21. 私の推しが今日も最高に尊いので、全力で幸せにする!
ルーシア様と話してから数日が経った放課後。私はまだ、覚悟を決めきれずにいた。
「あのね、メア様との話なんだけど、もしかしたらメア様が私のことを好きなのかもしれない可能性が出てきて」
「……」
「いや、分かってる。思い込みヤバいよね。でも、オタクは推しと目があっただけで「好きです好きです、え、目があったってことはもしかして推しも私のこと…?」ってなるチョロい生きものだから許して欲しい」
「……」
「いやいやいや、本当に自惚れですよね。考えれば考えるほど分かんなくなって、これが妄想か現実か分からないんだよね…えっ、大丈夫?私って今本当にここにいる?」
自分で話していてもよく分からなくなってきた。目の前で話を聞いてくれているルルカとマリア様は、目を細めてこちらを見ている。
「……この後に及んで、まだ覚悟が決まらないのかしら」
「本当ですよ。こっちが見てて恥ずかしくなるぐらいなのに、本人無自覚な意味が分からないんですけど」
「…ふ、2人ともひどい…」
いくらなんでも辛辣すぎる。それにしても、最近知り合ったわりに意気投合しすぎではないだろうか。
「いや、確かにメア様と話し合うって決めたのは私です。私ですとも。でもさ、てことはずっとメア様は私のことを好きでいてくれたってこと?本当に??そもそも、勘違いだったら痛すぎない?」
「「……は?」」
「私はメア様のこと好きだけど、すごくすごく好きだけど、迷惑だったらどうしよう。「僕の好きは家族愛なのに、勘違いしちゃったの?」とか言われたら立ち直れない……」
ルーシア様と過ごしてから数日考えたが、「やっぱりメア様は私のことが好きだったのね!」なんて気持ちに、すぐに変われる訳がない。というより、やっぱり釣り合わないよなぁ…と思って落ち込んでしまう。
私がモヤモヤしていることを気にかけてくれたルルカとマリア様が開いてくれた会だが、もうすでに2人からの視線が厳しい。
最初に口を開いたのは、その美貌を台無しにして、まるでチベットスナギツネのような目で私を見ていたマリア様だった。
「……あの。もうこの際だから言いますけど、リゼさんてば恵まれすぎですからね!?私なんて令嬢スタートとはいえ、ユー様に認知してもらったのだって最近なんですから!!初期位置恵まれすぎです!私も!!ユー様と同居したかったのに!!!」
「それは…すみません…」
「それに、リゼさんがメア様を好きで何が悪いんですか!?まだ直接言われた訳でもないのにそんなこと言わないでくださいよ!私なんて10年ぐらいユー様のために生きてますけど、ずっと好きですけど、向こうは私のことなんてまだまだほとんど知りませんけど、迷惑でも好きでいるって覚悟ありますから!!」
マリア様は、話していくうちにヒートアップしてきたのか、声の大きさがドンドン上がっていっている。
「推しに恋して何が悪いんですか!?だって、人に紹介したいほど好きなんですよ!?自慢したいじゃないですか!!私の好きな人、素敵でしょって言うのと何が違うって言うんですか!?」
「た、確かに…」
好きになって当然だというマリア様の言葉は、痛いほど私の心に響いた。きっと、誰かにそう言って欲しかったのだと思う。好きになることを許して欲しかったのだと。
でも。マイプリのヒロインは、メア様のことを幸せにして終わった。私がメア様にガチ恋じゃなかったのはきっと、「メア様はヒロイン相手だからこういう一面を見せるんであって、私じゃ無理だな」と、心のどこかで思っていたからのような気がする。
目の前にいる2人はとても魅力的で、私じゃヒロインになれないんじゃないか、幸せに出来ないんじゃないかと、考えてしまう。
「でも、本当に私がメア様を幸せに出来るかな…。私は庶民だし、2人みたいに可愛くないし…」
悩みをポツリと口に出すと、
「「は?」」
と、2人の低い声がハモって、肩身が狭い。
え、なんで私こんなに怒られてるの…?私の話を聞いてくれる会じゃなかったっけ…?
これ以上、釣り合わないとかヒロインじゃないとか口にしたらどうなるか分からない、と思って言葉をそこで止めると、今度はルルカが口を開いた。
「…これは秘密だって言われてたけど、あんまりにも鈍いから、もう言うわね。実はメアリクス様が、あなたとデートする前に、私にリゼが好きそうな店が知りたいって聞いてきたことがあるの」
「………え?」
「しかも前日に下見まで行ったって。それに、劇場に演劇を観に行ったのでしょう? 私が最近人気だと教えたら、3ヶ月前から予約で満席だったのに、家の力を使って強引に2席空けたそうよ」
「うわ〜。リゼさん、本当に愛されてますね。はー、ユー様も早く私のことを好きになってくれないかな…」
「ち、ちょっと待って、信じられない…!」
ルルカの言っていることを直ぐに飲み込めなくて、理解が追いつかない。メアが?デートの下見をしてくれた上に?私のために家の力まで使ってくれて??
それって、どこのフィクションだろうか。
私、もしかして世界一の幸せ者なのでは??
