026 かんちゃんが覚悟を見せます
ヴェゴー達は山道の少し開けた場所まで移動すると、それぞれ腰を下ろしていた。
各々疲労の色が隠せない。かんちゃん、シーダの若手組もけだるげな表情で、ナンに至っては木の根に座って身を預け、ぐったりしたまま動かない。
「ここは野戦病院か……」
と呟くヴェゴーも、体力はともかく魔力はほぼ枯渇していた。
「さて、どーすっかな……ん?」
思案するヴェゴーの耳に、ちょろちょろと水の流れる音が聞こえてきた。
「どっかに湧き水が出てるな。ちょっと汲んでくるからここで休んでてくれ」
そう言ってヴェゴーは一人、水音のなる方へ歩きはじめた。
彼女たちの疲弊は三者三様ではあるが、共通しているのは魔力量の減少だ。体力はシーダが回復魔法を使えるだけの魔力を回復させられればなんとかなる。
山から湧き出る水、特に軟水には、魔力の回復を大きく速める要素が含まれている。甘露水と呼ばれるそれは文字通り甘く、のどごしも柔らかい。
それなりの量が手に入れば、この先の戦闘がかなり楽になるはずだ。
「汲み置き出来ないのが厄介なんだよなぁ……。お、あった」
ヴェゴーが岩から滲み出ている湧き水を見つけた。それを濾過装置付きの水袋2つに詰めてかんちゃん達の元へと走る。
「汲んできたぞ、姐さんはこれ、全部飲んでいいからな。かんちゃん達はこっちを分けてくれ」
「ありがとうございます」
「ひゃー、ちめたーい!」
「ごめんねぇ旦那」
「気にすんな、むしろ大活躍ご苦労さまだ。うちのギルドのためにすまねえと思ってるよ」
「! もう、旦那はすぐにそういう声で……」
三人は口々に礼を言いつつ、水を飲み干した。水が身体に行き渡れば魔力は回復する。
ヴェゴーはその合間を使って、作戦会議をすることにした。
「……さて、いよいよ死霊王とのご対面なわけだが」
「ザマンくんも助けないとね」
「もうかんちゃんのレーダーにも映ってるんじゃねえか?」
「それなんですが……」
「どうしたのー?」
「ちょっと気になってるんですけど。……さっきから、生命反応が2つあるんです」
「……なんだと?」
「どういうこと?」
ヴェゴーとナンが身を乗り出した。
「まだ協力者がいるのか……?」
「可能性は0ではないだろうけど……」
「でもでもー、あのおじいちゃん見てると、他にお友達いそうな気がしないよー?」
「私もそう思います。……でも、だとしたら一体」
「ま、いけば分かるだろ。……なぁみんな、これだけ約束して欲しいんだが」
「何かしら?」
そこでヴェゴーは三人を一人ひとり見渡し、頭を下げた。
「やばそうなら逃げてくれ。逃げ道は作る。ここまで予想をひっくり返されるとは思ってなくてな」
「ギルド長……」
「ギルド長さん……」
「わかったわ。けど、そこはわっちの判断にさせてもらうわね」
「……どういうことだ?」
「気づいてないかもしれないけれど、旦那は過保護なのよ。特にかんちゃんに関してね。悪いことだとは言わないし、安全第一ってところでは正解でもあるんだけど」
ナンは一旦言葉を区切ってヴェゴーを正面から見つめてくる。
対してヴェゴーは、ほんの少しだけ視線をそらしていた。
「その様子だと自覚はあるみたいね」
「……かんちゃんは俺らと違う。たまたま配属されたギルドがどうしようもないところで、そこのロクデナシのギルド長に巻き込まれた、いわば被害者みたいなもんだ」
「そうね、最初はそうだった。でも、今はどうかしら?」
ナンが、今度はかんちゃんの方を向き、尋ねた。
「かんちゃんはどう? 期せずして冒険者になってしまったわけだけど」
「私、ですか……」
