スライムエステの功績2
あの後も、つつがなく侍女長さんの毒消しが叶いました。
戸惑う瞳を揺らしている侍女長さん。泣くなよー、喚くなよー、と目で制止している店長。
すると、エステ後のリラックスタイムを経過した侍従長さんが、さりげなく店長とバトンタッチしてくれた。
初老の品は良いけどくたびれた男性って感じのお方に見えていたのが、施術後の今は、均整の取れたスタイルのいい色気ある壮年の男性に見える。なんという、劇的ビフォーアフター。
すっと立った姿勢も美しい。これには王妃陛下も目を丸くしていた。
きょろきょろと周りをうかがい戸惑う侍女長に、侍従長自らが大きく頷きを返して、客間の片隅に設置してあるリラックスベースへ誘う。
静かに静かに、ギルド長とレジオンさんが協力して、正気に戻していく。じれったいけど発狂されて、騒がれたらそっちの方が大変なんで、慎重に事を運ぶ。
もちろんちびすら達の協力付きだ。ふふふ、スライム万能じゃね?
鎮静効果のあるアロマオイルを抜かりなく焚き染めているし、何なら、静脈注射も可能なように、ちびすら看護隊が待機中。呪術にとらわれている患者の救出体制は万全だ。
そして興味津々な王妃陛下に、侍従長がスライムエステの有効性を証明してくれた。
一目瞭然ってやつだ。
「陛下。これはとてもすばらしい施術でございますね。長年悩まされておりました腰痛も首の痛みも無くなりました。なんと画期的な技術でしょう。ですが、侍女長とわたくしめの二人だけの施術では、やはり危険性にまだまだ不安が残ります。王妃陛下の施術日までもう何人か体験してもらい、王妃陛下にふさわしい技術だという確固たる事実を実証したくここに進言いたします」
「お前がそれほどいうのなら、表面だけというわけでもないのだな。これはますます期待できるというものだ。何よりその肌の艶よ」
王妃様乗り気だ。
そんで侍従長さんも乗り気だった。
「王妃陛下の施術日まであと十日ほどございますなあ。各部門の長にも体験してもらいたく存じます。とくに苦言を呈してくるであろう髪結いや美容部門の長にはすぐにでも施術をお願いしたいくらいです。陛下の近くに侍る者に体験してもらえば、陛下の不安も払拭されることでしょう」
「そうであるな。日々の身の回りを担当する者に体験してもらえば、この者たちの技術を奪えるかもしれぬな」
くすくすと笑う王妃陛下に。
「やっと軌道に乗りかけた事業ですから、ご容赦願いたいところですが、なにぶん、わたくしどもはこのとおりの少数。お城の侍女殿のお手をお借りできれば、陛下にご納得いただけるだけの体験数をこなせると思います」
店長がさも困ったわと言いたげに、右手で頬をおさえて小首をかしげた。
傾国!
「ぜひ試していただきたい施術方法が数限りなくあるのです。試していただきたい香油も、試していただきたい香料も数多ございます。肌に塗りこめるクリームも星の数ほど。その組み合わせ数たるや……」
どうしましょうと困った風情を出している店長に、やればできる侍従長もすかさず乗っかった。
「店主殿。こう考えてはどうでしょう。城の侍女達に施術することとは、すなわち技術を高めるのと同義であると。聡明な王妃陛下に仕える者たちは無能ではございません。技を知り術を知り、それを磨き高めることが、シードレイク商業地でさらに知識を発展させることに繋がるのだと」
うむ。
要約すると、施術方法を周知して、城の正気に戻った人間も使って、地道に解毒して行こうって事かな?
