3. 魔法薬にご注意を!?(メア視点)
『特殊魔法科の平民の生徒が実習中に倒れたらしい』
そんな噂を聞いたのは、うんざりするような魔法史の授業が終わった昼休みのことだった。
今日の授業は疲れた。足りない。リゼが、足りない。栄養補給をしなければ。
そう思い、いつもは自制しているが、今日は特別に偶然を装ってリゼに会いに行くことを決めた。
そして、おそらくカフェでニコニコしながらお茶しているだろうと思い、想像だけで緩みそうになる頬を必死で引き締めながらカフェへ向かったが、いつも座っている席に彼女はいなかった。
カフェ中を見て回ったが、彼女の姿はない。それだけでいつも特別なこの場所は輝きを失って、やはり僕の人生を彩っているのはリゼなのだと思い、少し苦しくなった。
カフェにいないのなら、何処にいるのだろうか。
そう思って歩き出したところ、いつもリゼと一緒にいるマリアベル=シュレイン嬢が慌てたように駆け寄ってきた。
彼女が僕に話しかけてくるなんて珍しい。そう思い、彼女の話に耳を傾けてーー。
「特殊魔法科の平民の生徒が実習中に倒れたって噂、聞きましたか!?もし、リゼさんだったら…ッ…!?待ってください、何処行くんですか!」
心臓が、凍りついたような気がした。
どうして、だって、彼女が、嫌だ、いなくならないで。
倒れたのがもしもリゼだったのなら。
想像するだけで、パニックになって何の音も耳に入ってこない。その瞬間、見える世界が一面灰色になったように感じた。早く彼女に会わなければ。
「……我、メアリクス=ブランシェットの名に応えよ。スペジフィス・リサーチ。対象:リゼ」
「ッ、ちょ、この魔力なんですか!?どう考えても位置追跡レベルの魔法なんかじゃなッ…!」
僕は口の中で位置追跡の魔法を唱えて、空中に現れた彼女の居場所を示してくれる銀の矢印に従って走り出した。
最悪の想像が、頭を過ぎる。
君がそこにいてくれないと、僕は生きることすらままならないのに。
「あら、早かったわね」
走るだけでは遅いような気がして、途中で飛行の魔術まで使ってたどり着いた先は医務室で。
そこには、困った顔をしたクレセント嬢とニコニコのリゼがいた。元気そうだと胸を撫で下ろしたが…その様子のおかしさに目を疑った。頬を染めたリゼが、ベタベタとクレセント嬢に抱きついて何か話している。
「ルルカ〜♡かわいいねぇ、今日も天才的な顔立ちだねぇ、何でそんな顔してるの、笑ってよぉ。あっ、笑ったぁ…えへへ、最高に愛おしい…」
「……リゼ、分かったからそろそろ止めてくれないかしら?」
「何で?ルルカは私のこと好きじゃないの?悲しいよぅ…でもいいの。私はルルカのこと世界で一番愛してる!!」
「は?リゼが世界で1番愛してるのは僕でしょ?」
「うわ…めんどくさいのが増えたわね…。…まぁ、メアリクス様が来てくれて助かったわ。とりあえずコレ、引き取って貰えないかしら」
そう言ってクレセント嬢は、まとわりつくリゼを鬱陶しそうに僕の方へ差し出した。
「実はね、今日の実習は解熱剤を作る魔法薬学の授業だったんだけど。リゼは作り慣れてるから、暇で暇で仕方がなかったみたいで…。余った材料で、かわいくなれる美容ドリンクとやらを作ろうとしたのね?それが失敗して倒れて、目が覚めてからずっとこんな感じよ。……お願いだから早く引き取って。こっちの羞恥心が限界なの」
クレセント嬢は死んだ魚のような眼でそう言って、愛を囁き続けるリゼを見つめている。確かに、ずっとこんな調子のリゼといるのは辛いだろう。その点、僕はリゼの婚約者だし、言われ慣れている。それに、リゼが僕以外の人間に愛を囁いているのを見ているのは辛かった。
「……分かった。それなら今すぐ家の馬車を呼んで今日は2人で早退するから、手続きお願いしてもいい?」
「分かったわ。本当にありがとう……」
クレセント嬢は珍しく泣きそうな顔をして僕の手を取る。そして、ぎゅっと強く握り、真剣な顔で僕に忠告があるのだと言った。
「……忠告?」
「えぇ。今のリゼは本当に厄介なの。何を言っても通じないし、なんていうかその…例えメアリクス様でも理性が焼き切られそうになると思うわ」
「そんな大袈裟なこと?僕だってリゼに愛を囁かれたことくらい…」
「問題は、リゼに羞恥心がないことよ。幸い、ジルト先生の見立てだと3時間ほどで効果が切れるらしいから……リゼのこと、頼んだわね」
そう言って、クレセント嬢はリゼを強引に僕に渡して医務室を出た。クレセント嬢から離されたリゼはぼおっとクレセント嬢が去っていった方向を見ている。
それが悔しくて、
