【番外編】ファルコとアンネの新婚生活(?)
――なんでこんなことに、なっているのかしら
王都の一等地からすこしだけ外れた、閑静な住宅街に、この辺りにしてはこじんまりとした、暖かい雰囲気の一軒家の前で、立ちすくむ。
今日から私は、ここに住むらしい。
ファルコ・リヴォフ様のつ、つ、つつつつつ妻として!
「……とりあえず入ろうか。アンネ」
「は、はははは」
「?」
「はい‼」
平和なはずのリラリナ王国で、ある日突然クーデターが起こった。
その主犯が王弟であるブルクハルト……様、で、私の長年の想い人、ファルコ様の父親だった。
ファルコ様はクーデターの主犯の息子として、一時拘束された。
処刑するべきだという一部議員の声に、私は必死になってファルコ様が無関係であることを証言した。
そうしたらファルコ様のご友人であり従弟であるミハイル王子を始め、色んな方々も一緒になって、ファルコ様を守ってくださった。
本当に、必死だった。
ファルコ様が処刑されるかもしれない時は、私の命がどうなろうと絶対に止めようと思ったし、解放されると決まった時は、全身の力が抜けて倒れそうなほど安心した。
一刻も早く解放されることをファルコ様に伝えようと思った。
ここまではとてもよく分かる。
その後はいまだにどういう流れだったかがよく分からないのだけど。
確か私が、爵位をはく奪され、……恐らく仕事もこれまで同様とはいかないだろうファルコ様の今後を恐れ多くも心配したのだった気がする。
ずっと公爵令息だったファルコ様が、これから平民として暮らしていくのだと思うと……。
その点生まれも育ちも平民で、平民の暮らしに精通している私なら、絶対に彼を路頭に迷わせることはないし。
一人や二人養うくらいのお給料はいただいている。
これまでの働きのおかげで、先日男爵位をいただくことが決まっていたので、一応貴族の端くれになる。
だから必死なままの勢いで、夢中でファルコ様にけ、結婚を、提案しようと。
なんで結婚⁉ なんでか分からないけれど、提案しようとしたら、ファルコ様のほうから……。
『結婚してくれないか』
「キャーーーーーーーーーー‼」
「ど、どうしたんだアンネ」
「すみません、なんでもありません~~」
顔から火が出そうなほど熱くなって、慌てて両手で覆う。
きっと真っ赤になっていることだろう。こんな顔、とてもファルコ様に見せられない。
しかも、しかもだ。
結婚を申し込まれて、了承した直後、この国の王様がファルコ様を心配して訪ねてこられたのだ。
王様は甥であるファルコ様のことを、大切に、気にかけられていたのだろう。
これからどうしていくつもりか聞かれたファルコ様は、王様にハッキリと『アンネと結婚して、一緒に暮らしていくつもりです』と宣言された。
王様はとても喜んで『おめでとう。では結婚証明書には、私がサインしよう』とおっしゃって、すぐに書類を手配していただいて、その場でサインをし、国璽まで捺していただいた。
ら、結婚していた。
えーーーーーーー!?
えーーーーーーー!?
それはそうだけど。結婚証明書を書いて提出したら結婚するのだけど。
まさか結婚するとは思わなかった。
いまだに、よく分からない。
ずっとずっと叶わない恋だと思っていたから。
私は平民で、彼は公爵令息で。一緒に働けるだけでも、お話しできるだけでも奇跡のような幸せだったから。
「お茶を淹れるよ。アンネはそこのソファーにでも座っていて」
「あ、私が!」
「大丈夫。アンネは色々と動いてくれて、疲れただろう。私は今日、部屋で本を読んでいただけなんだ」
学生時代にブルクハルト様と喧嘩をし、リヴォフ家の屋敷から出て寮で暮らしていたファルコ様は、公爵令息でありながらお茶を淹れることくらいはできるのだ。
ソファーは無地でシンプルだけど、とても座り心地が良い。
家具の一つ一つが、なんだかファルコ様っぽくて。
そんな空間の中で彼がお茶を運んできてくれる。
――格好いい!!
お盆がまったく揺れない滑らかな動き。完璧な姿勢。所作の一つ一つが美しすぎる。
この方が私の夫!? 今、もう夫!? キャー――――‼
幸せのキャパシティーは、とっくにオーバーしている。感情のコントロールなんてできない。
「……ごめんね、アンネ」
「なにがですか!?」
お茶を並べてソファーに座ったファルコ様が急に謝ってこられるので、ビックリして問いただす。
一体どこに、ファルコ様が謝る要素が?
「とても緊張しているようだから。急な話で驚いただろう。でも……君と私が結婚するとなったら、また反対の声が上がるかもしれない。国王がサインをしてくれて、結婚証明書を出してしまえば、反対される前に結婚できるチャンスだと思ったんだ。不意打ちみたいになってしまって、ごめん」
そう言って、少し眉を下げて微笑むファルコ様に、胸がキューっと苦しくなる。
「もしも冷静になって、よく考えてからあの時国王様にサインをしていただける場面に戻ったとしても、私は絶対にまたサインをもらいます」
夢が冷めないうちに。万が一にもファルコ様の気が変わらないうちに。
「一生に一度のチャンスを、私は絶対に逃しませんから」
「ぷっ、はははっ!」
私の必死の言葉に、ファルコ様が急に噴き出して笑いだす。
『ぷっ』って! ファルコ様が『ぷっ』って。
「ははははは! 本当に、もう……君は……ははっ」
笑い転げるファルコ・リヴォフ様。一生見ていたい。
「そういうところに、何度も僕は救われたんだ。……好きだな」
だからもう、幸せの上限はとっくに振り切って、溢れ続けているのに。
「今度君の実家に、挨拶に行かせてくれ。結婚式も挙げよう。届はもう出ているけれど、さすがに急すぎたから。それ以外の準備と手順をしっかりとしたら、正式な結婚ということにしよう」
「えっ」
私はもう今日から結婚で、全くかまわないのですが。
「この家は以前から僕が独立しようと思って探していたものなんだ。ちょうどいいから君を連れてきたけれど、新居はここでいいかな?」
「もちろんです! とても素敵な家」
「よかった。アンネは官吏用の寮住まいだよね? 荷物の整理もあるだろう。手続きをして、心の準備もしてから、移っておいで」
「……はい」
手続き、明日にでもすぐに終わらせよう。
そう決意していたら――。
チュっ
口に、なにかが当たって。ファルコ様の顔が目の前にあって。
「でもこれくらいは、今しても、許されるだろうか」
少し頬が赤くなって、照れたように言うファルコ様が可愛くて。
負けず嫌いの私は、今度は自分から口づけたのだった。




