018 シーダはあざとい男の娘!?
「……性別不明っていいました?」
「言ったよ」
「いやいやいや」
表に“準備中”のプレートを出したPUB“遊び人”のボックス席に移ったヴェゴー達は、突然現れた“残り二人”のうちの1人をまぜ、作戦会議の最中であった。
「あの子どう見ても女の子でしょう!? 大体ヴェゴーさんも“嬢”って付けてるじゃないですか!」
「と、思うだろ。……シーダ嬢。ここの色センスゼロがお前さんの性別を知りたいんだとよ」
「んー?」
シーダはアイスティーをストローでちゅーちゅー吸いながら、くりっとした目をヴェゴーたちに向けた。
肩に届かない程度のショートカットからのぞく大きな三角の耳がぴくぴくと動いている。
小柄で色白・銀髪・狐の様な耳にふさふさの尻尾。それらを白と濃紺の僧侶服で包んだシーダ=フォックスは、どう見ても可憐な獣人少女、のようであった。
「んーふふー。なーいしょっ」
「いやいやいや! あなた絶対女の子でしょう!!」
「ぜったい……? あー、ここ見てるんだー、えっちぃなーもー」
そう言いながらシーダは自分の胸を掴んでみせた。大きく形良く盛り上がったそれは、否応なく女性を意識させる。
「あら、女の子がそんな、鷲掴みにしちゃだめよ?」
「だいじょーぶだよー、よっこいしょっと……」
「……は?」
シーダを初めて見るナンとザマンは、おもむろに自分の胸元に手を突っ込んだシーダに口をあんぐり開けた。
「んしょ、んしょ。……ほら」
「えええええ!?」
ナンとザマンが目を見張る。
シーダが胸から取り出したのは、ぷるぷるとした固めのスライムのような物体だった。
いわゆる“偽乳”である。その証拠に、シーダの右胸はぺたんとしぼんでしまっていた。
「はぁ……シーダさん、分かりましたからもう戻して下さい」
「はぁい。……んしょ、と」
シーダの胸が元に戻る。
「はい、でーきたっ」
「…………」
「…………」
「……はぁ」
あまりの出来事に口を開きっぱなしのナンとザマン、そしてこめかみをおさえるかんちゃんであった。
「……ええと」
それでもなんとか気を取り直したナンが、シーダに問いかける。
「つまり、あなたは“男の娘”ってやつなのかしら?」
「んー、ちょーっとちがうかなー。ボクはねぇ、かわいーのが好きなの。だからかわいーくしたいの。それだけだよー?」
「うん、ええと、そのあなたの嗜好はいいんだけどね? 結局あなたは男性? それとも女性?」
「ボクはボクだよー。ふふーん」
「そ、そう……まぁ、じゃあそれでいいけど」
ナンのこめかみがピクピクと震えている。相当苛ついているらしい。
「……あの、ヴェゴーさん」
「おう」
「男女問わず虜に……って書いてありましたよね?」
「おう」
「その割にはだいぶ殺伐とした空気作り上げてますけど……」
「おう」
「いや、おうじゃなくて」
「かんちゃんがいるからな、ここには」
「……え?」
ザマンは思わずかんちゃんを見た。その視線に気付いた様子のかんちゃんは、小さなため息を一つ漏らした。
「なぜか嫌われてるみたいなんですよ、私」
「嫌われてるっていうか、苦手にしてるんだよ。な、シーダ嬢」
「さっきからうーるさいのー。別に苦手じゃないもんねー」
「そうなんですか? 私がいると態度が違うって、いろんな人から聞いてますけど」
「そんなことないもーん」
「もーんて……」
「なんでもないんだもーん」
自分でぷぅ、などと言いながら頬をふくらませるシーダである。
やり取りを見ていたナンが、未だ困惑の表情を隠さずヴェゴーに言った。
「旦那、この子なんていうか、その」
「あざとい」
「そう! あざといのよねぇ」
「戦闘になると人が変わるんだよ、こいつ。そのギャップが虜にしてるんだ。特に女性をな。で、普段は野郎どもがふわふわするわけだ」
「へぇ……」
「で、ギルド長さん。ボクになんかご用?」
「あ、ああ。ちょっと頼みたいことがあるんだが……その前に」
「うん?」
「前回のクエスト頼んでから随分経ってるが、今の今まで一体なにやってたんだ? すんなり終わったって、依頼主のゴ・クリツの村長から連絡きてるんだけど」
「ゴ・クリツ村にいたのね。また随分な田舎に……」
するとシーダはちょっと気まずそうな表情で、上目遣いにヴェゴーを見つめてきた。
「……ゴ・クリツのおっちゃん達がいっぱい奢ってくれたんだもん。あとおばちゃん達が泊めてくれたよ。代わりに尻尾もふもふしてたけど」
「またかよ……。それならそれで連絡くらい入れろ」
「だってん」
「だってんじゃなくてよ」
「あざとい……」
「そもそもシーダちゃんはどんなクエストやってたの?」
そう尋ねるナンに、シーダはにこっと笑いかけた。その顔は確かに可愛いんだけどなぁ、とヴェゴーは内心思ってはいるが、同時に本性も知っているので、出るのはため息ばかりである。
「なーいしょっ」
「内緒じゃねえよ。悪魔祓いだよ。シーダ嬢は洗礼を受けてて、かつ聖属性が強い。悪魔、死霊関係の案件はほとんど任せてる感じだ」
「てことは、今回の案件にうってつけじゃないですか!」
「だから頼もうとしてたんだよ。……シーダ嬢、SS級の討伐なんだけどな、手伝ってくれねえか」
「え、えすえすぅ!?」