「リゼ?僕だよ、僕。メアだよ。今馬車を呼んでるから、家に帰ろうね?」
と声をかけると、リゼがとろんと蕩けた瞳で僕を見つめた。
「……めあ?えへへ…めあだぁ…」
「そうだよ。苦しくない?大丈夫??」
「……くるしい」
「ッ、大丈夫!?直ぐに帝都で1番の医者を呼んで…」
「メアが好きすぎて、苦しい……」
「……え」
リゼの言葉に、一瞬で頬が熱くなるのを感じた。何だ、この可愛い生き物は。
告白された時以来、以前は好きだ好きだと言ってくれたリゼは、僕にそう言うことは少なくなっていた。それでも、それが彼女の照れ隠しだと分かっていたからそれだけでも愛おしかったのに……これは、何だ。
「えへへ…リゼはメアのこと大好きなんだよ…♡」
「……リゼ?ッいきなりそういうこと言うのは反則じゃない!?」
「え〜?何が〜??メアの方がいっつも反則なことばっかりするくせに!!私ばっかり好きになって悔しいから、私もいっぱい反則なことしちゃうからね?えーい!」
「ちょ、待っ…!」
そう言ってリゼは、僕を座っていたソファに押し倒した。ふわりと香る花のような匂いにクラクラする。リゼの匂いだ。いつものリゼのはずなのに、潤んだ瞳と蕩けた表情のせいで、理性が壊れそうになる。
「ッリゼ、落ち着こう」
「やだよぉ…メアは私のこと好きじゃないの?」
「好きだけどッ…!それとこれとは話が違ってくるでしょ」
「違わないよぅ。えへへ…メアの目は紫水晶みたいで綺麗だね、肌も真っ白ですべすべで、ずっと触ってたいな……」
「何処触ってんの!?」
リゼは僕が身動ぎするのもお構いなしに、僕の頬を撫で、首を撫で、ふわふわと笑っている。不味い。夏服が故に、露出度が高いのも不味い。このままでは、本当に不味い。リゼに、壊される。
ここで初めて、先程のクレセント嬢の言葉が身に染みた。
いつもリゼはすぐ僕の言葉に真っ赤になるからやり返されることはなかったけれど、そもそも僕はリゼのことが何よりも好きなのだ。
『恋は好きになった方が負け』とはよく言ったもので、僕はいつもリゼの一挙一動に狂わされそうになるのに耐えているのは、リゼが照れやすいからだったりする。もしもリゼからその弱点がなくなったのなら……。
僕が彼女に勝てるわけがないのだ。
「大好きだよ。メアのこと、大好き。全部私のものがいいな。ずっとメアの隣にいたいな。ねぇ、メアも私のこと好き?」
「……好きだよ」
「やったぁ!両想いだ!!えへへ…嬉しいな。
ねぇ……キスして?」
「ちょ、自分が何言ってるか分かってる!?ここ学校だからね!?」
「分かってるよぅ…。メアのことが好きだからだもん。メアもリゼのこと好きだよね」
「好きだよ。好きだけど……ッ」
いつもは僕が一方的に攻めているだけに、ペースが狂わされて何も考えられなくなる。顔なんかもう真っ赤で、見せられたものではない。リゼ以外に見られたならば確実に死を選ぶだろう。
今、保健医はクレセント嬢にリゼを任せて昼食を摂りに行っているらしい。無責任だと恨む反面、保健医がいなくて本当に良かったとは思うが……そのかわり、この医務室に僕とリゼは2人きりである。2人きりか……。
いや、今考えるのはそんなことじゃなくて、リゼにキスしてって言われて、リゼの顔が近づいてきて……あぁ、やっぱりかわいいな。リゼの全部がかわいい。潤んだ瞳を見ているだけで、なんでも言うことを聞いてしまいそうになる。
違う、そうじゃなくて、リゼに……
「……ちゅ…」
「………ッ!?」
回らない頭で何か考えようとしても考えがまとまらなくて、ぐるぐると考えているうちにリゼの顔が近づいてきて……唇に、柔らかい感触がした。それがリゼからされたキスだということに気づくまで、数秒かかって。
「……ふふ。メアの顔、真っ赤だぁ。いっつも余裕そうな顔してるのにねぇ?えへへ…。メアがしてくれないから、私からキスしちゃったぁ。私にキスされて真っ赤になってるメア、かわいい……」
「ッ、リゼ、もうやめっ…」
「やめないよぉ。リゼはメアのこと大好きで、メアもリゼのこと大好きなんだもんね。なんでダメなの?あれあれ、メアさんってば恥ずかしいのかな〜??照れてるメアも好きだよぅ…♡」
そう言ってリゼは、惚けた顔で僕の体をベタベタと触っている。
キスだって今まで、何回もしてきて。リゼからキスされたことだって1度や2度ではないけれど、それはリゼが散々照れるのを僕が煽った結果だ。
それが、素直にリゼの方からキスされるとなると話は変わってくる。
それも、僕のことを好きだと言いながら。
潤んだ瞳で。蕩けた笑顔で。
そんなの、我慢出来るはずがない。