混乱している私に、ルルカは悪戯っぽく微笑んで言葉を続ける。
「信じられないなら、本人に聞いたらいいじゃない?」
そして、私の後ろを指差した。
「……そうだね。いい加減、僕も逃げられるわけにはいかないから」
「…ッ…はい!?」
唐突に聞こえてきた声に、心臓が飛び上がりそうなほど驚いた。やっぱり久しぶりに見ても、顔がいい、と少し見惚れてしまう。
……いや違う、今大事なのはなんでここにいるかって話で…!!
「ルルカ…?なんでここに、メア様が…」
「ふふ、私が呼んだからよ。
リゼと会わせて欲しいって頼まれたの」
「…なんで」
「毎日暗い顔してるから、助けてあげようと思って。メアリクス様に言いたいことがあるのでしょう?」
「それは、そうだけど…!!!」
だからって、こんなに急にメアに対面するなんて聞いてない。久しぶりのメアは本当に心臓に悪いから覚悟が必要なのに…!
それに、今までオタクの生命維持活動であるメア様供給がないところに、だ。苦しくて恋しくて、言いたいことが山ほどあるのに、言葉に出来ない。
すると、メアが私に手を伸ばして椅子に座っていた私を強引に立たせた。そして、恋人繋ぎにしてルルカとマリア様に見せる。
それはまるで見せつけているかのようで、頬が熱くなった。
「ッメア様、何す…」
「ちょっとリゼ借りてもいい?」
「「どうぞ」」
「即答!?」
ルルカはニヤニヤしているし、マリア様は目を輝かせているし、メアには手を繋がれているし、最早逃げ場がない。
私はメアに連れられるがままに、近くの空き教室へやってきた。
「あのさ、もう単刀直入に言わないと気づかないみたいだから言うけど、僕、ずっとリゼのこと好きだから」
これが、空き教室の扉を閉めて言った、最初の一言だった。まさか最初から直球でくると思わずに身構えていなかっただけに、赤かった頬がさらに赤くなる。
目を逸らそうとしても、メアの真剣な顔から目が離せなくて、ついじっと見つめてしまった。
「そ、れは…」
「…好き。大好き。家族愛とかでも恩人としてとかでもなくて、女の子として好き。分かった?」
「……へ、いや、えっ…?」
メアの口から発せられる言葉が信じられなくて、何も考えられなくて、嬉しいのに何だかこの場所から逃げ出したくなる。それに、メアの真剣な視線と熱の篭った声で、頭がぐずぐずに溶けてしまいそうだ。
目の前のメアの真剣な視線から逃れたくて少し後退ったが、メアに手を掴まれて腕の中に閉じ込められた。メアは壁に手をついて、私にグッと顔を近づける。
無理無理無理、顔が近い。顔がいい…。
「ッひぃ…」
「……逃げないで。ちゃんと言うから、聞いて」
「はっ、はいッ」
耳元で囁かれた、艶のあるメアの声に、腰が砕けそうになる。
いつから!?いつから、そんな色気まで習得してしまったんですか!?!?そういうのは早めに教えて貰わないと、こっちの生命が危ないのですが!?
頭の中がパニックで、私には裏返った声で返事をすることだけで精一杯だった。
これ以上何かされたら死んでしまう。そう思うのに、もっと聞きたい私もいて、どうにもならない。
「リゼの笑った顔が好き。いつも楽しそうなところが好き。テンションが高いところが好き。
不機嫌そうな顔も、泣きそうな顔も全部好き。僕に近づかれて照れるリゼが好き。
全然僕の気持ちに気づかないのは悔しいけど、天然なところも好き。パンケーキを食べて幸せそうな顔をするのも、演劇に感情移入して泣いちゃうような純粋なところも好き。
あとは…」
「ッ、もういい!もう大丈夫!!」
私は、スラスラと言葉を続けようとしたメアの口を強引に塞いだ。ダメだ、これ以上こんなものを聞いていたら本当に溶けてしまう。
しかもそれを言うのは、蜂蜜と砂糖を混ぜたようなドロドロに甘い声で。さらに、この顔面凶器が言うのだ。もう限界だ。恥ずかしくて恥ずかしくて、どうにかなってしまいそうだ。
それなのに、メアは私を許してくれるつもりはないらしい。
「……さっきクレセント嬢に言ってたの、聞いてたから言うけど。リゼがもしこの立場が煩わしいなら2人で駆け落ちしてもいいし、僕にはリゼが世界で一番可愛いと思ってるから」
と、真面目な顔で言うから、泣きそうになる。
ずっと、ヒロインでありたかった。もしくは、悪役令嬢ほどの美貌と地位が欲しかった。メアの隣に並んでも恥ずかしくないように。釣り合うように。
それなのに、メアの言葉でそんなことはどうでもよくなってしまう。悩んでいたことをあっさり解決してくれたメアの言葉に、泣きそうになって目を逸らしたのに、メアは私の顔を覗き込んでくる。
「こっち見てよ」
「無理、死ぬ、恥ずかしくて死んじゃう…」
「……まぁいいや。悶えてるリゼも可愛いから許してあげる。これ、昔リゼが僕にしたんだよ。あの時の僕の気持ち、分かってくれたでしょ?」
