P8 善意が報われるとは限らない
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今日はもう一つ、書くことができた。
さっきエルドに、
「黒い聖母の討伐、本当にどうにもならないのか?」
って聞かれて、モヤモヤしている。
私の判断を疑ってる?
それとも、上の顔色をうかがってる?
どちらにせよ、自分を理解してくれていると思っていた幼なじみにそう言われるのは堪えた。
子供の頃のエルドは、どんな時も私の味方だった。
院長に、魔法の覚えが悪いと殴られれば、冷やした布を差し入れてくれた。
治療を失敗して食事を抜かれれば、自分の食事を分けてくれた。
里親が決まり、孤児院を去るときには、私の部屋の鍵を開けていってくれた。
あの頃のエルドと、今のエルドは違うんだろう。
……当たり前だ。私だって、違う。
エルドもエルドで私の変化に戸惑っているのかもしれない。
子供の頃の私は、今と違って確かに『献身と慈愛』を持っていた。
自分の力を使って金儲けをする院長を憎み、
病に苦しむ貧しい人々を助けたいと、本気で思っていた。
だから、エルドに
「神殿に行くんだ。ミリアみたいな子は、本当は6歳になったら保護される」
「院長みたいな人に利用されないように」
そう言われても、無視した。
自分のことなんてどうでもよくて、孤児院から出たらすぐ貧民街へ行った。
人を治して回ったら、とても感謝された。
嬉しかった。幸せだった。
でも、知った。
そのうち「ありがとう」は「もっと」に変わることを。
施される側は、与えられ続ける己の無力さから目をそらすため、施す側を憎むようになるのだと。
本当に疲れ果てて、治療を断ったある日。
私は殴られた。
「なんで治療してくれないんだ!」
「いつも助けてやったって顔しやがって! 偉そうに!」
誰も助けてくれなかったけど、通報はしてくれたらしい。
翌日、私は神殿に保護された。
みんなより遅れて、見習い聖女になった。
神殿で「献身と慈愛こそ聖女の資質」と説かれた時、私はもう、それを捨てていた。
あんなことがあってなお、人を助けようと思えるほど、私は強くなかった。
そして人は、いつまでも施される側でいられるほど、弱くもいられないのだ。
だから、釣り合いの取れないことは、しない。
そう決めている。――いる、けど。
「ミリアなら、できるだろ?」
エルドに期待されると、心がうずく。
私が本気を出して仕事をしていないことを、彼は知っているから。
昔の私を知っている彼からすれば、今の私はかなり幻滅だろうな……




