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031.人目が気にならないから余計にヤバい

「よし、じゃあそろそろ帰るか」


 ショップを出て1階に戻るためにエスカレーターの方へ歩み出し、だが蒼月(さつき)がついて来ないことに気付いて真人(まこと)は振り返った。


「……ん、蒼月?」

「兄さん」


 蒼月は少しだけ何やら思い詰めた様子で、胸の前で拳を握っていた。

 彼女がキッと顔を上げた。その頬が赤く染まっていてちょっとドキッとする。


「わ、私とも、デートして下さい!」

「…………は?」


「だ、だって!陽紅(はるか)とは昨日デートして来たんでしょう!?」


 い、いやデートっていうか普通に買い物してだけで…………

 いや待てよ?周りの目にはどう見えただろうか。


 頭から爪先まで下ろしたてのおめかし姿の銀髪美少女と、朝から待ち合わせしてレストランでフレンチ食べて買い物して、福博タワー登って夕暮れの浜辺で戯れて…………


 いやデートじゃん!どっからどう見てもデートじゃん!


 今さらその事実に気付いて、真人の顔がかっと赤くなる。

 それを目ざとく見て取って、蒼月が頬を膨らませる。


「ほら!やっぱり陽紅とデートしたんじゃないですか!」

「い、いやあれはデートっていうかだな……」

「違うっていうんですか!?じゃあどうしてあんなに帰ってくるの遅かったんですか!?」


 そう言われると返答に困る。確かに買い物だけなら夕方には帰ってきていないと筋が通らない。買い物を終えたあともふたりで遊んでいたのは事実だったから、真人は咄嗟に言葉が出なかった。

 いやでも、思い返せば昨日の陽紅は本当に可愛かった。普段見慣れぬ清楚な服装もそうだが、スタイルがいいからいつもより大人びて見えたし、浜辺で波と戯れる姿は本当にドキッとさせられて……


 いや違うよ!?妹として(・・・・)可愛かっただけだからな!?


 そして目の前にはもうひとりの()が、自分のことも構えとぷりぷりしながら迫ってきている。

 うん、そうだよな。ふたり平等に扱うって、どっちもちゃんと可愛がるってあの時決めたもんな。だったら蒼月とも遊んでやらないとな!


「あー、うん、そうだな。分かったよ。確かに陽紅とだけ遊んで蒼月とは遊ばないってのも不公平だよな」


 観念したような顔でそう言うと、たちまち蒼月は今日イチの笑顔になった。


「やったぁ!兄さん大好き!」


 そしてそう叫ぶやいなや彼女は真人の胸に飛び込んできた。

 いやいや待て待て!子供じゃねえんだから!もうひとりの年頃の女の子なんだから、そんな簡単に男に抱きつくんじゃない!


「“兄妹”だからいいんです!」


 いいのか……?うん、いいんだよな……?

 ていうかガチで抱きつくんじゃない!陽紅と比べちゃうからあんまり大きくないとか思ってたけど、蒼月は蒼月でしっかり柔らかいな!?


 内心慌てつつ、でも乱暴にならないように蒼月がショックを受けたりしないように、真人はそっと彼女の肩に手をかけてそっとその身体を引き離した。


「とりあえず、抱きつくのはやめなさい」

「えー」

「えー、じゃない。ほら、人目もあるんだから」

「だからです。見せつけてるんですよ?」


 いや誰に!?


「だって今、兄さんは私のものだもん!」


 蒼月はそう言って、また抱きついてきた。

 いや懐かれるのは嬉しいし、こんな美少女に抱きつかれて正直まんざらでもないんだけど……参ったなあ。


「兄さん……ギュッてして下さい」


 胸元から小さく、そして甘えた声。普段は大人しくて、年齢よりも大人びてしっかりしている蒼月がこんなに甘えてくるのは滅多にないことで、それがまたドキッとさせられる。

 そのドキドキの正体が何か理解しないままに、真人は彼女の肩をそっと両手で抱きしめた。


「嬉しい……」


 本当に、心から幸せそうな呟きが聞こえてきて、ショート寸前の頭で真人はぼんやりと思った。


 まあ、喜んでるなら、いっか。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 真人と蒼月はワオンモール福丸内に併設されている映画館に入った。蒼月が一緒に見たいと言ったからである。デートを了承してから彼女はずっと花が綻ぶような笑顔のままで、真人はその輝きが直視できない。だというのに左手はしっかり彼女の右手に絡めとられて逃げることも不可能だ。

