺に、ジータ兵を装って有翼人を攫えと依頼してきたのは、……こいつだ」
「ひぃっ!!」
言われた老人は、ゴメスに掴まれた首根っこを、さらに深くすぼめた。
「どういうことです? 俺には何が何だか」
「わっちにもよ。どういうことかしら?」
「……あー、ちょっと説明めんどくさいんですけど」
「いや、しろよ説明」
「分かりましたよ……。平たく言えば、全部このじーさんのせいってことです」
「平たすぎる!!」
「耳の近くでうるさいな……。ヴェゴーさん、誰ですかこの派手通り越して絶妙に微妙な人」
「ザマンだ。オルカんとこの若い衆だよ。こんなんでも有能だぞ」
「へえ……」
そう呟いてザマンを眺めるゴメスの顔には「興味ありませんけどね」と書いてあった。
「ど、どうも……」
「ま、いいか。――で、そこの忍者さん」
「む」
「説明、いります?」
「うむ」
「……しょうがないな。じゃあめんどくさいけどしますよ。めんどくさいけど」
「めんどくさがりですねえ」
「昔からそうなのよ……」
「どこから話しましょうかね……まず、10年前からいきましょうか」
ゴメスはそう言ってボソボソと話し始めた。
――今から10年前。当時ギルド協会の会長だったこのじーさん、イーキリ氏は、Z級、つまり国家災厄レベルのクエストを冒険者全てに向けて発注しました。……ヴェゴーさん達がSSS級クエストをこなしている間にね。
彼らがそのクエストの話を知ったのは、そのSSSクエストを終わらせて、街に戻ってからです。
その時にはすでに、Z級魔獣“魔獣・ベヒーモス”討伐隊は編成され、出立してから数日が経っていました。
「当時最強のパーティを招集しなかったのか」
「というより、そもそものSSSクエスト自体がスケープゴートだったのよね。実際は、やたら奥地でたどり着くのに時間がかかるだけで、クエストそのものはS級ですらないレベルだったし」
――折角説明する気になってるんだから、口挟むのやめてもらっていいですか。やる気なくすんで。……その理由は3つ。
一つ目、当時、会長としての能力を疑問視されていたイーキリ氏は、なんとしてもゴゥディ討伐を成功させたかった。
二つ目、ヴェゴーさんのパーティは当時最強であり、最後の砦として温存しておきたかった。メンバーはちなみに、ヴェゴーさん、オルカさん、ナンさん、私、サンダー=ストーク……グレイさんのお父さんです。当時のパーティは8人まで登録することが出来たんです。
三つ目、強いだけでなく、発言力も高かったヴェゴーさんを追い落とすため、わざと情報を制限して参加を遅らせることで、作戦の成否に関わらず「勿体ぶって遅れて登場し、被害を無駄に大きくした戦犯」というレッテルを貼って追放したかった。
結局その全てに成功したイーキル氏でしたが、事前にそれを予測していたオルカさんがイーキル氏を告発、結果的にギルド協会会長の座を追われることになりました。
「……その後釜に私が据えられたのは、正直納得いきませんでしたが」
「だってお前が“もう冒険者しんどい、やめたい”って言うから」
「この業界の仕事をしたくないって言ったんですよ私は」
「他の仕事なんか出来るわけねえだろ、お前みたいなダウナーヤカラに」
「ダウナーヤカラて」
「“ヤカラとは”を問い詰めたくなるわねぇ……」
「で?」
ヴェゴーが話を進めるように促す。ゴメスは小さくため息をつき、続けた。
「座を追われたとはいっても、元会長の肩書きは小さくなかった。隠れてじわじわと協力者を増やし、10年経った今になって、反旗を翻そうとした、ということです」
「で、手始めにダーマを装って有翼人を拉致しようとしたと」
「なんかまどろっこしいわねぇ」
「その辺は本人に訊いてください。私は疲れたので帰ります」
「おいおい、ジジイとバッシュの処遇はどうすんだよ?」
「お任せしますよ」
「うわ、テキトー……」
「じゃ、そゆことで」
最後の台詞を吐いたときには、ゴメスは既に出口を向き、歩き出していた。
「相変わらずねぇ……」
「つかみどころのない人ですね」
「まあいつものことだ。……で、じーさんよ」
「な、何だっ」
「おめえさん、なんでこんなめんどくせえやり方を選んだ? 計画にボッコボコ穴が空きまくってんだから、すぐにバレるような話だろうがよ」
