040 ヴェゴーが本気を出します
バッシュが背中の大剣を抜いて正眼に構える。
それに合わせ、ヴェゴーも背中に手を回し、腰に差したナイフを抜いた。持った左手を前に突き出し、右手を刃に添える。
「その姿。Z級討伐の英雄、ヴェゴー=アクツか」
「俺は英雄じゃねえよ」
ヴェゴーの右手から刃に、黒く光る魔力が伝う。彼の得意とする重力系の魔力だ。対してバッシュの剣は時折火花の様に放電している。
「ただの冒険者だ」
「……ふん」
「かんちゃん! 支援止めてくれ!」
「え?」
「……こいつとはサシでやる」
いつの間にか周りのジータ兵やナン、グレイ、それにザマンは手を止め、二人のなりゆきを見守るように注視していた。
ヴェゴーの周りの魔力が薄くなり、やがて霧散する。それを見たバッシュが重装鎧を解除すると、中からは分厚い筋肉をチェーンメイルで包んだ、歴戦の戦士の身体が現れた。
「重装鎧でも構わねえんだぜ?」
「英雄ヴェゴーと殺し合うのに、こんな重いもの着けて戦えるか」
「……なるほど」
ここにきて初めて、ヴェゴーはバッシュを警戒した。
分厚い鎧の向こうに隠れ、自分は手を汚さないタイプかと思いきや、出てきたのはガチガチの重戦士。ヴェゴーと負けずとも劣らぬ体躯は、汗を蒸発させている。
ゴリゴリの現場叩き上げか、それとも――。
「……お前さん、元は冒険者だな?」
「……何故そう思う」
「どんなクエストを受けたとしても、最後には契約よりも自分の勘を優先する。冒険者ってのはそういうもんだ。その鎧外したのもそういう判断だろう」
「……」
「……まぁいい。俺がやるこたぁ変わらねえ」
様々な色彩の光を放つ、かんちゃんの魔法の盾が消えた代わりに、ヴェゴーの周囲には黒く重たい光を放つ魔力があふれでていた。
彼の持つ重力属性の魔力の光だ。
元々魔力量の少ないヴェゴーにとっては限界に近い量だった。
ヴェゴーの耳に、ナンたちの声が聴こえてくる。
「旦那……」
「ヴェゴーさん、あんなに魔力強かったでしたっけ?」
「……多分、ほぼ限界値に近いはずです。元々ギルド長は、ヴェゴーさんは、攻守を同時にカバー出来るだけの魔力は持っていません」
「どういうことっすか?」
「後先考えてないってことねぇ。旦那がああなる位の相手なんて、ジータにいたかしら……」
「いいですねぇ……。後のことは私たちに任せるですよぉ……。あ、ギルド長ぉ……」
グレイが、虚ろな目で楽しそうに語りかけてくる。
「失敗しても、いいですからねぇ?」
「……しねぇよ」
「もういいか」
バッシュの大剣の放電はもはや、刀身全体を覆い尽くすほどの勢いになっていた。
「待たせたな。……じゃあ、やろうか」
対峙する二人を中心に、空気が変わった。
重力と雷の魔力が迸り、魔力が嵐の様に吹き荒れる。
その瞬間耳鳴りがしたのか、かんちゃんたちやジータ兵も両耳をふさぎ、中にはしゃがみこんでいる者もいる。
一方、二人の中心は台風の目のように穏やかだった。
――おっかねぇな、おい。
ヴェゴーは十年前、国家転覆レベルのZ級魔獣、最悪の災厄を討伐した、その時の感覚に近いものを感じていた。
(一介の部隊長にこんなやべぇやつがいるのかよ)
勝ち負けではなく、命の危険を感じる。
汗が噴き出し、動悸が激しくなる。
全身が震え出し、抑えられない。
――楽しくてしょうがねえ。
バッシュはといえば、こちらも同じような様子だった。
まだ構えただけで、お互い一歩も動いていない。
それなのに、既に息が上がったように、ゆっくりと大きく肩が動いている。
(はは、あの野郎笑ってやがる)
バッシュもまた、楽しくて仕方がないという風に、口角を吊り上げていた。
「ぉぉぉぉ……」
「ぁぁぁぁ……」
どちらともなく、獰猛な生き物の唸りを発し始め。
そして。
「おおおおおおお!!!!」
「あああああああ!!!!」
二頭の獣は、理性という名の鎖を引きちぎった。