むりむりむりむり、とものすごい勢いで頭をぶんぶん振るシーダに、かんちゃんが言った。
「大丈夫ですよ、そこのお二人はあのベヒーモスも討伐した人達ですから」
「え、すごーい!! ギルド長さんそんなに強いんだぁ!! あと、えっと、ナン、さん? も!!」
「どうも、アトエットナンさんです」
「え、でもじゃあ、ボクに依頼なんてすることないんじゃない? Z級討伐出来るならさー」
「その時のメンツが揃うならな。……厄介なのは死霊王よりむしろ周りの死霊の数だ。単純に手が足りねえんだよ」
「あー、まぁそういうことならいいけどぉ……」
「よし、じゃあパーティリストに名前書いてくれ」
「はぁい。……あ、2パーティでやるんだねー」
「3人ずつだけどな。というか、実際にはソロ、もしくはツーマンセルで動くことになるだろうが」
「同時にいっぱい出るならしょうがないねー」
軽いやりとりをしつつ、シーダは記入したパーティシートに付いているクエスト計画書を眺めた。
シーダの目が、あるところで止まる。
「……ねぇ」
「急に雰囲気が変わった!?」
「ちょっとそこの色キチ黙って。……ねぇ、これなに」
「計画書だが」
「わかって言ってんでしょ、ギルド長さん。グールのゴーレムってなにって訊いてるの」
「……死霊王が生前研究してた、有機物質を利用した自律行動するゴーレム、だそうだ」
「死霊じゃないよね」
「死霊だよ。器が違うだけだ」
「……ふぅん」
やがてシーダは計画書をぽい、とテーブルに放った。
「ま、いっかー。ねーねーギルド長さん、あと一人はだーれ?」
「ん、ああ。……グレイ卿だ」
「スピードジャンキーさんかー」
「とりあえずあいつが戻ってきたら始めようと思ってるんだが」
「待ってたらいつまで経っても出来ないんじゃないですか?」
「あ、ボクもかんちゃんにさんせーい」
「あの鉄砲玉が……」
「ね、旦那」
ナンがお茶のおかわりを注ぎながら尋ねる。その様子を見る限り、これが最強クラスの魔道士だったとは思えないくらい堂に入った所作である。
「今まで聞いてこなかったけど、死霊王の拠点はどこにあるのかしら? 時間がかかる場所なら、わっちお店お休みにしないと……」
「そうだな、大体の場所は分かってる。ここから西へ50キロほどの山の中だ」
「西に50……っていうと、バクダマー山ですか」
「正解だ。そこの中腹あたりの採石場跡地。どうもあそこでの目撃例が多いって話でな」
「なんでそんなところで目撃例が? あの採石場は何十年も前に閉鎖されてますよね?」
「そういうところはな、かんちゃん」
「わるぅい大人が寄ってきやすいのよ。ひと目につかないから、ね。目撃者は大方、この街にたどり着けない位のお子さま達かしらね。火遊び好きの」
そう言いながらナンは苦笑する。ヴェゴーも自然、困った笑いを浮かべた。
火遊び好きのお子さま、という言葉に、どちらも覚えがあったからである。
「転送ポータルも全員は無理だし、魔導車を使って行っても討伐含めて丸一日かかるわね」
「だな」
転送ポータルとは、魔力を利用した交通機関だ。あちらこちらの街にあらかじめ魔法陣が用意してあり、一定以上の魔力を注ぎ込むと起動し、瞬時に対象者を転送させることが出来る。
大変便利な手段ではあるがまだ実用化されたばかりで、本人に魔力がBクラス、つまり魔道士並の魔力がないと使えない。ヴェゴーやザマン、かんちゃんなどは置いてけぼりになってしまう。全員が移動するには魔導車を使うしかなかった。
ヴェゴーはザマンに向かって言った。
「本体動かす前に斥候が必要だ。頼めるか」
「お任せくださいっ!! 居場所があるならなんだってやりますよー!!」
「頼もしいけどなんか不憫ね」
「不憫ですね、ちょっと頼もしい気もしますけど」
「ふびーんだねー」
「なんですかみんなしてぇ!」
「早速だが、明日の朝から頼む。戻ったらギルドの魔導画像転送機を渡すから、撮影してデータ飛ばしてくれ。足はあるよな?」
「魔導バイクあります。ふもとまでなら朝のうちに着きますよ」
ヴェゴーが頼んだ、と言ったところで会議は終わった。ナンとかんちゃんは夜の営業準備を始め、ヴェゴーとザマン、それにシーダはギルドへの帰り道を歩いていた。
「そーいえばギルド長さん、魔導車はどーするの?」
「オルカんとこの社用車を借りる」
「あーあのでかいやつ」
「山の中まではいけないけどな」
「コディラにはないんですか?」
「あった。以前、ある冒険者がクエストで必要だって勝手に持ち出してそれっきりだけどな」
「なんでそんなカオスなんすか、コディラは……」
シーダが帰還し、ようやく死霊王討伐クエストが開始されることになった。その日はギルドに戻ったところで解散し、シーダは寮へ、ザマンは自宅へ戻り、ヴェゴーはギルド上の自室で一夜を過ごしたのだった。
翌日。
朝からバクダマー山に向かったザマンから送られた画像を見たヴェゴーは、遊び人に連絡を入れた。
「ザマンがやばい。すぐに出るぞ」
次回、急展開!
ザマン、まさかの即退場!?
これからも応援、よろしくお願いします!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°





