これは分裂でしょうか、再構築でしょうか
「ひーふーみーよ―…………いっぱい……」
おんなじ形、おんなじサイズのちびスライム達が重なって押しつぶされて、どいてよー、どいてよー、とムニムニしあっているので、数えるのはあきらめた。
ふんっと身を起こすと、私にまとわりつくチビスライム達が、ころりんべちょっと転がり落ちる。
転がり落ちた先でまた私の身体に張り付こうと必死にぽよぽよするちび達を統率すべく、声を上げた。
「整列!」
ぽよん、ぽよん、ぽよぽよんっ。と、整列する色とりどりのチビスライムたちを見渡す。
ふはああああ、かわいー。
あ、いかん。よだれ、よだれ。
「ば、番号!」
ぽよん! ぽよん! ぽよん! ぽよん! と、端から順々に飛び跳ねるチビスライムに、思わず見とれてしまった。そして、数を当てるの忘れてしまった。私のバカ。
まあ、ざっと見積もって二十はいるかな。もう可愛いから、何匹でもいいや。どんとこい。
始めに現れた、聖属性のピカピカした白い子が、一番目のお兄さん(お姉さん?)ポジションのようだ。
次は、これもはじめのころに現れた、淡い黄色のヒール? スライムと真っ黒のポイズン? スライム。
それから、真っ白スライムに、真っ赤なスライムが何体かと、淡い水色のスライムに、オレンジ色のスライムとカラーバリエーションは豊富。
しかもスライム同士のツーカーで、各自の得意技を報告してくれるいい子達。
……へー。
白いスライム君は温度変化が得意なのー。絶対零度まで温度下げられるよ~と自慢された。
……でも、それ私に向かって発揮しないでね。お願い、寒いから。
それを見ていた赤いスライム君も温度調節が得意らしい。僕だってっ! と前に出てきた。微笑まし…………あっつ、あっついから! 焼ける! うん、うん。すごいね! あっちは絶対零度だけど、こっちはマグマほどの熱を出せるのね!
……比喩じゃなく死ぬからね、YDSじゃなかったら焼けて炭になってたよ。その最終奥儀は終末戦争まで封印してね。
え! ちょっ、ちょっと、オレンジ色のスライム君まで、参戦しなくていいから……。
あばばばば!―――――なるほどぉ。君の得意技って、雷攻撃なのね……。
お。いい香りのするスライムもいる。ピンク色のスライムちゃんじゃないか! 和むね!
……え……。ゆっくり眠らせて気持ちいいい夢を見せてあげるよ?
……さわやかに言い切ってるけど、君、なんか変なフェロモン出てない……? 淫夢だけならまだいいけど、そのままあの世行きじゃないよね?
あのねーあのねー、ぼくねー、わたしねー、と自分の得意な攻撃法を一生懸命説明してくるチビスライム達。
……かわいー。
癒し系のふにふにぷにぷにのこの身体をもにもにしてると、なんだか物騒なお話だったものが、跡形もなく消えていく。
そう。この可愛さの前に、少々の物騒さはアクセントでしかないと思うの。
だってこんなに可愛いんだよ? 身を守る棘を持ってないと、捕獲されて一生檻の中じゃないか。鑑賞するもよし、触って癒されるもよしのベストパートナーだよ? 乱獲されたら困るでしょ。
古来から言うではないか。
美しいバラには棘がある、と。
可愛い、可愛い、チビスライム達にも、身を守る棘は必要だ。むしろ必須。
そんな結論に至った私は、チビスライム達を体中にまとわりつかせながら、ニマニマしていた。
そして、目の前に座って成り行きを見ていたおかま店長がはあ、と大きなため息を吐いた。
あ、頭抱えてる。
あ、ぶつぶつ呟いてる。怖。
「……まったく、規格外にもほどがある」
「えーと、私もなんでこんなに懐いてくれるのか、よくわかりません」
魔獣達だって、むしゃむしゃうまーした結果です。
怖がられたり、襲い掛かられたりするならまだしも、全力で尻尾ふられるとは思いもしなかった。
しかも今の私、六足熊にお膝抱っこの状態だ。
ちなみについさっきまで、黒毒蛇のとぐろ椅子に蜥蜴猫と一緒に座ってた。
ああ。わかってる、大鰐さん。大口あけて威嚇しなくても、次は君の生体鰐皮ソファに座るから。赤い鳥さんも、ピンクの鼠さんも、緑の水棲生物さんも銀色大蜘蛛さんに、氷獣だって慌てない、慌てない。
順番だから、喧嘩しないの。
……なんだろう、もててるけど、素直に喜べない……。
「記憶を失っているから、心配かもしれないけど、一度服従させた個体は、逃げたりしないわ。魔獣使いとして、今後彼らとよく意思疎通をして、それぞれの特色を聞き出しなさい。使い道を誤ると大変よ」