おお~。なんだか話がきれいにまとまりつつあるよ。
「王太子殿下の世紀のご成婚まであと三月を切りました。お仕えする我らも、日々、その技術を高め、精一杯、お仕えしたいと願っているのでございます」
店長もにっこり微笑んで、侍従長のナイスアシストを喜んでいる模様。
「そうでした。たいへん遅れましたが王太子殿下のご成婚、おめでとうございます。そうそう、成婚の儀におきまして、わたくしども商会も一助になりたく、国を挙げての一斉清掃に参加するつもりなのですよ」
「おお、それはそれは!こうして知己を得たことも何かの縁。当日はわたくしの権限でお願いしたいところの清掃を頼めましょうか?」
「では一斉清掃の当日に、尊いお方にスライムの妙技をお見せできるのですね。シードレイク商業地にとって、またとない機会でございます」
「すごいことだなイーニアス、ナデイル国の侍従長殿にお認めいただけるとは、ギルド長としても鼻が高い!」
「おお、俺も……いや、わたしも手伝いたいな!」
HAHAHAと笑いあう四人に遠い目を隠せないYDSだった。
くっ、YDSでおくれた……!
そんでもって、侍従長ったら、呪術に囚われてる人間を一人でも多く正気に戻して、元凶に対抗する一員になってもらおうというこっちの思惑を完璧に理解してる模様。
そんで一斉清掃の裏の事情も悟ってる……!
店長もギルド長もレジオンさんもすかさず話に乗ってくるし。
そして、侍従長が店長やギルド長に目線を送り、小さくうなずいた。
「王妃陛下この後は、侍女長と美容部門の長とともに、被験者を募り安全性の確認作業をいたしたいと思います。王妃陛下には次の議題の時間となります。会議室で国王陛下もお待ちでしょう。施術の結果は後程まとめて書面にしたためお渡しできるように采配致します」
「うむ。だが、ずるいのう。結果などお前の顔と頭を見ればわかるであろうに……」
やってほしいと顔に書いてあるもんね。侍従長の変化はそれほど衝撃的でしたか。えっへん!
侍従長に背中を押されるように、王妃陛下が退場した。
その背中を守るように一緒に退出していく侍従長の、はじめは暗く澱んで痩せこけた身体は、溌溂とした生命力の輝きを取り戻していた。
風にふわっとなびく、失ったはずの栗色の頭髪。白髪ではなく、栗色の髪ということで侍従長自身も驚いていた。
そしてそれは、城内で通り過ぎる王妃陛下に立ち止まって最敬礼を取る者たちをも驚かせるだろう。
王妃陛下に付き従って侍従長の顔と髪を見て動きを止める男性もいるだろう。なんなら女子も立ち止まって二度見するはず。
「……この調子なら被検体は事欠かないようね」
「十日後の本番までに、何人正気に戻せるかだな」
店長の小さな声に、ギルド長がうなずきながら小さく答える。
そうだね、何人元に戻せるかなあ。YDSもうんうんうなずいていると店長が目線を下げて呟いた。
「向こう側の思惑で動いている人間もいるだろうから、そこは慎重に、選ばなければいけないな。たとえば」
「たとえば?」
ギルド長が店長の言葉を反復する。
「―――アルベルト殿下、とか」
その瞬間、店長が、ギルド長が、レジオンさんが、YDSの顔を見つめた。
ん?
なに? YDSの顔に何かついてる?
ほっぺの伸びは相変わらず足りないけど、YDSは店長の深い考えを慮ることはできる。
あるべると でんか、ねえ。
殿下っていうんだから、きっと王族の一人だね。
んで、その人がなにか?と、まじまじと店長の顔を見上げた。
少しの緊張が空間を支配する。
え、ここ、緊張するところなの?YDSわかんないよ。
やがてギルド長が首を振り、レジオンさんがなんだか悲し気に眉を寄せ、店長は悩まし気な流し目を―――あ、店長のうしろっ側にぴんくちゃん見っけ!確保!
窓開けて換気、よし!