「ッ分かりました!!それはもう本当に!!だから、もうやめ…」
「え?やだ。やめない」
「ひぇ……」
殺される。本当に、殺されてしまう。
這ってでも逃げ出したいが、腰が砕けている上に足もガクガクだし、壁に支えられてどうにか立っているようなものなのに、逃げ出せるわけがない。
私を閉じ込めて艶やかに笑っているメアは、クスクスと声を上げて、ガブリと私の耳を甘噛みした。それに驚いて、「ひゃっ…」と声をあげてしまう。
「ッ…!?なにするの…!」
「リゼがこっち見てくれないから意地悪しちゃった。……リゼが悪いんだよ?ほら、早くこっち見てくれないと、これ以上のことしちゃうかも」
「………ッ!!」
私がオイルの切れたロボットのような動きで頷いたのを見て、メアはやっと私の耳を放してくれた。
それでも、至近距離にメアがいることは変わらない。メアの紫色の瞳は熱で潤んでいて、それが余計に色っぽく見えて息耐えそうになる。
私達は数秒間見つめあって、先に口を開いたのはメアの方だった。
「僕がリゼのことを好きだとか信じられないって言うから、分からせてあげた。これで満足?」
「…まっ、満足です!!この上ないほどに!!」
もう十分、分かった。苦しいほど分かった。
だからもう、助けて欲しい。
確かに、ルルカやマリア様の言う通り、今まで気がつかなかった私が悪いのかもしれないけど、これ以上は私の命が危ない。
そう訴えたけれど、メアは全然私を放してくれる気配がない。
「…まだ、リゼの気持ち聞いてないんだけど」
「……あ」
「僕のこと好き?」
「〜ッす、好きです!大好き!!」
口にしただけで、頬がさらに熱くなる。きっと今の私はゆでだこのようになっていることだろう。
しかし、まだまだメアの合格ラインには達さなかったようで。
「どういう意味で?」
「へ……」
「それって、どういう意味の好き?」
ニヤニヤと笑うメアはきっと、もう分かってる。それなのに、わざわざ私に言わせようとするのは、私がメアの気持ちに全然気がつかなかった罰なのだろうか。
私はきっともう、一生メアのこと以外好きになれない。そう思うぐらいメアのことが好きなのだから、観念するしかないのだろう。
それに、メアが私を選んでくれたのだから、精一杯の気持ちで返さなければならない。
そう思って、何とか口から言葉を捻り出す。
今までずっと、煩ってきた、募らせてきた想い全てを届けるのだ。
「〜ッ好き。メアのことが、恋愛的な意味で、……大好き。これからもきっとメアオタクなのは治らないし、きっと顔がいいとか言っちゃうし、すぐ限界になっちゃうと思うけど、メアのこと好きな気持ちは誰にも負けない自信あるし、世界一幸せにする自信、あるから!!!」
私は、覚悟を決めて息を吸い込んだ。
「だから、ずっと側にいさせてください…ッ!!」
「それ絶対僕のセリフでしょ。……まぁいいや。リゼの気持ちは分かったし。まぁ、これでもし家族愛とか言われてても逃してあげるわけないけど」
私の決死の告白に、メアはふわりと嬉しそうに微笑んで私の手を取る。
そして、左手の薬指に、紫と黒の宝石が嵌ったアンティークの指輪を嵌めた。それは、2人でデートしたときに私が見ていた指輪だった。
「これ、結婚指輪の予約だから。記念日だから貰ってくれるでしょ?」
「………ッ……めあ、私…」
「泣かないでよ。こんなのまだまだ足りないから。僕の気持ち、もっと重いから覚悟しといてよね」
「…ピアスのことも婚約のことも、私に黙ってたもんね」
「あれ、聞いちゃったの?でももうこれ嵌めちゃったから、リゼは一生僕のものね」
そう言って笑い、私の薬指に嵌めた指輪に口づけたメアは、私がこの世界でメアと会ってから見たどんな顔よりも綺麗で、好きだと思った。その笑顔に、胸がギューッと苦しくなる。
もう片想いじゃないのに、愛おしくて苦しい。しんどいほど、心が痛い。
きっと、私達はずっと隣にいたけど、1次元離れた場所にいた。そんな私達の距離が今、ようやく0になったような気がする。
2次元のままなら、ドキドキしているだけでいられたのに。3次元になってしまったら、ただ隣にいるだけで胸が苦しい。しんどい。
きっとこれからは、2次元のように都合のいいことばかりではないだろう。もしかしたら、側にいることが辛い日も来るかもしれない。
それでも、ずっとこの笑顔を隣で見ていたいと思った。この人を一生、幸せにすると誓った。
「…ッ世界一尊い私のメアを、私の一生をかけて幸せにします!!」
これにて本編完結です!!!
今までお付き合い下さり、本当に本当にありがとうございました!
これから、ゆっくりにはなりますが番外編を投稿する予定ですので、ブックマークはぜひそのままで!
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