僕は真っ赤になった顔を隠しながら、リゼに話しかけた。
「……ほんとに、いいの」
「…何が…?」
「そんなに煽られたら僕、何するか分からないよ」
僕の必死な脅しにリゼは。
「んー?……何してもいいよ。私、メアのこと大好きだから、メアにされることだったら全部嬉しいの」
本当に嬉しそうに満面の笑みで笑うから、耐えられなくなりそうになった。そして、思わずリゼに手を伸ばしそうになってーー。
これじゃ、ダメでしょ。
……ブチブチと焼き切れそうな理性を必死に繋ぎ止める。そりゃあ嬉しい。好きな子にそんなことをされて、止まるバカなんていないと思う。
それでも、そんなことを言われるのは、リゼが正気の時がいいから。
「……リゼ、ごめんね」
僕は、制服の内ポケットから小さい香水瓶を取り出してリゼに吹きかけた。
「何が…?メア、…めあ?あれ、ねむ……」
リゼはその途端、ふにゃふにゃと言いながら僕の胸に倒れ込む。
「……効果抜群すぎ」
僕は、仮眠を取る時用にと持ち運んでいる、リゼに貰った安眠香水の効果を再確認しつつ、丁寧に内ポケットにしまった。そもそも、リゼに効きやすくなっていたというのもあるかもしれない。
それにしても本当に、助かった。
僕は安らかな顔をして寝息を立てているリゼの頬を撫でた。あのままだったら、リゼに何をしていたか分からない。
「……大好きだから、リゼのこと大切にしたいんだよ」
無理やりどうにかしたいわけじゃなくて。
心が欲しいのだ。
身体だけじゃなくて、中身も全部僕のものがいい。心まで全部僕で埋め尽くして、僕と同じぐらい苦しむリゼがいいなんて、僕はどれだけ我儘になったんだ。最初は、隣にいてくれるだけでよかったのに。
「もっと、僕のものになって」
呟いた言葉は僕達以外誰もいない医務室に響いて、すぐに溶けた。
そして、すやすやと眠るリゼに口づけて体制を立て直し、リゼを僕の膝に寝かせる。そして、リゼの寝顔を見つめてトロリと微笑んだ。
あぁ、本当に愛おしい。
リゼがそこにいるだけで、世界が煌めいて見える。
だから何処にも行かないで。
僕の、唯一。
それから僕は、馬車が学院に着いたとの連絡を受けて、人目につかないように馬車に乗り込んだ。そして、まだ目を覚さないリゼの寝顔を見ながら馬車に揺られて屋敷へ着く。
「リゼ、着いたよ。……まだ寝てるか」
僕が咄嗟に使用した香水は、効きすぎてしまったようで、リゼはまだくーくーと寝息を立てている。そんなリゼが愛おしくて、髪にキスをして抱え上げた。
「……メアリクス様、我々がリゼ様をお部屋までお届けしましょうか?」
「いや、大丈夫。僕がリゼと少しでも一緒にいたいだけだから」
そう言うと、使用人達は「そうですか」とニヤニヤ笑って屋敷の玄関を開けた。
最初は青色などの恐怖や警戒を表す色ばかりだった使用人達は今、オレンジやピンクのような柔らかい色を纏っている者ばかりで、これもリゼがいてくれたおかげだと口角が上がるのを感じた。
リゼが普通に僕に話しかけるから、使用人達も僕のことをそれほど怖くないのかもしれないと思い出したらしい。最近では、リゼに贈るプレゼントの相談に乗ってくれたり、リゼの様子を教えてくれたりもする。むしろ最近、お節介すぎてうざったいと思っているぐらいだった。
最初はリゼ以外にならどう思われてもいいと思っていたのに、やはり暖かい色をした世界は僕に優しくて、ずっとそこにいたくなる。
この世界を守るために、誰にも口出しさせたくない。口出しなんて、させない。だから付け入る隙がないくらい完璧になるのだ。僕の世界を壊されないように。
僕は気合いを入れ直し、眠るリゼをベッドへ寝かせた。
「ねぇ、リゼ。目覚めたら全部忘れたなんて言わせないから。僕のこと煽ったんだから、覚悟は出来てるんだよね…?」
リゼが起きたら、絶対に仕返しをして真っ赤になって慌てる様子を見ないと気がすまない。
そう思って、僕はリゼの部屋を後にした。
その数時間後。
ブランシェット家の屋敷に、リゼの悲鳴が響き、もう2度と薬物実験には手を出さないことを誓ったという。
実は医務室を覗いて、真っ赤になっていたマリア様がいたりいなかったり…?(ご想像にお任せします笑)
そして、輝夜様とまる。様から素敵なファンアートをいただいてしまいました!やったー!!
活動報告欄に貼ってあるので、ぜひ覗いてみてください〜!!
そして、ついにマリア様のスピンオフを投稿しました!!
『転生令嬢マリアベルは絶対に推しと結婚したい!』
というタイトルでやっています!!
もしよければ覗いてみてください!