「はあ」
スライム達との意思疎通はばっちりなので、心配いらないけどね。
使役魔獣の懐き具合は、いっそ私が引くくらいだ。
おかま店長も魔獣達の盲目さに呆れたのか、正視できないくらいに恐ろしいのか、実にそっけない。
「……見たところ、すべての魔獣があんたに絶対服従みたいだけど、よく言い聞かせて、人間達を攻撃しないようにしておいてね。それさえできれば街中で魔獣を飼っていても大丈夫よ。でもまあ……大型獣は魔石状態にしておくのが賢明ね。もしも人間を攻撃してケガさせたら処分になるから」
ほうほう。
魔獣使いの絶対条件は、人間に手を出させない事らしい。
あれ、でも待てよとおかま店長を見つめた。さっと右手でおすわり中の氷獣を示す。はい、注目。
「……ええと、こちら、ゴロツキさんをやっつけちゃった、氷獣です」
呼んだ? と小首を傾げてくる氷獣が期待に満ちた眼差しで私を見つめてくる。そんな目で見られても、つがいにはならないからね。
処分は困る。ものすごく困る。
貴重な精神安定剤、とっても貴重なもふもふなの。
……そんな気持ちでお伺いを立てたら、おかま店長は鼻でふっと笑って見せた。
あ?
「馬鹿ね。ゴロツキは人間とは呼ばないわ。あれは人間の皮をかぶった人語を解さない獣よ。だからあんたの使役獣が攻撃してもノーカウント」
……なるほど、人間以下で魔獣以下の害獣扱いなんですか。下等生物もびっくりする程の納得情報でした。
「……少しは役にたったのでしょうか?」
「もちろん。……あんたの魔獣ハーレムの使い道は、おいおい考えるとして。仕事と棲家は提供するから、その代り、みっちり働いてもらうわよ」
「はい! よろしくお願いします!」
「そうね。仕事の内容は店番と接客よ。魔石細工をお求めになるのは貴族の奥様が多いから失礼にならないように最低限の身だしなみと、言葉使いに気を付けること。私はたいていこの奥の工房で細工物を作っているから」
「……店番と接客ですね。身だしなみと言葉使いですか……」
身だしなみと言われましても、先立つものがないうえに、持ってる服はこのお借りした制服だけ。下着もなしの私にとってそれはなんともハードルの高い……。
え? 今もノーパン続行中ですが何か?
「……何よりも清潔でいい香りのするお店を保つことが大切よ。……まあ、始めは慣れるまで一緒にいてあげるから。お客様のお茶の好みとかもあるから、よく学びなさい」
なるほどなるほどと頷いた私を見つめて、おかま店長はにっこりと微笑んだ。
「まあ、なんにせよ、今日はギルド登録が出来たから良しとしましょう。さすがにこれ以上店を空けるわけにいかないから、足りないものは明日の休み時間に買いに行くとして……あなたの部屋に案内するわ」
ギルド登録がメインで、登録の勢いで、ついでに小物を買うつもりだったようだけど、早くも初戦でこけた気分だ。そして今ここに、明日のお昼まで私のノーパン生活が決定した。
「……ええと、何から何まで、すみません」
これは働いて精一杯恩返ししなくちゃね!
「まあ、こんな体験早々出来るものじゃないし、結果良ければ、それで良しとするわ。あなたは足りないものを書き留めておきなさい」
「はい」
「……なんにせよ、いま戻ったら、市場の真ん前にギルド長が立ってる気がする」
あはっ確かに!
……あ、なんか、今、くしゃみが聞こえた。
*****
さて、それからのおかま店長は早かった。私も早速魔獣達を魔石に戻して、革袋に入れる。
とんとんと奥の階段を上がり、左奥の部屋へ。
「どうかしら? 少し狭いし、古いけど。ちなみに階段上って右奥が私の部屋ね」
おかま店長の言葉に、私は恐る恐るその部屋に足を踏み入れた。
長く人が入っていなかったのか、少々埃っぽい。
窓辺に近づき、日差しを遮っていたカーテンを開け、空気を入れなおすために窓を開け放つ。
ふわりと風に前髪を遊ばせながら、部屋を眺めると白い布がかけられた家具が数点と、箱が二、三個、隅の方に積んである。
ドキドキと私の核が早鐘を打っている。洞窟生活から一転、個室ゲットの瞬間だ。
「す……すごく、素敵です! いいんですか、こんなところ使わせてもらっても?」
「ええ、」
ぱっと後ろを振り返り、おかま店長の顔を見あげる。
おおお、美しさ五割り増し! 後光がさして見える!
