044 黒幕の登場
華やかで、重厚で、鮮烈で、穏やかで。
子鹿のように跳ね回ったかと思えば、巨岩のようにたたずむ。
そんな音の奔流は、それまで場を支配していた殺伐と渇いた空気を全て押し流した。
「なんだ、この音は!?」
「オルケスタ……交響楽だと!?」
ナンに魔力の流れをかき乱されていた魔導士たちが騒ぎだす。
もちろんそれを作ったのはかんちゃんだ。
彼女の最大魔法交響楽は、その場の空気をガラリと変えただけではない。
その音が全て集まる場所――ヴェゴーの立つ地には、その効果が覿面に現れていた。
ヴェゴーの全身から、彼の持つ重力属性の魔力が迸っているのである。
その違和感に、いち早く反応したのはバッシュだった。
「……なんだ、これは」
「……んん!?」
一方、ナン達もその異変に気付いていた。
「旦那の魔力が……!」
「戻ってる……!?」
「……いやぁ」
見ていたグレイが不敵に笑う。
「それどころか、相当強化されてますねぇ〜……」
「魔力の流れが旦那に集中してる……?」
「いやー、かんちゃんとんでもないことするなぁ〜」
「ど、どういうことです!?」
「かんちゃんが、全ての魔力属性を使って、わっちの拡散魔法全てにカウンターを入れて相殺したのよ」
「へ!?」
「そこで発生した魔力のうねりを、旦那に向けるおまけ付きでね」
「へ!?」
「ま、言われても分かりませんよねぇ〜。平たく言えば、ギルド長だけ魔力が使えるようになったってことですよぉ〜」
「それをかんちゃんが!? すげぇ……」
「それにしても……」
グレイの口調は変わらないが、その額には汗が滲んでいる。
「こんなこと、冒険者歴数ヶ月の子が出来るもんなんですかね……」
「しかも即席で思いついて、ね。……10年前にいて欲しかったわぁ」
ナンがそう言ってため息をついた時だった。
「ぅおるぁああっ!!」
「ぬうっ!!」
それまで防戦一方だったヴェゴーが、バッシュに向かってその豪腕を振り抜いた。
バッシュの攻撃で付いた切り傷や、火遁で付いた焼け跡が痛々しい。中には深い傷に入り込んだ火の粉が煙を上げているところもある。
一方、ヴェゴーの攻撃をギリギリでかわし、後ろに跳んだバッシュだったが、その顔には焦りが見えていた。
「貴様……」
「腕が軽い。……魔力が戻ってやがる」
「ヴェゴーさん!」
しばし呆然とするヴェゴーに、かんちゃんが叫んだ。
「ナンさんの拡散魔法を、ヴェゴーさんに向けて打ち消しました! これで普通に戦えます!」
「かんちゃん、まじか! 良く分からねえが助かったっ!!」
「貴様ら……何を言っている……」
「俺にもわからねえよ! ……ただ、これだけは言ってやる」
ヴェゴーの目が爛々と輝く。
その顔には、凶悪な笑みが浮かんでいた。
「いくぜ忍者! こっからは俺のターンだ!!」
その瞬間、バッシュの眼には、ヴェゴーが膨れ上がったように視えただろう。
それまで抑圧されていた魔力に加え、かんちゃんによってヴェゴーに誘導された魔力の流れが、彼の全身を覆っている。それはまるで、魔力の鎧に覆われた、魔王のようであった。
腕の一振りで重力の渦が起き、一歩の踏み込みで大地が歪む。彼を覆った魔力は蒼黒く立ちのぼり、頭から巨大な角が生えているようにも見える。
「貴様……魔人か……」
バッシュは慄然としながらも、縦横無尽に跳び回り、鋭い攻撃を仕掛けていく。
だが、数回の攻撃の後、バッシュは知ってしまった。
「傷一つつかぬのか……」
「当たり前だ。届いてないんだからな」
ヴェゴーは悠々とした足取りでバッシュに歩み寄った。そして、互いに足を止めて殴り合える距離にまで来ると、足を止めて言った。
「10年前の件は何の言い訳も出来ねえ。俺たちは遅れ、お前らを助けられなかった。事情はどうあれ、それが事実で真実だ」
「……」
「だが、それは俺とあんたとの話だ。今を生きる若い連中には関係ない。あいつらはあいつらで、これから色々あるだろうがよ、俺たちの事情に付き合わせるのは違うだろ」
「そんなことは……」
「関係ない、だろ? その言い分もわからなくはないんだがな。俺もまぁ、ここで引くわけにはいかねえし、かといって命のやりとりをしてる場合でもねえんだ」
そこまで言うと、ヴェゴーは身に纏った魔力の鎧を解除した。かんちゃんの奏でる交響曲も、いつの間にか止んでいる。
「バッシュつったな。俺とあんたには、共通の敵がいる」
「……誰だそれは」
「10年前、俺たちが遅れる直接的な原因になった人間だよ。……これを聞いたらあんた、多分後には引けなくなるぜ」
「かまわん。教えろ」
「……いいだろう」
この時点で、バッシュは既に戦闘状態にはない。だが、その眼はむしろ、怒りの念に燃え盛っているようにも見えた。
「10年前、俺たちやあんたたちに起こったこと、その全ての原因は……」
「この人ですよね、ヴェゴーさん」
ナンの後ろから不意に声がかかる。
そこには、ひょろっとした長身の青年が、めんどくさそうな顔で立っていた。
だらりと下げた右手には、怯え切った表情のでっぷり太った老人をぶら下げている。
その姿を見たザマンは、驚きの声を上げた。
「っ、あなたは……!」
「だいぶ遅い登場だなぁ。どうせ見てたんだろ?」
その姿を目の端で捉えたヴェゴーが少し呆れたような口調で声をかける。
それは、かつて共に災厄と戦った、同志だった。
「現ギルド協会会長、ゴメス=ウルチ」
お待たせいたしました!
あと残り2話、お付き合いよろしくお願いいたします!





