015 ザマンの真のジョブ(候補)が判明します
「ぶるるるるる……」
「あの! ちょっと!! 誰かー!!」
「いや、普通にみんないるからね。テストだって言ったでしょうが」
PUB“遊び人”地下。
そこには伝説の魔獣「魔猪ゴゥディ」の眷属、ぶーちゃんがいる。
ザマンはここで、第一試験を受けることになっていた。
恐らく魔法で空間を拡げているのだろう、地下室の面積は店より大分広い。
その地下室でぶーちゃんは部屋の隅にあるケージに、ヴェゴー達は反対側の壁際に立っている。
「だって! あれ!」
「S級のご禁制魔獣だけどウリ坊だから問題ない。そもそもその矢で射たところで、傷なんて付いたりはしねえよ」
「そっちの心配じゃないんですよ!?」
「さて、じゃあテストの内容な」
「聞いてくださいよ!!」
叫ぶザマンに全く取り合わず、ヴェゴーは淡々と説明を進めていく。
「条件はタイマンな。で、ザマンは好きな武器を使って戦う。自分の武器は……あぁ、バラして持ち歩いてるのな。よしよし。……で、クリア条件は3つ。1つ目は、まずぶーちゃんの突進を止めること。2つ目は、ぶーちゃんに付けた的、全8部位のうち、5部位に当てること。で、3つ目は……」
「ちょちょちょ! ちょっと待ってくださいってば!」
「……なんだよ」
「あら、異議申し立て?」
「いやだって! あれ、S級魔獣じゃないですか! 俺まだA級ですよ!? ぼっちだし!」
「だから聞けっての。倒せなんて言ってねえだろ」
「……え?」
ヴェゴーは一旦言葉を区切る。
「3つ目は、ぶーちゃんを指定する場所……そうだな、今俺たちがいる場所まで誘い込むことだ」
「誘い、込む?」
「そうよ。あなたに手伝ってもらうのはあくまでもパーティとしてなんだから。倒すまで全部一人でやる必要はないの」
「あ……」
「理解したか? てことで頼むわ」
ヴェゴーがそう言うと、それまで静かだったかんちゃんに向き直る。
「かんちゃん、催眠魔法の準備しといてくれ。で、ザマンが誘い込んできたら眠らせて」
「え、私ですか?」
「うん。かんちゃんの進み具合も知りたいからさ。……あと、かんちゃんとの連携の方があいつ、燃えるだろ」
「なるほどねぇ……」
「あんまり自信ないんですが……」
「保険として俺たちもすぐ出られるようにはしておくよ」
「だから安心して失敗なさい?」
「え、何この鬼の巣窟」
「もう慣れましたよ……」
若手二人が肩を落とす。それに対してベテラン勢は楽しくて仕方がないといった風情だ。
「でも」
ザマンがぽそりと言う。
「そっか、連携……かんちゃんと連携……」
自分の言葉を飲み込み直したのか、ザマンの顔がニヨニヨとだらしなくなっていく。
「……デュフ」
「うわ」
「だめよザマンくん。しちゃいけない顔になってるわ」
「おぅふ」
「よーしじゃあ行くかぁ。5数えたら放すからなー」
「! ……はいっ」
お、とヴェゴーは軽く驚いていた。
切り替えが早い。
(それだけ場数も踏んでるってことだ。……俺の読みが当たってりゃ、こいつは大化けするぞ)
「5、4、3、2、1……いけっ!」
ヴェゴーの合図でぶーちゃんの入っているケージの扉が開かれた。
その瞬間、ぶーちゃんはザマンに向かって一直線である。ぶーちゃんに敵対心は感じられない。
遊び相手が来たと思って、ノリノリでじゃれているのだった。
「ぶおおおおおおっ!」
「くっ……止まれっ!!」
パシュ、パシュッとザマンのクロスボウから矢が二発、ほとんど同時に放たれた。矢はぶーちゃんの視界に入りながら足元に落ちる。視界に入ったことでぶーちゃんは驚き、足を鈍らせた。
「ダブルショット! ザマンくん、いい腕してるじゃない!」
「狙いも的確だ。見ろ、今のでぶーちゃんの脚が鈍った」
「すごい……」
そこからもザマンの手は止まらない。動きの鈍ったぶーちゃんを更に連射で追い立てる。右に動かす時は左目の視界に、左の時はまた逆に。
殺傷能力のない鏃を外した矢ではあるが、ザマンは巧みにぶーちゃんを誘導していた。
