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ギルド長は元・最強の冒険者~ポンコツ冒険者たちにブチギレたので、自分達で依頼をこなすようです~  作者: 藍墨兄@リアクト
第二章 かんちゃん昇級審査編

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039 かんちゃんは成長してます

 音の奔流が戦場を埋め尽くしていく。

 曲は勇壮で、しかしどこか哀愁を漂わせた、歌劇の序曲のようだった。


「全属性開放。こちらの全ての属性を強化しています。さらに身体の能力も上がっているはずです」

「すげ……」


 ヴェゴーは素直に驚いていた。

 かんちゃんはまだ、冒険者になって数ヶ月しか経っていない。

 それなのに、決して多くはない魔力を最大限効率よく使い、こんな大規模な魔法を展開させるとは。

 ナンの指導が良かったのも勿論あるだろう。

 だが、ヴェゴーはかんちゃんの資質、そしてその努力に感動していた。


「かんちゃんから相談は受けていたけど、これほどとは思わなかったわねぇ……」


 思いの外近くから聞こえたナンの声に、ヴェゴーは振り返った。


「姐さん、もう大丈夫なのか? ていうか相談?」

「おかげさまでね。あの大規模展開魔法は、わっちが教えたものじゃないのよ。あの子がね、自分で考えたのよ」

「効果がすげぇな……。姐さんなんか、あんなにヨボヨボだったのに」

「……焼き尽くすわよ」

「すいませんでした」

「向こうには影響ないようですね〜、聞こえてはいるだろうけど」

「あるさ」

「え?」

「あ、ジータ兵が……」


 ザマンがジータの一群を指差した。


「完全にビビってんな」

「威圧効果もあるみたいねぇ」

「確かに、敵にこれやられたらビビリますよね……」

「ヴェゴーさん」


 かんちゃんがヴェゴーに向かって言った。


「効力は曲が終わるまで、残り4分ほどです。一部を魔力の循環路として使っているのでなんとか保たせていますが、4分経つと循環路自体が崩壊します」

「了解、それだけありゃ充分だ」

「指揮官……あいつか。他は私がいただきますよ〜」

「よし。ザマンはかんちゃんの援護だ。指一本触れさせんなよ」

「はいっ!」

「旦那、こっちもオーケーよ」

「……これがラストだ」


 ヴェゴーが身体を低く、大きく前傾させる。

 ジータ兵もなんとか体勢を整え直していた。


「ぃいくぞぉぉぉっ!!」

炎の矢(フレキアフィア)!」

「……鎌鼬」

交響行進曲(シンフォニックマーチ)!!」


 ビートの効いた勇壮なテーマが鳴り響く。それに連れてヴェゴーたちの体力・魔力・気力が跳ね上がる。

 


 ナンの放つ魔法が最前線を業火に染める。

 グレイの凶刃が、敵のど真ん中から螺旋を描く様に陣形を崩す。

 そして、ヴェゴーの一撃が、指揮官までの道を作り上げる。

 ザマンの矢弾が、溢れた兵を残らず沈める。


――今までで一番身体が軽い。

 ヴェゴーは拳をふるいながら、かんちゃんの成長に舌を巻いていた。


――とんでもねえ才能だ。それに、目の前で人が死んでいくのに、動揺する気配もねえ。

 ヴェゴーがいくら無法者(ヤカラ)と呼ばれていても、今回のような事情がなければ人を殺したりはしない。とはいえ冒険者である以上、避けて通れる道でもない。

 その道を、嫌悪しながらも冷静に通れる者こそが、一流の冒険者として認められるのだ。


 ましてやかんちゃんである。殺人はおろか、人を傷つけることも嫌うような性格だが、彼女にはまた別の価値観が生まれていた。

 依頼に“無駄に私情を挟まない”。

 そういう意味では、かんちゃんは既に一人前の冒険者だった。


――――


「おらぁっ!!」


 ヴェゴーの前にいるジータ兵が吹き飛んだ。

 もはや彼の目の前にいるのは、先程から号令を飛ばしている指揮官ただ一人。最新鋭の重装鎧を着込み、その周囲には自動迎撃魔法(イヂース)による浮遊砲台が回っている。


「……っしゃぁ」


 獰猛な笑みを浮かべ躊躇なく走り出すヴェゴーに、浮遊砲台からの魔法弾が降り注ぐ。

 逸れた弾が着弾し、派手に爆発する様子から、普通の人間なら一発当たれば致命傷間違いなし、という程の威力なのが分かる。

 だが、その弾はただの(・・・)一発も(・・・)ヴェゴーに当たってはいなかった。


 かんちゃんが防御魔法(プロテクト)を掛け続けているためであった。その魔法の壁は、防御力もさることながら、湾曲した障壁によって魔法弾を逸らす役目にもなっていた。

 多少のダメージは覚悟していたヴェゴーも、これには驚いた。


――ここまで出来るかよ。


 その威力はもはや、レベル1魔法どころではない。


「いつの間に魔法レベル上げてたんだよ、かんちゃん!」

「上がってません。全属性の防御魔法を重ねがけしてるんです。……理論値としてはレベル8クラスのはずです」

「なるほど……っ!」


 今のかんちゃんは、自分の弱点をよく知っている。その上で出来ることを突き詰めた結果、こういうことになったのだろう。

 彼女が寝る間も惜しんで研究、修行に没頭しているのはヴェゴーも知っていた。悩み、時として流す悔し涙を、見て見ぬ振りをすることもあった。

 それが、こうも見事に結実するとは。


 努力で才能を凌駕して見せた結果、最強の盾が生まれたということになる。

 “努力という才能”を持つ才媛。

 それが楽術士(ムジクキャスター)、かんちゃんであった。


 ヴェゴーが指揮官の前に立つ。迎撃を諦めたのか、指揮官の周りの砲台は消えていた。


「……さて指揮官殿。名前を伺おうか」

「聞いてどうする」

「別に。指揮官殿って呼び方が面倒くせぇだけだ」

「……」

「……ま、いいか」


 そう言って小さくため息をついたヴェゴーは、あおるように目線だけを見下ろし、ニヤッと笑った。


「じゃ、俺が名前を付けてやるよ。……魚フン、なんてどうだ。兵士の後ろでプラプラくっついてるしな」

「ふざけるな。……ジータ軍第三戦術部隊隊長、バッシュ」

「なんだ、ちゃんと名前あるんじゃねえか。……じゃあやろうぜ、魚フン」

「……殺す」

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