019 シーダの本気、かんちゃんの思い
遊び人に連絡を入れた後、ヴェゴーは遊び人に直行した。移動しながらオルカにも連絡を入れ、魔導車を遊び人に持ってくるように頼むと、セーターにデニム、その上にモッズコートを引っ掛けたオルカが、自らの手で車を運んできた。
「僕が運転しますよ。準備もあるでしょう」
「すまん」
「構いません。……その代り、ザマンをお願いします」
そんなやりとりの後、ヴェゴー達はバクダマー山に向かって出発した。
その道すがらである。
「旦那、ヤバいってどういうことなの?」
ナンは車に乗るなり、ヴェゴーに聞いた。車には既にかんちゃんとシーダも乗り込んでいる。
「……今朝、これが送られてきた。メッセージはない」
ヴェゴーは今朝、ザマンから送られてきた画像を見せた。
そこには奥に緩やかなバクダマー山の稜線が見える。一番手前、下の方には魔導バイクのハンドルと、その向こう側には茶色い地面が見えていた。
「地面をよく見てみろ」
「地面、ですか。ただの土ですけど……!」
「気づいたか?」
「土からいっぱい手が出てるねー」
「仕組まれてたってことですか?」
かんちゃんの問に、ヴェゴーはゆっくり頷いた。
「バクダマーの入山口はここだけだ。一般人も使うこの道沿いに、ここまで分かりやすいトラップを仕掛けるってことは……問題は恐らく、この後だな」
「どういうことですか?」
「トラップにぃ、死霊が使われてるっていうことはぁ……」
「こいつらを通して死霊王に情報が渡ってる……違う!」
ナンはヴェゴーに向かって言った。
「あらかじめわっち達が来ることを知ってたってこと!?」
「可能性は高いだろうな」
「でも、どうやって……あ」
「ヴーラ=カント博士。……でしょうねぇ」
「止めてくれっていう言葉は、嘘だったんですか……」
「……いや。多分あれも嘘じゃない。全力の死霊王を止めてみせろ。そういうことなんだろうよ。プライドっていやあ聞こえはいいが」
「めんどくさい男……」
ナンは深いため息をついた。
「そのヴーラなんとかっていう人はボク知らないしそういうのどーでもいーけどー。着いたらどうすればいいのー?」
「そうだな。ひとまず、この画像の場所まで車で行く。そこからは足取りを追うしかないんだが……」
ヴェゴーはちらり、とかんちゃんを見た。
「状況に応じて2チームに分ける。……かんちゃん、例の鎧持ってきてる?」
「はい」
「よし、じゃあかんちゃんと姐さん、俺とシーダ嬢で分かれる。かんちゃん達は常に2人で、俺達は状況次第でソロで動く」
「わっち達は後ろから行く感じでいいのかしら?」
「そうだな。かんちゃんを前衛にして進んでくれ。その鎧、迎撃魔法もかかってんだ」
「すごいもの持ってるわねかんちゃん……」
そこまで決めると、ヴェゴーは運転するオルカの方に身を乗り出した。
「オルカ、すまねぇがそういう流れだ」
「了解です、到着地にトラップがあったら潰します」
「すまん。……よし、そろそろだ。準備してくれ」
――――
結局、トラップは見当たらなかった。オルカと別れた一行は、バクダマー山を登り始めた。
バクダマー山は、比較的緩やかな山である。加えて採れる岩石の質がよく、貴金属なども採れたため、一時期は採石場の人夫目当ての歓楽街があったほどであった。
その採石場が枯れた今では、掘り残しの貴金属目当てでモグリの採掘者が訪れたり、夜遊びをする若者が“イケナイ遊び”をしにくる程度である。
「ザマンくんを捕まえたから、トラップの必要がなくなったってことかしら」
「だとしたら相当な自信家だな。……あとは、トラップ位置を変えたか」
「同じ場所にあっても意味がない、ということですか?」
「まぁ、そういうことだ。だとしたら、こっちに情報があるってのを向こうも知ってるってことになる。……どっちにしてもめんどくせえことになるな」
その時、ヴェゴーの斜め後ろに強烈な殺気を感じた。
「……ねえ」
それは、シーダから漏れ出ている殺気だった。
「この先にいるよ」
「何も見えませんけど……」
「獣人の目と耳は人間より数十倍鋭いんだよ」
「……壊していいよね。屑の穢れた手に弄ばれた、神が休ませし朽ちた肉体を」
「し、シーダちゃん?」
「そのまま行くのはちと危ねえな」
「ならここで用意してくね。……神聖魔法回路発動」
シーダが呟くと、その頭の上に魔法陣が現れた。白く輝くその魔法陣は、ゆっくりと回転し始める。
シーダが両肩を自分の腕で抱きかかえる。シーダはそのまま低い声で呪文を詠唱しはじめた。