「動きも機敏ねぇ」
「ライトクロスボウだから、でしょうか」
「逆だな」
「逆、ですか?」
「ああ。機動力を上げるためにライトクロスボウを使ってるんだろ。アーチャーがソロで戦闘クエをこなすには、防御力を上げるか回避力を上げるかが必須になる。あいつの体格で防御を上げるなら、それこそ重装鎧でも使わないといけねえ。だがそれだと動きが制限されて、矢をつがえることが上手く出来ねえんだ」
「だから回避を上げるためにライトクロスボウ? でも攻撃力が下がらない?」
「一撃のパワーは落ちる。だが、それは技術と道具でカバー出来る。的確に弱点属性なり弱点部位なりに当てていけるなら、並みのアーチャーには引けを取らねえよ」
「なるほど……」
ザマンは少しずつ、だが確実にぶーちゃんの行動を制限しはじめていた。
ぶーちゃんは魔猪、つまりイノシシの魔獣である。
“猪突猛進”を地で行く性質なので、動き出してしまえば動く方向は分かる。
ザマンの戦略は、その性質を利用し、動き出しの癖を読み切り、自分の思う場所にぶーちゃんが移動するように追い立てることのようだった。
一定のリズムでぶーちゃんを追い込んだザマンは、そのリズムをふいに崩した。
「! よしっ!」
「ぶるるるう……」
リズムよりも早い一撃で矢を二本放つ。先程のような連撃ではなく、同時に放ったのである。
矢は寸分の狂いもなく、ぶーちゃんにつけられた的に二本とも当たっていた。
「お見事」
「あの子、ひょっとしてすごいことやってるんじゃない?」
「曲打ちですよね、あれ」
「だな。二本の矢をつがえて、同時に撃ち出す。しかも両方共完璧にコントロールしてる。もちろんその前にぶーちゃんの動きを制限してるからこそ出来る技だが……」
「だが?」
「……俺は、あれを実戦でやれる奴を見たのは、これで2回目だ」
「最初は、あの子ね」
「……ああ」
ヴェゴーの顔が一瞬暗くなる。が、そんな会話をしてる内に、ザマンは更に1発、的に当てていた。
「あと2発でノルマ達成ですね」
「ここで合格にしてもいいくらいの成績ね。想定の半分以下の時間しか経ってないわ」
「あぁ。……だが、あいつはやる気だ。最後まで見届ける」
「ですね。……あの、ギルド長」
「ん?」
「ザマンさんのあの格好、やっぱり理由があるんじゃないかと思うんですけど」
「……ほう?」
かんちゃんはザマンの動きを見つつ、そんなことを言い始めた。
「特にあのパンツです。あのストライプが、時々ブレてみえるんです。……気のせいかもしれませんが」
「気のせいじゃないわよ。よくわかったわねぇ、かんちゃん」
「あれは恐らく、撹乱を狙ってるんだろうな。敵の知性が高いほどひっかかるトラップみたいなもんだ。あれで敵は、ザマンの動きを予測しづらくなる」
「なるほど……」
「こいつはいよいよ当たりかなぁ……お、4つ目」
ザマンは4つ目の的に矢を当てると、ヴェゴー達の前に立ちはだかる。その向こう側にはぶーちゃんが、今にも突進してきそうな体勢で脚をためていた。
「次で追い込みます。魔法の用意お願いします」
「了解です」
かんちゃんは既に展開していた3つの楽器に魔力を吹き込み始めた。
「三重奏。“子守唄”」
風と精神の属性が三重奏を奏で始める。睡眠魔法は精神属性だが、風で有効範囲を指定し、パーティメンバーには届かないようにしているのである。
(こんな使い方もできるのか)
ヴェゴーは内心舌を巻いていた。
「――きます!」
「ぶるるるるるおおああああ!!」
ぶーちゃんの姿勢が低くなり、その唸りが雄叫びに変わる。
瞬間、ぶーちゃんの巨体は距離を半分に詰めていた。
「……ここだっ!」
叫ぶなりザマンは思い切り跳躍した。更に自分の真下に矢を今度は5発、同時に撃ち込む。その反動でザマンの腰が引き攣るように上に引っ張られた。
そこにぶーちゃんが飛び込んできた。
「あぶねぇっ!」
ヴェゴーの叫びとほとんど同時だろうか。
ザマンは、ぶーちゃんに跳ね飛ばされていた。
「……!」
「ザマンくん!」
ドォォン!