「う、うわー、うわー、私、洞窟じゃない部屋なんて初めてです! 窓も自分で自由に開け閉めできるなんて!」
「……ど、洞窟……」
おかま店長が何か呟いていたが、気にせず部屋の家具にかけられていた布を取り払う。
現れたのは簡素な作りの椅子テーブルとベッドだ。がぜん私の中で喜びが膨れ上がる。
なんといっても洞窟の硬い岩肌で寝るのと、柔らかいベッドで寝るのでは大違いだ。
「う……うわあ! ベッドだあ! わあ、椅子もテーブルもあるー! すごーい!」
キャッキャしてた私は、おかま店長の固まり具合に気付けなかった。
「……その隅の箱は、店の備品だから、こっちの部屋に移しておいてね。この部屋は好きに使ってもらって構わないわよ。一生懸命働いてくれたら、お給料も弾むから、それで好きなものを買えばいいわ」
「はい! ありがとうございます!」
山の中でのサバイバル生活から、一気に生活水準アップだ!
棲家を自分好みに整えられるなんて、なんて素敵。なんて、剛毅。おかま店長、惚れてしまいそう。
さっそく部屋を占領してた荷物を運び出そうと思ったら、六足熊の魔石が光り輝き、自己主張を始めた。
袋から魔石を取り出し掌に乗せ、どしたの? と小首を傾げて尋ねれば。
せっかく主の役に立てるはずだったのに、また石に変えられて、いいところを見せられなかった。主の仕事を手伝いたいと、以心伝心で伝えられた。
あるじね、あるじ。
ふんふんと頷いて、それではと魔石を空に掲げる。
ぺかっと魔石が輝いて再び顕現した六足熊に、おかま店長の目が見開かれた。
驚いているおかま店長を尻目に六足熊はせっせと荷物を運搬してくれた。
その働きにニマニマしていると、袋の中の魔石達が俺もー、俺もーと自己主張してくるので、なだめるのが大変なくらい。YDS、楽ちんである。
「がう?」
箱を抱えて小首を傾げる六足熊。……あらやだ、かわいい。
いけない、いけない。この箱、どこに運ぶのって? あれ、ちょっと待って、えーと……。
「え、えーと、えーと、こっちの箱は……」
「ああ、こっちよ。この部屋の入って左側に積んでちょうだい。……あら、まあ、うそ……」
私の言葉じゃなくて、腰が引けてたおかま店長の指示で、六足熊が素直に動いたら、おかま店長がものすごく驚いていた。
魔獣使い以外の指図を聞く使役獣がいるなんて……って、血相変えていたけど私、別に魔獣使いだとは言ってないよ。
さて、箱を移動させたら、次は掃除だ。
「桶とブラシはここよ。水は……あら?」
差し出された掃除用具を受け取ろうとしたら、ぷよんぷよんと飛び跳ねながらチビスライム達が部屋に入っていった。
ぷよんぷよ~んっと跳ね出したチビスライムが高く飛んだ瞬間にぶわっと広がりびちゃっと音をたてた。
「うわっ!」
おかま店長の叫び声。天井に張り付いたスライムや、壁に張り付いたスライム達、床に広がったスライム達が、うにょんうにょんしながら、じっくりじっくり進んでいく。
「……あ、なるほど」
私はYDSの目線で彼らチビスライムの仕事に気付いた。
「な、なに、なんなの、大丈夫なの、あの子たち」
おや。おかま店長は純粋に驚いて、しかもあの子たちを心配してくれているようだ。
スライムを低レベルの魔獣と生理的に嫌悪する人間もいるはずなのに、むしろ好意的なおかま店長の言葉に嬉しくなった。
「あの子たち、この部屋の汚れを食べてくれてるみたいです。私が掃除するよりはるかに綺麗になると思いますよ」
「そ、そう? なら、いいけど。水回りはこっちよ」
実際、掃除が終わった後の部屋は、とても清潔で、新築ですか? と問いかけたくなる出来栄えだった。よく見ると、降り積もっていた埃だけではなく、経年劣化していた建材の表面を磨くように溶かしたのか、溶かしてから磨いたのか経緯は分からないが、まるで削り出したばかりの石材や、木材の仕上がりだったのだ。
「…………店内の調度品を運び出すから、一度、同じように店内の掃除をしてくれないかしら……?」
部屋の仕上がりを見たおかま店長の、第一声がそれだった。
思わず、私もぱあっと笑顔になってしまった。
チビスライム達の誇らしげに胸を張る仕草も、可愛くて仕方がなかった。
これぞ、スライムのスライムたる存在意義だ。
塵と埃を食べて生活すると思われていた粘性生物の真髄を見よ!
