025 ナン姐さんの弱点
かんちゃんが計測したところ、先行するナンとシーダに追いつくのは、湖まであと半分程の地点だという。
その辺りは草木が生い茂り、かろうじて獣道のような山道が延びている、こちらにとっても相手にとっても動きづらい場所である。
全方位から襲われることがない代わりに、自分も前後にしか動けない、そんな窮屈な場所だった。
ヴェゴー達がそれに気付いたのは、鍾乳洞を出立して間もなく、状況を把握するためにかんちゃんが探知魔法を使った時だった。
「ギルド長、ナンさん達が交戦中のようです」
「マジか。この先の山道にそんなポイントあったかな……」
「いえ、普通に山道で襲われたみたいです」
「数はわかる?」
「さっきよりは少ないようですが、具体的にはわかりません」
「生命反応は?」
「ありません」
かんちゃんがヴェゴーの質問にてきぱきと、過不足なく答えていく。このあたり、有能な事務員、かんちゃんの本領発揮といえた。
ヴェゴーは報告を聞き、少しだけ考えた後に口を開いた。
「ここから先、俺たち以外の人間の反応が出たら、それはザマンしかいない。動体反応の方は継続して探知しといてくれ」
「わかりました」
「……この山道で仕掛けてくるってことは、この先湖まで気を抜けない。ゴーレムの総数の桁が1つ増えちまったからな、ちょいと危険度が増してきた」
「SSS級ってこと、ですか?」
「いや」
危険度が増したと聞いて緊張するかんちゃんに、ヴェゴーは明るい口調で言った。
「ようやく、ちゃんとSSになったってところだ。オルカ曰く、死霊王がグールを使ってなかったらSだったんだってよ」
「なるほど。グールゴーレムの脅威で引き上げられたんですね」
「そゆこと。とは言え、ここまでの戦闘でグールゴーレムは姐さんが瞬殺出来るってのが判った。だったら実質、SSのギャラでS級クエやるみたいな感じだったんだが……」
「数が増えちゃいましたもんね」
とはいえ、これが普通のパーティであれば、グールゴーレムはクエストの等級を上げるにふさわしい要素である。
だが、今このクエストに挑戦しているパーティはどう見積もっても普通じゃないメンバーが2人いる。更にソロA級、全属性魔法使いとくれば、死霊がゴーレムであろうと、その中に合成されたグールがいようと、ほんの誤差程度でしかなかった。
「私が言うのもアレですけど……」
「ん?」
「だいぶおかしいパーティですね、性能的に」
「まぁ否定は出来ねえなぁ……と、そろそろだな」
「はい。依然として状況に変化ありません」
「小細工もしようがねえ。ヤバそうなら突っ込むから、かんちゃんは自己回復促進魔法の準備しといてくれ」
「了解しました」
現場が近づくにつれ、ヴェゴーとかんちゃんの足が速くなる。かんちゃん自身の体力では無理だが、鎧の魔導アシストがそれを支えてくれているようだ。
「……つくづく性能高いな、その鎧」
「買っておいて良かったでしょう?」
「まぁな、結果論ではあるけどな……聞こえてきた」
「はい。今の、ナンさんの魔法……にしては小規模ですね」
「シーダ嬢は獣化してないみたいだな。まぁこの場の狭さで変身されても困るんだけど」
「! 見えてきました、これは……!」
「おいおいおい……」
ヴェゴーとかんちゃんの先に、ナン達の姿が見えてきた。
そこで、彼らが見たものは。
「……なにしてんだよ、姐さん」
次々と襲いかかるゴーレム達を前に、杖を頼りにやっとのことで立っているナンと、結界を張り守るシーダの姿だった。
「外的ダメージはなさそうですけど……どうしたんですか?」
「かんちゃあん! 手伝ってぇぇぇ……」
「シーダ嬢がかぼそい……だと……」
「そういうのいいからぁ!」
かんちゃんが、聖属性と土属性をシーダの作った結界に付与する。
シーダはほっとした表情で、しかし結界を張る手は緩めない。
「おーい、姐さん大丈夫かー?」
「ぜぇっ、ぜぇっ……ぉぇ」
「おいおいおい、魔力酔いかよ。シーダ嬢、何があった?」
