028 かんちゃんの奥の手
戦いは熾烈を極めた。
残ったゴーレムを全て集めた死霊王の集団に対し、ヴェゴー達の戦力はたったの4人。
それでもナンの持つ最大範囲魔法炎獄を使えば一掃出来るのだが、先ほどとは違い、このダム周辺は森林地帯だ。うっかり飛び火でもすれば炎はたちまち燃え広がり、最悪バクダマー山の殆どを焼き尽くす大惨事へと繋がってしまう。
結果、ナンは細かい魔法を連発することになった。
そうなると問題は、ナンのスタミナである。
「……炎の矢! ……はぁ、はぁ、キリが、ない、わねぇ」
「すみません、私も自己回復促進魔法の持続で精一杯です……」
「無理するな、ここまで来たら多少時間はかかっても確実に潰していく方が良い。……シーダ嬢も頑張ってるしな」
そういうヴェゴーも後衛二人の盾となり、攻撃に参加することが出来ずにいる。シーダは獣化し、ヴェゴーから渡された補給食を摂りつつ、手当たり次第ゴーレムを破壊して回っているが、息切れした途端再び囲まれる。
攻める側にも関わらず、消耗戦に近い戦いを強いられていた。
一方、死霊王側はといえば、完全に数で攻める姿勢である。
個は弱くとも、圧倒的多数で無理やり前線を押し上げてくる。倒されたゴーレムはそのまま土に解けていくが、しばらくするとまた死霊王付近に復活しているようだった。
これにより、通常なら多数が攻め少数が守る攻城戦とは、全く逆の状況が生まれていた。
地の利も含め、趨勢は圧倒的に死霊王側に傾いていた。
「……にしても、ほんとにキリがねえな。どうなってんだこれ」
「ヴェゴーさん、ナンさん」
「どう、した、の、かん、ちゃん」
「さっきのお二人の合体魔法、また出来ませんか」
「……やっぱりそう考えるよなぁ。……かんちゃん、シーダ嬢と二人で時間稼げる?」
「……なんとかします!」
「ボクも大丈夫! 耐えるだけなら聖なる障壁をかんちゃんに強化してもらえば!」
「……じゃあやるか。撃ったら即俺が突っ込む。その後は頼む」
「私も行きます!」
かんちゃんが間髪入れずに叫ぶ。
「だめだ、ここで二人で障壁を張って、姐さんの回復を待て」
「……大丈夫よ、旦那。シーダちゃんとわっちでなんとか出来るわ。むしろ魔力を使い切った旦那はかんちゃんのサポートが必要でしょ?」
「む……」
「かんちゃん」
ぐうの音も出ないヴェゴーの横で、ナンがかんちゃんを呼ぶ。
「はい」
「アレ、今が使い時よ。……やれる?」
「! はいっ!」
「アレ?」
「説明してる時間はないわ。大丈夫よ、旦那はいつもどおりで」
「……わかった。じゃあかんちゃん、撃ったと同時に突っ込む準備しといて」
「わかりました」
「がんばってね! ボクもなんとか耐えるから、耐えてる間にあのおっきいのぶっとばしちゃえー!」
かんちゃんはシーダの声に深く頷き、ヴェゴーを見た。
「覚悟出来てますよ、ヴェゴーさん」
「……いい目じゃねえか」
ヴェゴーはにやりと口角を上げると、脚を広げて魔力を溜め始めた。
――――
「準備完了っ!」
「射出魔法っ」
先程と同じく、ナンが発射台を作り、ヴェゴーが腰だめにした拳に魔力を集中させる。
死霊王はといえば、現れた場所から動く様子は一切見えなかった。
「余裕かましてんじゃねえぞ、死霊王! いっけぇぇえええっ、熱波滑走砲っ!!」
朱色に輝く魔力の砲弾が疾走する。
それは居並ぶゴーレムを瞬時に溶かし、ぽっかりとトンネルのように道を作りながら、まっすぐ死霊王に向かって飛んでいった。
「いくぞっ!!」
「はいっ!!」
その後をヴェゴー、そしてフル装備のかんちゃんが全力で走りぬける。
「うおおおおおっ!」
「やあああっ!」
数秒程の全力疾走。
そして二人はトンネルを抜けた。
「はぁ、はぁ……。よう、待たせたなぁ、死霊王!」
「マサカ、タドリツクトハナ……」
「そういうのいいですから。ザマンさん、離してくださいよ」
「……」
死霊王が副腕で掴んでいたザマンを地面に下ろした。
「完全に気を失ってますね……」
「薬でも使ったんだろ。かんちゃん、ザマンの方で支援頼めるか」
「もちろんです。ヴェゴーさん、奥の手出しますから。……絶対に勝ってくださいね」
「了解だっ!」
かんちゃんがザマンの元に走り込む。
――そして。
「……五重奏展開」
「なんだって!?」
かんちゃんの鎧から楽器が5つ現れた。実際の楽器よりも小さいが、これまでの笛とは明らかに異なるその楽器達は。
「拡張! 金管合奏形態!!」
トランペット、トロンボーン、ホルンそしてチューバにスネアドラム。
金管楽器をそのまま小さくしたような、【概念楽器】とでもいうべき楽器群が、かんちゃんを取り囲むように浮かんでいた。
「五重奏とはな……」
「火、火、風、土、重力属性発動。……進撃行進曲!!」
かんちゃんが両腕を大きく広げた。
それに反応して、周囲に浮かぶ楽器が勇壮なマーチを奏で始める。
すると、ヴェゴーの身体に変化が起き始めた。
「! これはすげぇな……!」
ヴェゴーの身体が、その魔力が、全ての能力が増幅されているのがわかる。
「えんちゃんと、カ。メズラシイナ……」
「おっと、うちのメンバーに手は出すなよ? ……うっかり本気で消滅させたくなる」
ヴェゴーの眼がぎらついている。
勇壮な曲に、闘争本能が刺激されているのである。
そのヴェゴーは、死霊王の眼の前に立ち、その顔を見上げながら不敵に笑った。
「さて、本番だ。……お前さんのオトモダチにゃ悪いが、手加減してる余裕はねえ。……一気に決めさせて」
「ヴェゴーさん! 上!!」
「もらうぜ……あん? 上?」
「もうひとりの生命反応です! ……くる!?」
「なにっ!」
死霊王のはるか頭上、生い茂る木の中でも一際高い一本の杉の木。
ヴェゴーがそこに目をやった時、その上から何かが迫ってくるのが見えた。逆光だからか、黒い塊にしか見えない。
「――……ぃぃぃぃぃぃ……ぃぃぃいいいい――」
迫るその塊の実体が見えた時。
ヴェゴーは絶句した。
「やあああっ!! やめてとめてやめてぇぇぇっ!!」
「え、何!?」
「ナンダ? イッタイナニガ」
ドオォォォォオオオン!!!!
盛大な音を立て、塊と死霊王がぶつかった。塊はそのまま死霊王を突き抜け、
その真下の地面に激突した。
「……え、なに?」
「お……おま……」
「いてて」
「いててって……」
「グ……」
かんちゃんが眼を丸くしている。
それは、この場にいるはずのないモノだった。
「グレイ卿!?」
通称“スピードジャンキー”。
シーダ同様、もうひとりのまともに結果を出す冒険者であった。
次回、SS級「死霊王討伐」完結!
これからも応援、よろしくお願いします!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°