ぶーちゃんが壁に身体をぶち当てたが、そこにかんちゃんの催眠魔法が効いた。
そのまま身体をゆっくりと倒したぶーちゃんは、ぶほぶほと寝息を立て始めた。
「げほっ、げほっ……」
「ザマン、おい、大丈夫か!」
「ザマンくん!!」
「だ、大丈夫、ですよ。……ちょっと転んじゃいましたけど」
「ちょっとって……」
「いや、ほんとに大丈夫です。自分で飛んだんで、着地も出来ました」
「……なんであんなにギリギリまでひきつけた?」
「ギルド長?」
ヴェゴーは少し険しい顔で、ザマンに問いかけた。
「動き出してすぐに避ければ、あんな危険はなかったはずだ。なんでだ?」
「……5個目が、背中にあったんですよ」
「え、もしかして」
「……的か」
「はい。背中にあったのは早い段階で気付いてたんですけど、中々狙う機会がなくて。で、最後に賭けに出ました」
「……他の3つには目がいかなかったのか」
「え、まだあったんですか?」
「8つのうち5つ当てる、って言ったはずよ?」
「あ……」
「聞いてなかったんですね……」
「ザマン」
ヴェゴーが声をかける。その顔はいくらか和らいでいたものの、まだ少し険のある表情だった。
「このテストは合格だ。……だが、パーティとしては失格に近い。分かるか」
「……分かりません」
「自分の生命を晒すな」
「!」
ヴェゴーの言葉に、ザマンはハッとして顔を上げた。
「ソロなら好きにすればいい。だが、パーティではその賭けは、例え分が良くても、勝ちにはならない。……それをしていいのは、逃げる時の殿くらいだ」
「……はい」
「お前が死ぬと、他も死ぬ。それは他のメンバーも条件は同じだ」
「……すみません」
「まぁそのへんはあれだ、分かってくれりゃいいんだ。……でな、ザマン。お前さん、やっぱりアーチャー向いてねえわ」
「ですよね、やっぱり……って、え?」
「そうねー、アーチャーじゃないわよね」
「私はまだ良くわかりませんが、イメージではないですね」
「え、え?」
何を言われているか分からないといった顔でザマンは三人を見比べた。
「お前さんに向いてるのは最前列。……つまり斥候だ」
「スカウト……」
「機動力、判断力、勇気。必要な条件はすべて揃ってるわね。研鑽を積めば、伝説のジョブ“忍者”を名乗ることも出来るかも」
「……!」
「まぁ、まだ最初のテストだからな、絶対とは言えねえが、少なくともアーチャーよりは適正が高いと思うぞ」
「……スカウトなら、パーティでも居場所がある、てことですか」
「それどころか、下手するとエースよ、今のを見る限りはね」
「エース……!」
ザマンの顔が明るく晴れていく。出会った時のテンパった表情でも、テストを言い渡された時の困惑した表情でもない。恐らく今の顔がザマンの本当の顔なのだろう。
「ザマンさん」
「か、かんちゃん……」
「ちょっと、ちょっとだけ、かっこよかったです」
「……!!」
かんちゃんに褒められ、飛び跳ねて喜ぶザマンであった。
――が。
「さて、次な。少し休んだら始めるぞー」
「ほんとに上げたり落としたり、旦那も忙しいわねぇ……」
「――……え?」
「遠隔系は今ので分かった。次は、近接な。ガーネイベスト8の実力を見せて欲しい」
言いながらヴェゴーは、アップを始めていた。
呆然とそれを見るザマンに、ヴェゴーは実にいい顔で笑って魅せた。
「近接は、俺と勝負だ。……死ぬなよ?」
次回は金曜日、ザマンVS.ヴェゴー!
これからも応援よろしくお願いします!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°