「――我が内に秘めたる神聖なる獣、今こそその力を解き放ち、来るべき困難を打ち砕く牙となれ!」
自分を抱えていた腕を大きく広げ、……を仰ぐ。魔法陣の回転が上がり、文様が光に解けたその瞬間。
「変・身っ!!」
シーダの咆哮に誘われたように、頭上の魔法陣が引き寄せられる。それはそのままシーダを包み、全身を真っ白な光で覆い尽くした。
――ごるるぁぁ。
光の中から獣の声が低く響いた、次の瞬間であった。
「きゃあっ!」
かんちゃんが叫ぶと同時に、光の中から美しくも凶暴な、銀色の獣――シーダが姿を現した。
それと同時に、シーダは遥か先のグールに向かって疾走していた。
「ま、魔獣!?」
「いや」
三人はシーダの後を追った。
「神獣だよ。九尾狐ってんだ。獣化の魔法は術者の本性が現れる。九尾狐ってのは、神獣にも魔獣にもなる、九本の尾を持つ狐のことだ」
「きゅうびこ……」
「俺も最初見たときは驚いたけどな。……シーダ嬢はああなると、性格ががらっと変わる」
「男も女も虜にする……なるほどねぇ」
ナンが感心したように呟いた。
「ああなったシーダ嬢はほぼ無敵だ。恐らくこの先にいるグールどもは壊滅だろうな。……その後が問題なんだけど」
「問題、ですか?」
シーダの姿が見えた。その周りには恐らく十体近いであろう、グール・ゴーレムが取り囲んでいる。
美しい獣となったシーダは、そのしなやかな全身のバネをフルに使い、縦横無尽に暴れまわった。
爪の一撃はゴーレムの肉体を軽く引き裂き、その牙の一噛みはその四肢を簡単に食い千切る。
そしてシーダは今、最後の一体となったグールと対峙していた。
「もうこんなに……」
「張り切ったなぁ……」
「ギルド長、問題って……」
「ああ。あの状態を維持するエネルギーがな」
「ふにゃあ……」
ふいにシーダがへたりこんだ。それを見たグールがシーダに襲いかかるが、一足早くヴェゴーのパンチが顔面に炸裂する。
「ごぎょ」
重力属性を帯びた文字通りの重い一撃で、グールの頭は丸ごと吹き飛んでいた。
その足元で、シーダがぐったりと横たわっている。
「シーダさん、大丈夫ですか!?」
「きゅう……」
「どこか怪我でも……」
「いや。……ま、早い話が、燃費がすげぇ悪いんだよ」
「おなかすいたぁ……」
「……てことだ。……ほれ、おつかれさん」
そう言いながらヴェゴーは懐から、ビスケット状の保存食を出し、シーダに持たせた。
「すまねえが、今はこれで我慢してくれ」
「ありがと……ごもんももごおごもお」
「食ってからしゃべれって、こっちにカス飛ばすんじゃねえよ」
「超短期決戦なのね……」
「まぁな。ペース考えれば今の三倍は保つんだが、こいつほら、シーダだから」
「……でも、すごい力ですね」
「瞬間的には、単純な腕力は俺以上だからなぁ」
「ピーキーねぇ」
「……しかし、それにしても気になるな」
ヴェゴーは頭をひねった。同じことを考えているのだろう、ナンもまた思案気な顔つきで顎に手を当てている。
「自律行動するゴーレム、という感じではないみたいね。身体はともかく、さっきの動きは普通のゴーレムと変わらなかったわ」
「だよな。俺もそこが気になってんだが……」
そこまで話したあたりで、シーダが手を合わせて立ち上がった。
「ふぅ、ごちそうさま。……さ、いこっ?」
「……ま、今考えてもしょうがねえか。ザマンも待ってるし、行こうぜ。この感じだと二手に分かれずに行けそうだ」
「はい。……それにしてもすごいな、シーダさん」
「かんちゃん」
先へと急ぐ一行だったが、歩きながらかんちゃんの口からぽろりと言葉が漏れた。
ナンはかんちゃんの頭に優しく手を置いた。
「ナンさん……」
「この先、かんちゃんの力が役に立つ時がきっとくる。……その時は、頼むわね」
「はい……でも、今の自分の力なんかじゃ」
「なんか、なんて言わないの。あなたの力は、他に真似できる者のないすごい力なんだから。ね」
「自信を持て、なんて言わねえよ。でも、この案件にはかんちゃんの力が必要になる。そう思ったから今日も付いてきてもらったんだ。まだ冒険者に成り立てなんだ、失敗したってだれも責めねえ。だから、その時が来たら、全力で俺たちを助けてくれ」
「……はいっ」
まだちょっと左目にもやがかかってますが、なんとか更新出来ました!
次回はベテラン勢が大活躍!?
これからも応援、よろしくお願いします!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°





