033 ヤカラ達は審査を見学します
実技審査会場は騒然としていた。
「え、これ人じゃないの……」
「いや、人の動きじゃないぞ」
「……じゃあ、いつもの通りゴーレムとか」
「それだ」
「でもそれにしちゃかなり人間臭いというか……」
受験生はもちろん、審査を見に来たギャラリー達も“的”の生々しい動きに唖然としている。
「はい、じゃあいいですか、みなさん!」
ぱん、と進行役のザマンが手を叩く。ざわついていた受験生達は、波が引くように静かになっていった。
「いや、ぱん、じゃなくて! なんで私が的なんですかあああっ!」
「はい、的は黙る。……しょうがないでしょ、じゃんけん弱いんだから」
「ぐぅぅっ」
的と言われた男はグレイ=ストーク。ザマンと共に、今回の襲撃に備えて警護役を申し付けられている。
のだが。
「今回は的にリアルな挙動が欲しいという要望に応え、本物の人間をご用意しました! とはいえ大丈夫、この人物は冒険者で、クエスト依頼によりここで縛られています。……もちろん、合意です」
「容認してませんけど!?」
「みなさんにはこの的を、先程言ったように攻撃を当てるか、または動きを止めてもらいます。制限時間は1人2分です」
「あれ、スルー!? ねえちょっと、当たったら下手すると死にますよ!?」
「当たらなければどうということはないでしょう」
ヴェゴー達に届く、ザマンとグレイの掛け合いに、場内からは笑い声が聞こえてくる。
それまで肩に力の入っていた受験者達の表情にも少しばかりの笑みが浮かび始めていた。
「……さ、皆さん緊張がほぐれたところで、始めましょうか」
「よよよよし、どんとこいですよよよよ」
その様子を眺めていたヴェゴーは感嘆の声を漏らす。
「ザマン上手いなぁ」
「いー感じに肩の力を抜いたわねぇ」
「人当たりはいいんだよなぁ。色を除けば」
「そうなのよねぇ。色を除けば」
「とはいえ、審査内容だが。……条件厳しくねえかい」
「そうねぇ……あ、また外した」
「相手が悪いよなぁ」
審査が始まり、既に数人。誰一人としてグレイに当てる、止めることに成功したものはいない。手を変え品を変え頑張ってはいるのだが、縄で縛られているグレイの変態的変則的な動きに翻弄され、目で追うことすら出来ないものもいた。
「旦那ならどうする?」
「そうな、あのぶら下がってる縄を伝って動きを制限してぶん殴る、かな。……姐さんは?」
「縄を焼き切って自由落下してるところを仕留めるかしらねぇ」
「仕留める……」
「いずれにしても、あの状態が“動きが制限されてる”って感じてる子には無理、でしょうねぇ」
グレイは縄でぐるぐる巻きにされている。加えて上から吊り下げられている状態である。普通に考えれば動きが制限されているどころか、もはや何をしようもないということになるだろう。
だが、これは冒険者の昇級審査である。普通に考えてどうこうするようなものではなかった。
「縄は2メートルってところか。あれを半径2メートルしか動けないととるか、2メートルも動かれてしまう、ととるかだな」
審査は既に終盤に差し掛かっている。だが、ここまでで成功したものは誰もいなかった。グレイもぱっと見はテンパっているようにも取れるが、その顔はニヤついていた。
と、審査会場から声が上がった。
「こんなに動かれたら無理だよね! 動きを止めるとか言っても、あれじゃ魔法も当たらないし!」
興味をひかれたヴェゴーは審査会場を凝視した。
グレイの前には、背が高く真っ白なローブを着た男の受験者が、左足を前に出して構えている。一見普通の僧侶にも見えたが、彼の背に一対の鳥のような翼が隠すように畳まれていることに、ヴェゴーは気づいた。
「あいつ、有翼族か?」
「あら、ほんと。珍しいわねえ。ロゼ・ハイランドにひきこもってると思ってたけれど……」
「しかも冒険者だ。あんなプライドの高い連中の中にも、物好きってのはいるんだなぁ」
ヴェゴーは感心するような、呆れるような口調で言った。
「しかも審査攻略の糸口は視えてる程度の鋭さはある。さて、どうするよ……?」
「楽しんでるところ悪いけれどね、旦那。……あの子、拉致対象になるんじゃないかしら」
「だろうなぁ。っていうか、あんな雑に隠してたら即バレるだろ。今まで大丈夫だったのが不思議でしょうがねえ」
有翼族は元々少数種族である。
しかも、生息地となる辺境の国、ロゼ・ハイランドからは滅多に出ることはない。
“天使”と呼ばれる程に美しい容姿。
短時間ではあるが、自由に空を飛べる翼。
そして、それを鼻にかける傲慢さ。
能力の高さや容姿には一目置かれながらも、常に多種族を見下す態度を取り続ける彼らは、自分達のプライドを守り続けるために辺境にひきこもった、というのが表向きの理由である。
だが実態は、彼らが絶滅の危機に晒されないため、という理由があった。
彼らの持つ翼は、とんでもない高額で取引される程の超レア素材なのである。
ある時偶然に発見された術式を用い、羽根を一枚分解するだけで、ナンの店なら一ヶ月賄えるほどの魔力を放出するのだ。
それがもし、“人買い”達に知られていたとしたら。
「意外と早く事が動くかもな」
「……ちょっとジータの方見てくるわね」
そう言ってナンは席を立った。
ヴェゴーは頼む、と声をかけ、審査会場に向き直る。
「……お、動くか」
会場では今まさに、あの有翼族が行動を開始するところだった。
いつも応援ありがとうございます!
次回、有翼族の冒険者は審査を通るのか!?
あとかんちゃんどーしたの!?





