035 ヤカラの推理はなぜか鋭い
あらかじめ合流地点をナンと打ち合わせておいたヴェゴーは、約束通りの場所で落ち合った。
審査会場の玄関を出てすぐの物置小屋。その影にナンは隠れるように立っていた。
玄関を出たヴェゴーは懐からモクを取り出し、火を付ける素振りをしながらさりげなく小屋の方へと向かった。
モクとは香木の一種で、先端に火をつけ、反対側からその煙を吸う嗜好品である。通常の火では燃えず、火属性の魔法にしか反応しない。毒性はなく、周囲にも害は及ぼさないが、その香りを嫌う人も少なくないため、外で吸う時は出来るだけ端によるのがマナーとされている。
そのマナーを逆手にとり、ヴェゴーは堂々と小屋の裏まで、見咎められることなく移動したのだった。
「で、どうよジータは」
「依然囲まれてはいるわねぇ。でも何故かしら、動きが全くないのよ」
「俺も気になってることがある」
「何かしら?」
「今日この会場では数回に渡って試験が行われる。かんちゃんのグループの後にもいくつか予定が入ってたはずだ」
「そうね」
「……そいつらは今どこにいるんだ? いつもならまだ試験待ちの連中が玄関回りに集まってる頃合いだが」
ナンははっとした顔をする。
「まさか、最初からこれ全部……!」
「だとしたら、だいぶ根深いぞ。この件を持ってきたのはオルカ、そのオルカに依頼してきたのは協会本部、そこのトップはゴメスだ」
ヴェゴーはモクを一服吸い込み、慎重な口調で続けた。
「ジータの不法入国は恐らくこの審査を狙ったものだ。それはまぁいい。問題は、ターゲットが一人に絞られてて、更にそいつが今日審査を受けるここになっているってのを“誰から聞いたのか”だ」
「スパイ、ってことかしら」
「共謀ってのも有り得る」
「……共謀? 内通者はただの利用者じゃないってことかしら」
「ジータはあの有翼族目当てだろう。あそこはエネルギー問題を抱えて久しいからな。あの羽根の魔力は魅力だろうさ。一方でこっちの問題は……ゴメス、だろうな」
「協会主催の昇級審査でそんな事件が起こったら。……てことかしらね」
「そんなところだ。もう10年経つが、ゴメスの会長就任を認めない連中は未だにいる。そいつらがゴメスの失脚狙いで手引してこの状況にした可能性は……まぁ高いよな」
ヴェゴーがため息まじりの煙を吐く。
そんなヴェゴーを見上げたナンは、その顔を見た瞬間、びくっと肩を竦ませた。
ヴェゴーの眉間が深々と皺で裂かれ、相当の力は入っているのだろう、顎の筋肉が膨れ上がっている。
ヴェゴーは、昨今感じたことのない怒りを覚えていた。
「だん、な……」
「……何もしやがらねえジジイ共がなめた真似しやがって。ゴメスに命助けられたのにまだ気づかねえのか」
「旦那、顔が昔に戻ってるわよ」
「……ぉぅ」
ぱん、と軽く頬を叩くと、ヴェゴーはいつもの調子でプランを練りはじめた。
「この会場の外壁には魔導センサーが設置されてる。壁を乗り越えればすぐバレる。となるとこの正門か裏門、どっちかあるいは同時に侵入するパターンがある」
「じゃあわっちは裏門を固めればいいかしらねぇ」
「そうだな。ただ向こうの数がわからねえ。中が片付いたらロケット侍も出てくるだろうし、それまで持ちこたえてくれ。……くれぐれも広域殲滅魔法なんか使うんじゃねえぜ、姐さん」
「使えば一発なんだけどねぇ。まあわかったわよ、町ごと焼き尽くすわけにもいかないしねぇ」
仕方がない、といった体で、ナンは肩をすくめた。
「じゃ、いくか」
「でも大丈夫かしら。予想どおりなら中は……」
「問題ねえよ。ちょうど来たかんちゃんが壁作って受験生と観衆をザマンが誘導してる。
……あとは俺らが止めて、増員させなきゃクリアだ」
「そういうことね。……なら、いきましょうか」
そう言ってナンは音もなく、すいっと身をひるがえらせた。
ナンの後ろ姿を一瞥し、ヴェゴーは正門の様子を伺った。中にいたテロリスト達と同じポンチョを着た女が守衛に話しかけている。
――何してやがる。
ヴェゴーが見ていると、守衛の様子が少しおかしいことに気づいた。
ゆっくりとだが、守衛の身体が揺れ始めている。
「……ん?」
目に見えて守衛の揺れが大きくなった。それを確認した女は、正門の外に向かって手招きをする。守衛はそのままバタリと倒れた。意識を失っているらしい。
手招きに呼応したのは、総勢10人以上はいるだろうか。装備自体は違えども、その肩装甲に描かれたジータの紋章が目を引いた。やはり同じポンチョを被っている。
「隠す気もなしかよ。……ならまぁ」
つぶやいたヴェゴーは守衛室の影から出て、そのままジータの集団に向かって歩き出した。
「こっちも遠慮するこたぁねえな」
ジータの兵士たちもその様子に慌てることもなく、悠然と待ち構えている。
「随分ゆったり構えてるじゃねえか」
「……何者か」
「俺のセリフだよ。ジータがこんなとこで何してやがる」
「貴様の知ったことではない」
「こちとら仕事でな。この先に入れてやるわけにはいかねえんだ。もう連絡も入ってるだろうが、中の刺客もあらかた片付いたところだろうぜ」
「……魔法隊、構え」
ヴェゴーと話していた男の後ろにいる数人が動く。一斉に掲げた手には、木の枝に似た杖を持っている。
「……」
ヴェゴーもまた構えを取る。顔の高さまで両腕を上げ、右脚を軽く後ろに引いた。
「最終通告だ。どけ」
「やだね」
ヴェゴーが答えた瞬間、魔法隊の杖から炎の矢が飛んだ。ヴェゴーが顔の前にある左手を広げる。
と同時に、ヴェゴーの左肩から腕が丸ごと、青黒い光を放った。
パァン!!
鋭い破裂音と共に、ヴェゴーの目の前で赤い光が霧散し、青黒い軌跡が横一文字に空気を焦がした。
ヴェゴーが左腕の一払いで、合計5発もの炎の矢を消し飛ばしたのである。
「ぬっ……!」
「無詠唱から同時に飛ばすとは手慣れてるなぁ。……だが」
言いながらヴェゴーはゆっくり口角を上げる。
「ヤカラのビンタは効くだろう?」
リアル事情によりちょっとペースが落ちてます。ごめんなさい。
これからも応援よろしくおねがいします°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°