店長とギルド長、レジオンさんの三人が、そろって苦いものを嚙んだような顔を見せてる。めずらしい。
「……とにかく、殿下が一番あいつに近い。どこまで汚染されているかわからない今、地道に仲間を増やす方がいいだろう。侍従長の手引きで殿下にたどり着けたら儲けものくらいに考えておくべきだ」
「そうだな。まずは王妃陛下の陣営を味方につけて、それから国王陛下陣営だ。できれば神殿も正気に戻したいが……」
「俺としては騎士団もどうにかしたいよ、近衛はどこまで囚われているんだろう」
三人で顔を突き合わせて相談していると、正気に戻ったばかりの侍女長が手を上げた。
「お話の腰を折りますが、時間がありません。次の被検体を指名してもよろしいですか?」
「あなたが信じられる方でお願いします」
「では、王妃陛下の髪結い師、フィアナを指名します。彼女はわたくしと同期で仲が良かったのです」
肌の艶とハリは戻り、二十は若返って見えるが、それを隠してしまうほど顔色が悪かった。それでも気丈に身体を起こして三人とまっすぐに目を合わせていた。
瞳の奥をお互いに見つめる。
人間のなんてことのない、仲間内の普通の仕草が、いかに大切なことかわかった。
信頼を信用を得るには多分これが一番なんだろうな。
YDS、じっと見つめられるとYDSだから、目をそらしちゃうもん。生物の存在感の差。下等生物のサガって怖いよね。
次はYDSもしっかり見つめてそらさないようにしようっと! で、できるかな?
そんなことを思っていると、店長がちびすら達に声をかけていた。
さすが店長。やさしいとこもあるんだよ。その優しさをYDSにも分けてほしいと思う今日この頃……。
「侍女長様のご指名です。髪結い師フィアナ様、こちらへどうぞ」
ぽよぽよ、ぷるぷる、やる気に満ちたスライム達にお願いをする。
どうか、呪いを解き去って、健康な身体と健全な意識を取り戻させてあげてね、と。
そして、どうかどうか、つるぴかにだけはしてくれるな、と―――。
****
「どうぞ、かかわらせてください。幸い神殿の巫女長とは同郷なのです」
王妃陛下付き侍女長と髪結い師が仲間になった。
さらに髪結い師と神殿の巫女長は同郷らしい。
ラッキー!
王妃陛下の直属の侍女軍団は、あんまり聖女陣営とかかわったことがないらしい。
だからかな、吐き出す毒があんまり多くないのは。何なら王妃陛下だって、快活で一見すると正気に見える。
それにはギルド長と店長もうなずいてくれた。
「王妃陛下は聡明なお方です。異常を感じているはずですが、それもすぐに霧散してしまうのでしょう、最近物忘れが激しくなったと苦笑しておられました」
侍女長がそう言うと、髪結いもうなずいた。
「聖女アンジェが、祝福をと、部屋に入り込んでは、練り香を置いていくのです」
「王妃陛下には合わない匂いだと嫌っておいででしたのに。いつの間にか誰かが焚いているのです」
「その誰かに心当たりはないのか?……そうか、では誰が聖女に通じているかわからないな」
ギルド長が考え込む。
「王妃陛下付き侍従長とここにいるふたり、それから王太子妃予定の聖女付きの侍女が一人、正気に戻っている。今のところ仲間と呼べるのはこの4人だけだ。仕事の合間を縫って、なんとか話をしてくれるか?」
「あ、やばいアロマに対抗できる匂い袋を支給しますね!侍従長のぽっけにも入れておいたんで、この匂い袋もっている人は仲間って思って大丈夫ですよ!」
これこれと匂い袋を見せる。
この身体のメスが作った、きれいな布で作った刺繍もばっちりな力作だ!
なんたってポイズンスライムのポーちゃんの力作ポーションが染み染みのそこらへんの草アロマだからね!え?ありがたみが失せるからそのネーミングやめろって?店長ったら、もー。
表向きの香りは、つるぴかマダムとぽーちゃんが嗅いで痙攣してた、例のくっさい呪いの匂いと変わらない。でも臭みを臭みで殴りつけて正気にさせるという力業の香りなんだ。
ひと嗅ぎくらいじゃ、わからない代物を作り出しましたとも! うちの子が! どやあ!
「気付け薬になりますわね。それでは、城内に止め置ける時間いっぱいまで、王妃陛下の随身を正気に戻してもらいましょう。侍女たちは吟味して送り出します。まずは、男手を増やし暴れるものを押さえつけるように……」
え、侍女長さん、こわ。
目がマジでいっちゃってる。




