023 カント博士の告白
疲労の癒えたシーダとかんちゃんを加え、ヴェゴー達は広場の中心に集まっていた。
眼の前にはヴーラ=カント博士の乗るドライブゴーレムが佇んでいる。胸の装甲は開いており、中に座るカント博士が見えている。
「さて」
ヴェゴーが口火を切った。
「ザマンはどこだ」
「この広場には反応がない。……死霊王の元にいるということでしょうか? それとも」
鎧の中ではかんちゃんが探知魔法を使っている。
「……すでに、生命反応のない状態になっている、とでも?」
「かんちゃんがこあい……」
「いい迫力出すようになってきたわねぇ」
「さすがにそこまで馬鹿じゃねえだろう。なぁ、カント博士」
「……死んではおらん。まだ、な」
カント博士がぼそりと呟く。
「まだ、ね。……でも、彼はあなた達にとってはイレギュラーだったはずよ? カタコンベの時もいなかったし」
「確かに予定外だ。だが、死霊王にとって、嬉しい誤算でもあった」
「どういうことですか?」
「その口ぶりからすると、麓のトラップに引っかかった時に見初めたってところか」
「趣味の悪いナンパだねー」
「全くだ。……嬉しい誤算てのは?」
そう尋ねるヴェゴーに、カント博士は苦い顔で俯いた。
「いつかはやりかねん、とは思っておった」
「いきなり話が見えねえよ。質問に答えろ」
ヴェゴーは苛立ちを隠さない。が、カント博士は全く気にする風でもなく、話を続けた。
「やつは、……死霊王は今のようになる前から完璧主義だった。自分にも、他人にもだ。研究に際しては一切の妥協を許さず、常に結果を求め、出し続けた。その姿勢は、研究者の鑑とでも言うべきものだった」
「……いきなり絶賛し始めましたよ」
「割とよくいるのよ、ああいうタイプ」
「良く言えばロマンチスト、悪く言えば身勝手なタイプだねー」
「容赦ないなおまえら……」
今このときばかりはほんの少しだけ同情してしまうヴェゴーである。
一方、カント博士はそんな外野を意に介さず、話を続けていた。
「やつの感情を取り戻したい、と儂が言ったのは、そうしないと犠牲者が出る一方だからじゃ」
「犠牲者?」
「うむ。……やつは、次に自分を移す依代を探しているのじゃ」
「!」
「……まさか、ザマンくんが生かされたまま拉致されたのは」
カント博士は、ゆっくりとうなずいた。
「あの小僧を、自分の次の器にするためじゃ」
「……なんでザマンだ? あいつのことはあんたも知らなかったはずだ」
「やつがお主らの仲間だから、ではない。……適合したのだよ。彼の持つ属性が」
ゆっくりと、さらにはっきりとした口調で、カント博士は話を続けている。
「風、土の属性値が高く、身体能力もまた高い。年齢も若く、条件としてはこの上ない。……さらにあの小僧、血液型まで死霊王と一緒だったのが後の検査で判った。魂のデータを移すにはこれ以上ない素材だ」
「素材って……」
「だからかっさらったってのか」
「儂ではない。死霊王がだ」
「んなこたぁどっちだっていいんだよ」
ヴェゴーの肩が震えている。
他の三人もまた、話を聞いて怒りの形相であった。
「そのクソの片棒担いでんだろう。今更言い逃れしようと思うんじゃねえよ」
「儂は事実を告げたまでだ。もうやつは儂の手に負えん。だから感情を取り戻させ、最初の気持ちを思い出させたいと」
「カント博士」
ナンが一歩前に進み出る。
「あなたも、そして死霊王も。……人の道を外れてるわよ」
「……判っておる。儂とて無事でいるつもりはない」
「くだらねえ覚悟決めてんじゃねえよ」
ヴェゴーが食いしばった歯の間から、絞り出すような声で言った。
「これ以上、てめぇと話すことはねえ。――どけ」
「旦那……」
「ギルド長……」
ヴェゴーは言いながらも既に動いていた。無造作に歩き、ドライブゴーレムの横を通り過ぎる。ナンとかんちゃん、シーダもその後に続いた。
ヴェゴーがゴーレムを通り過ぎる時、カント博士が口を開いた。
「冒険者」
「……なんだ」
「やつはこの先の鍾乳洞の向こう、バクダマー湖のダム跡にいる。……頼む、どうか」
「知ったことじゃねえよ」
「虫が良すぎるよねー」
「……初めて意見が合いましたね」
口々に怒りの矛先を向ける中、最後にヴェゴーが呟いた言葉は、カント博士に聞こえたかどうか。
「――ま、聞くだけは聞いといてやるよ」
――――
「……なんか随分と話が違わない?」
「……だな」
「さっきので2割って言ってましたよね……」
「……だな」
ヴェゴー達は広場を後にし、鍾乳洞まで来ていた。この前を通り過ぎてしばらく歩けば湖に出る。
……のだが。
「なんかゾロゾロ出てくるんだけど」
「グールじゃない普通のサイズだけどな」
「なぐさめにもなりませんよ……」
ヴェゴー達が鍾乳洞に差し掛かったその時。
暗く冷たいその穴の中から、ゴーレムが現れた。
軽く一蹴しようと身構えた一行だったが、ゴーレムは次から次へと湯水のようにわいて出てくる。
その数、目算で100体以上。
鍾乳洞の入り口は道より低くなっており、坂を上って回り込まねばならず、ゴーレム達はもたもたと坂を上ったり転んだりしている。
「どうする? 全部焼く?」
「山火事になっちまうよ」
「いーかんじに燃えそうな木、いっぱいだもんねーここ」
「でも、ほっとくわけにも」
「やっぱり人数が少なすぎるんだよなぁ……姐さん」
「なぁに?」
「シーダ嬢と一緒に、先行っててくれねえか。ザマンのこともある、ここで全員足止めってわけにもいかねえ」
ヴェゴーは腰からナイフを抜きながら、ナンに声を掛けた。
「……それ、ここで離脱するみたいなセリフだけど」
「馬鹿言っちゃいけない。この感じからすると、湖までもそれなりのゴーレム祭りがありそうだからさ。ちょっと道作っといてよ」
「わっちがここに残ってもいいわよ?」
「それじゃ追いつけねえだろ。体力ないんだから」
「ぐふぅっ! ……わかったわよ」
「シーダ嬢と組ませるのもそれが理由だ。……おばちゃんのケア頼むわ、シーダ嬢」
おばちゃんと言われたのが癇に障ったらしく、ナンがヴェゴーを射殺す勢いで睨みつけてきたが、やがて小さくため息をついて微笑んだ。
「早くしてよね? おばちゃんだから息切れしちゃうわよ」
「わかってる。てことでかんちゃん、頼むわ」
「はい! ……て、私何するんですか?」
「俺のサポート。魔力がね、もうほぼないんだよ、俺」
「息切れしてるのギルド長さんの方じゃーん」
「面目ねえ。ま、とりあえずそういうことで」
「はいはい」
ナンとシーダを先に行かせ、ヴェゴーはゴーレムに向き直る。
「かんちゃんはとりあえず俺のナイフに火属性を」
「はい。……三重奏、火属性付与と自己回復促進魔法、二曲続けて」
「いいね。……よし、じゃあちゃちゃっとやるかぁっ!」
次回、ヴェゴーとかんちゃん、コンビで無双!
これからも応援よろしくお願いします!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°