 いやあの蒼月さん!?この指の絡ませ方はいわゆるひとつの恋人繋ぎと言ってですね!?


「今だけ。今だけは私は兄さんの“彼女”です!」


 かかかか彼女!?


 あなたいつの間にそんな上目遣いで小悪魔チックな……!クッ!可愛い!


 蒼月が選んだのは最近公開されて話題になっている恋愛映画だ。それもベッタベタの、恋人同士じゃなきゃ到底見に来れないやつである。

 館内に入ってチケットを買って(もちろんデートなんだから真人が出した)、上映中に飲食するドリンクを選んだりポップコーンのフレーバーを選んだり。


「兄さんなに飲みます?」

「えー、俺はコーラでいいや」

「ポップコーンって、味の種類がこんなにたくさんあるんですね!どれにしようかなあ」

「蒼月が食べたいのを選んだらいいよ」


(うわ見て!あそこの彼女さんメッチャ可愛い!)

(うわー、見るからに彼女に無理やり連れてこられた感満載やなw)

(“兄さん”だって。全然似てないけど従兄妹同士なのかな?それとも幼馴染?恥ずかしがって兄呼び?どっちにしろ可愛い!)

(ていうか女の子モデル級なのに彼氏のほうパッとしねえな?)


 いや聞こえてるよ!?聞こえてるからねそこのギャラリーども!?


 日曜日だったが館内は満員とまではいかず、だがガラガラでもない8割ほど客席が埋まった状態で上映が開始された。蒼月と真人は中央列やや後方の位置を確保して、ふたり並んで映画を堪能した。

 いや堪能したのは多分きっと蒼月だけだが。


 飲み物はそれぞれで買ったが、ポップコーンはラージサイズをひとつ買っただけなので、上映中に食べようとすれば必然的に手が触れ合う事にもなる。


「あっ」

「あっ、悪い」

「ふふ。兄さん、私が食べさせてあげます」

「……えっ。い、いいよ」

「はい、あーん」


 ってもう()っそい指先で摘んでるじゃん!ていうかそれを食えと!?その綺麗な愛らしい指を俺の口につつつつ突っ込むつもりか!?

 クッソ!暗がりで人目が気にならないからってあからさまに大胆になってきてんな蒼月!?


「あーん」


 しかも有無を言わさねえ勢いだなおいぃ!?


 とはいえ蒼月に恥をかかすこともできない。いや多分誰も見てはいないが、拒否すれば結局彼女が悲しむので真人としては食べる以外に選択肢がない。

 そうして何度も華奢な指先で口元に運ばれ何度も食べさせられ、極力歯や舌を指に当てないように、それどころか息さえかけないように細心の注意を払って全身全霊で耐えていた真人は、ぶっちゃけ映画どころではなかった。しまいには自分でポップコーンを取ろうとしたら「めっ」の囁きとともに手をペシッとされる始末だった。

 いやそんなトコまで可愛いかよ!?



「ふふ。映画、楽しかったですね!」

「えー、その。……うん、悪い。内容ほとんど憶えてないや」


 だってほぼほぼ蒼月(おまえ)のほう見てたしな!


「うふふ。実は私もです」


 いやお前もかよ!?ってそうだよな!ずっと俺に餌付けしてたし、ポップコーンなくなったらなくなったで俺の手握って俺の顔見てたもんな!


「次はどこ行きましょうか♪」

「え、まだどっか行くの!?」

「当たり前ですっ!陽紅と同じぶんだけ構ってもらいますからね!」


 で、デスヨネー……。







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