……まあ、塵も埃も生物が生きる上で上手に付き合わなきゃいけないものだから、この分野で必要とされたことは、YDSたる私にとって最高の発見だ。
そして、YDSといえども、認められたらうれしくなるので、明日も張り切ってきれいにしようと思う。
****
「……なんだかすまない」
「いえいえ、お役にたてれば幸いです」
こんなはずじゃなかったと眉を下げるおかま店長に私はにこやかに答えた。
私だってそう思う。
まさか本業に精を出して名前を売る前に、慈善事業で名前が売れるとは思いもしなかった。
店番するようになってから毎日、おかま店長のお店が開店する前に、チビスライム達と一緒にお店の向こう三軒両隣までお掃除してたの。
徹底的にね。
塵や埃なんざ近寄らせやせんぜって勢いで。
……ついでに、埃にまみれて薄汚れてた向こう三軒両隣の建物の表玄関と看板娘(下はぴっちぴちの少女から上は年齢不詳の女将と性別不詳の某店長)まで、チビスライム達が競い合って綺麗にしたのね。
もうね、すごいよ『なんということでしょう!』だよ。
元々麗しい某店長は、女神もかくやの息のむ美貌に磨きがかかり、それなりに美しい普通の看板娘の皆さんは、輝くような美しさに大変貌を遂げた。
……それはもう、大絶賛の嵐だった。
称賛を受けて照れ照れしてたチビスライム達が、それぞれの持ち色でピカピカ光ってて可愛かった。
そしてたまたま、その嵐の渦中に顔を出したレジオンさん。
見違えて綺麗になったおかま店長の魔石細工店と、その周辺のお店(……と、見違えた看板娘達)を見て、レジオンさんの顎が落ちていた。
おかま店長を引きずって店の隅っこに陣取って、数分後。
衛兵隊の詰め所も掃除することになっていた。
おかま店長は眉をしかめて「断れ」と言ってたけど、かまわないよ、それくらい。
なんたって、あなたの隣の頼りになるスライム、おっとと、頼りになる隣人ですから!
そしたら、なぜか渋い顔のおかま店長の同伴でお掃除に行く事になった。だめじゃん。
……さて、赴いた先の衛兵隊の詰め所は魔窟だった。
WHY? 何のことだって? YDSでなくても、意味がわからないな。
説明しよう!
衛兵隊の詰め所、そこは男たちの汗と涙と出所不明の液体やらの巣窟だった。
……出所不明だったら不明なのだ。
別にイヤンアハンなお姉さんの絵姿詰まった男の浪漫本と共にあった、きっと昔液体だったはずのかぴかぴしてる何かだって、引いてるわけじゃない。
――――そんなもん、喜んで吸収しに行くなぁっ、ピンクスライムちゃんっ!
いやー、いやー、おいしそうなのーと腕の中でもだえるピンクスライムちゃんやレッドスライムちゃんを止めるのに結構力使った。
一筋縄で綺麗にできる場所じゃない事は、懇願してきたレジオンさんの必死の顔で分かったはずなのに、単純な私は、必要とされた現実に舞い上がっていたのだ。
ああ、単細胞のかなしみ。私は舞い上がった挙句、汚部屋に顔を突っ込んでしまった。
後悔しても後の祭り。
「野生の動物の巣穴のにおいがする……」
―――つまり、人間社会で嗅いではいけない匂いだ。
私もここでこんな匂いをもう一度嗅ぐ羽目になるとは思いもしなかった。
ナニをどう凝縮させれば、こんな異臭を放つようになるんだろう。解せぬ。
一瞬で魂が来世に飛んでしまいそうな強烈な臭気の中、私はチビ達を抱えていた。
すえたような匂いで目が痛い。
鼻はすでに機能停止している。
するとまた、あの温かい水が目からぼたぼたと落ちてきた。
「あ……」
腕に抱えていたチビスライム達に温かい水がぽつんと落ちた。
ワキワキ動いていたチビスライム達が、その瞬間ピッと硬くなり、カクカクとした動きを見せた。
腕の中でチビスライム達が、私の様子を窺っていた。
おかま店長。
断る理由ははっきりといってくれ。