「……万年魔力不足のダーマが有翼人の膨大な魔力を求めているのは本当だ。だから」
「手土産に一人かっさらって、ダーマに亡命しようとしたってか」
「……そうだ」
「うわ、クズい」
「うるさい小僧!!」
イーキルはやにわに立ち上がり、ザマンに食ってかかった。
「突出した政治力も、人望も、貴様らのような化け物じみた力もない。儂等のような凡百の人間が手っ取り早くのし上がろうとすれば、そうやって、目の前の邪魔者を排除し、強いモノにすり寄って生きていくしかないのだっ!! それのどこが悪いか!!」
「……貴様の生き方に興味はない」
いきり立つイーキルに、バッシュは暗く静かな声で応える。それは決して穏やかな静けさではなかった。
「ヴェゴー殿」
「……ま、いいんじゃねえか? 任せられたし」
「かたじけない」
「え、どういうことです?」
やりとりを聞いていたかんちゃんが尋ねる。
それに応えたのは、グレイ卿だった。
「あのご老人の処遇を忍者さんに丸投げしたってことですよ〜」
「ってことは……」
「ま、そういうことですね〜。……で、その後のプランもある、ですよね? ヴェゴーさん」
「まあな。受け入れるかは知らんが」
ヴェゴー達が話している横では、イーキルがバッシュと対峙していた。
「……」
「な、なんだその目は! 貴様、雇い主に向かって……っ」
「……忍者は、たとえ主がクズであろうと、裏切ることは許されない」
「そ、そうだ! その通りだ! なんなら契約金をアップしよう! それで儂をここから逃せ!!」
「……いいだろう」
「えっ!?」
その言葉に驚いたのはザマンである。
「元はといえば、そいつのせいでバッシュさんは……!」
「雇われ業のツラいところだな」
応えたヴェゴーは、こちらにチラリと目をやるバッシュに、小さく頷いて見せた。
「……行け。報酬はサービスにしておく」
「あ、ひゃっ」
「……早くしろ。気が変わるぞ」
「ヒ、ヒィィィィィィィ……!」
甲高い悲鳴をあげながら、イーキルは這うように去っていった。
「これで良かったんですか……って、あれ? バッシュさんは」
「……バッシュが頼まれたのは“ここから逃せ”だ」
「その先はどうなろうと……ね?」
「……まさか」
「先回りして切り刻むんでしょうねえ〜。トドメは火遁で跡形もなく、かなぁ〜」
「そもそも、主が先に裏切ってたようなもんだ。契約さえ切れちまえば、後は復讐するのみだな。……それより、試験はどうなるんだこれ」
「ああ、それなんだけどねぇ」
ナンが魔導電話を耳に当てながら言った。
「ゴメぴんから伝言。“カンナ=ドントレスは合格。有翼人マリンは条件付きで合格”ですって」
「条件付き?」
「“マリンはそのまま、コディラ支部に転属、経験を積んでヴェゴーさんがOK出したら正式に合格”だそうよ」
「……野郎、まためんどくせえことを」
ヴェゴーがため息をつく後ろから、かんちゃんが呆然とした表情で、モゴモゴと口を動かす。
「……私、受かったんですか?」
「そりゃそうだろ」
ヴェゴーは満面の笑みを浮かべながら振り向き、かんちゃんの頭をグリグリとなでた。
「何しろ伝説の爆炎女帝の魔法を完全に打ち消したのは、かんちゃんが初めてだからなあ」
「あれは凄かったわね。敵に回したくないわぁ……」
「ていうか、倒れませんでしたね」
「あらザマンくん、残念そうね?」
「い、いえいえ……」
「でもありがとうございます、ザマンさん」
「い、いえいえっ!」
「テンションよ……」
慌てて首を振るザマンに苦笑しつつ、ヴェゴーが大きく伸びをする。
「さて、俺らも帰るか。あー疲れた疲れた」
「はい、今日はナンさんのお店ですね」
と、それまでずっと黙っていたマリンが口を開いた。
「あ、あの、僕は……」
「おう、来い。ゴメスにも言われちまったし、しばらく面倒見てやるよ」
「人手も欲しいですし。出来ることからこき使われてください」
「えぇ……」
ヴェゴー達が去った後。
ボロボロになった試験会場を見て、深いため息をついたのは、清掃員達だった。
――それから、半年の時が経った。
いよいよ次回は最終回!
半年後の彼らはどうなっているのか?
よろしければ最後までお付き合いください!