「正直に言うわね。もし今、かんちゃんが冒険者に“させられた”と思うなら、この先は行かないほうがいい。行って敵わなくて、旦那が退路を作るとなると、今度は旦那のリスクが高くなる。結果総崩れっていうこともありえるの。だから、ここで聞かせて欲しいのよ」
「私、は」
かんちゃんがぽそりぽそりと話し始める。
「……私は元々、冒険者になりたかったんです。でも審査に通らなくて。それでも冒険者に関わる仕事がしたいと思って、ギルドに就職したんです。ギルド長が私を大事にしてくれて、危険がないように気を遣ってくれているのは知ってました」
三人がかんちゃんの話に聞き入っている。
それは、ここまでずっと巻き込まれ続けてきたかんちゃんが、初めてもらす本心だった。
「……でも、ひょんなことから冒険者になれて、大変だけど、それでもやっぱり楽しくて。自分の適正ジョブも判って、こんな私でも少しずつ本当の冒険者っぽくなってきてるかな、なんて思ってたんです。……だから」
かんちゃんはナンから視線を外し、ヴェゴーに向き直った。
「だから、連れて行って下さい。足を引っ張るようなことがあれば見捨ててくれて構いません。でも、私は」
ヴェゴーはかんちゃんの本気を、その瞳に見ていた。
「私は、コディラ支部の、ギルド長……ううん、ヴェゴーさんのパーティの、冒険者でいたいです!」
「!」
「かんちゃぁん……」
「……どうするの? 旦那」
かんちゃんに全力の思いをぶつけられ、ヴェゴーは驚いていた。
――こんなに強い気持ちをぶつけてくるのか。
「……分かった。ならこれ以上は言わねえよ。かんちゃん……カンナ=ドントレスはギルドの事務員を非常勤とし、本業を冒険者に変更する」
「ヴェゴーさん……!」
「あら、粋じゃない、旦那」
「ギルド長さんやるぅー!」
「うるせいな。……まぁ諸々は後回しだ。とりあえずパーティを組み直す」
「そうね。この4人で行くなら、まとめた方がいいわね」
懐からパーティ表をごそごそと取り出すヴェゴーを見ながらかんちゃんが尋ねた。
「まとめた方がいいんですか?」
「そう。強化魔法の効果とか、クリア報酬なんかが変わってくるのよ」
「なるほど……」
「旅団組んじゃえば対して変わらないんだけどー、4人でやるならパーティの方が色々都合がいいんだってー」
「……たしかに、手続き上も楽ですね」
かんちゃんがそう言ってうなずく。
さすがの事務員さんだなぁ、とヴェゴーは微笑ましく思った。
「まぁそういうことだな。……それにしても、攫われたザマンはともかく、グレイ卿の野郎……」
「そういえばそんなのもいましたね」
「し、辛辣ねかんちゃん……」
「普段一番迷惑被ってるのはかんちゃんだもんなぁ」
「ほーんと、グレイさんはしょうがないねー」
「……シーダさんも大概ですからね」
メンバーから軽口が出てきた。
これならいけるか、とヴェゴーはほっと胸をなでおろす。
「……よし、じゃあそろそろ行くか。と、その前に」
ヴェゴーがパーティ表の裏にペンを走らせる。
そこにはこう書かれていた。
前衛防壁 ヴェゴー
前衛攻撃 シーダ
後衛攻撃 ナン
後衛支援 カンナ
「役目を頭に叩き込んどけ。必要なら連携も打ち合わせておいてくれ。自分の立ち位置での行動は任せる。必要があれば俺から指示するから、思うように行動してくれ」
「了解」
「はーい!」
「わかりました」
「よし。……じゃ、いくか。死霊王討伐並びにザマン救出クエスト、これが最後のフェイズだ」
次回、いよいよ死霊王と対面!?
これからも応援、よろしくお願いします!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°