「んとねぇ、待ち伏せされてて、ナンお姉ちゃんがどーんってやったんだけど、その後ろからまたどんどん増えちゃって……」
「連続使用か……」
「とりあえず今いるので全部みたいだから、ボクが結界張って、最後の一発のために休んでもらってたんだけど……」
ナンの魔力は強大だ。それ故に、魔力を使い続けると体力とのバランスを崩し、乗り物酔いの様な状態になることがある。
今がまさにその状態だった。
「体力落ちすぎだろ……」
「め、面目ないわね……」
「ナンさんをギルド長と一緒にしちゃだめです。実は意外とびっくりするくらい繊細なんですから」
「半分悪口になってる気がするんだが……」
「でもギルド長、私もそろそろ魔力が半分くらいまで減ってます」
「マジか……」
ヴェゴーは考えた。
ナンは満身創痍、かんちゃんも魔力量が半減している。シーダにしてもさっきと今でかなり消耗しているだろう。死霊王の元に辿り着くまで、これ以上の消費は避けたかった。
「俺の魔力はちょこっとだけ戻ってる。多分大技一発くらいはいける。……かんちゃん、シーダ嬢、合図をしたら結界解いてくれ」
「え、でも……」
「大丈夫だ。この先を考えたらこれ以上消耗するわけにもいかねえ。ちと溜めるから、それまで頑張ってくれ」
そう言うとヴェゴーは脚を開き、溜めの姿勢に入った。
魔力を使う格闘技術は強い。自分の体力や気などに加え、魔力の属性も追加される。
大抵の場合は剣術使いが、自分の剣に属性を付与する様な使い方をする。ヴェゴーも通常は爆裂魔法などのように、自分の持つ技に魔力を乗せる。
とはいえ、魔力効率的に使うことが出来るのは、魔道士系だけだ。
格闘系の場合、消費する魔力が大きいほど、効率が悪くなっていく。
これからヴェゴーがしようとしている技も、そういった類のものだった。
ヴェゴーの身体が朱色の魔力を滲ませる。
「ナン姐さん」
「……射出魔法」
ヴェゴーの眼の前に、同じ火属性のレールが敷かれた。それはヴェゴーから結界へと延び、そこで吹き溜まるように留まっている。
「……よし、結界解除!」
「はい!」
「はーい」
シーダとかんちゃんの張った結界が解けた。
いきおい、貼り付くように迫っていたゴーレム達が大挙して押し寄せる。
その数、約20体。
「くらええええっ!! 熱波滑走砲!!」
ヴェゴーが全身で溜めた火属性の魔力を右拳に集め、ナンの作ったレールを思い切り殴りつけた。
魔力が伝播し、レールが一際激しく光りだす。
そのレールを、ヴェゴーの魔力が弾丸のように疾走した。
その勢いは直接攻撃を受けていないゴーレムも巻き込み、最後尾のゴーレムの更に後ろの崖に着弾した。
弾けた岩石がゴーレム達に降り注ぎ、彼らは弾丸でドロドロに溶かされながらうもれていく。
落石を収まった時、ヴェゴー達の前には、ゴーレムの姿は一切見当たらなかった。
「あー……きっちぃ」
「ギルド長!」
「ギルド長さん、大丈夫ー?」
「大じゃねえけど、丈夫だよ。……姐さんありがとな、なけなしの魔力を」
「あれ、くらい、なら、まぁ、なん、とか……」
「ギルド長、少しだけ休みましょう。恐らく今ので相手の戦力は残り2割程度までには落ち込んでるはずです」
かんちゃんが提案する。普段冷静な分、説得力がある。
何より今は、この場の全員が同じことを考えていた。
「……だな。ザマンが心配ではあるが」
「もく、てき、が、より、しろ、なら、まだ、ころ、しは、しな、いで、しょ」
「ごめんなさいナンさん、ちょっと何言ってるかわかんないです」
「姐さんはとりあえず回復に努めてくれ。かんちゃん、レーダー反応は?」
「……湖に残りの戦力が集まってるみたいです。規模ははっきりわかりませんが、そこまでは敵対反応はありません」
「よし。じゃあ少し休もう。……いよいよ死霊王とご対面だ」
次回、いよいよ死霊王と対面!?
ザマンは無事なのか!?
これからも応援、よろしくお願いしますー°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°





