31.アリバイトリック詐欺に要注意!
「蛭間……堅蔵氏に……アリバイを詳しく……教えて……もらおう」
河井さんは苦い顔でそう言って、蛭間氏を止めようとしていた警官の方に駆けて行った。いいとこどりしやがって……東堂さんから舌打ちの音が聞こえたような気がする。
僕も同じだ。できれば、あの男の取り調べはしたくない。
「あっ。東堂さん。ちょっと、僕トイレ」
僕が逃げようとしたところ、東堂さんの足蹴りを食らって倒された。そして、冷酷な一言。何故、蛭間氏にしていた目の色を僕に見せるのか……本当に悲しい。
「漏らしなさい……何が何でも陽介君と一緒に話を聞きましょう?」
「分かったから、僕を睨まないで……」
彼女も厳しい男が苦手らしい。
結局、僕と東堂さんで蛭間氏に近寄った。すると、彼は鬼のような顔でこちらに威圧感のある言葉を放ってくる。
「小童どもが……何をするつもりなんだ? さっきから事件現場に近づいて、一番怪しいのは貴様らしかいないだろ! おい! そこの警官、何故俺が疑われてるんだよ! 疑うのは現場を荒らした此奴らだろう!」
「悪いんですけど……私、えっとその。ええと」
東堂さんは年上の相手を訴えたり、睨んだりすることが苦手みたいだ。こういうのが得意な人って……確か。不安が込みあがって、一回吐きそうだ。
「アタシたちは全く事件現場を荒らしていないわ! というか、何であんたがアタシたちが現場を詮索してたことを知ってるわけ!?」
「ふ、古月さん?」
「だから……ふぎゃあ!?」
声を荒げた彼女がリビングへと突入を計る。しかし、ドアにぶつけて倒れてしまった。とても格好悪い……。
僕は呆れてリビングの中央にあるテーブルに手をつけた。そう言えば、ここから少し距離(七、八メートル位)はあるが、電話のところに白い紐が置いてあったのが見える。死体が電話の前でこちらに背を向け、死んでいたのがたやすく想像できた。やっぱり、何となく怖いなあ。
目を半開きにした目をそちらに向けていると、肩に古月さんの小さい手が乗った。
「何……その最悪な目」
「い、いや。ただ死体を見てただけで」
「へえ。アタシを死んでると思ったんだ?」
「うわあ! 今は今は、落ち着いて!?」
そこへ蛭間氏が近くにあったテレビのリモコンをこちらの頭にブチ当てようとしていた。な、何を……。
「黙れ! この若造を追い出せ……! 遊んでいる馬鹿どもを追い出せ!」
リモコンは床に穴を開けて、僕たちを震え上がらせた。警官も大人しく僕たち四人が外に出るよう促す。
「分かった……もういい……みんな……いきましょ……だいたい……分かったから」
彼の性格を把握した僕たちは河井さんの指示とその恐怖によって、現場を離れることとなる。これで十分なのか……
廊下で河井さんが話してくれたアリバイの詳細。
蛭間氏は午後二時三十分頃から五十分頃、友人と電話をしていたらしい。その友人が悲鳴を聞いてはいなかった。だから、事件現場にいなかった……という訳だ。通話の相手によると、最後は蛭間氏が乱暴に切ってしまったらしい。
僕はその話を耳にして、真っ先に河井さんに確認を取る。
「ねえ。あのさあ、一応これって僕たちが電話しなかったら、アリバイは成立しなくない?」
「……そう」
「あっ!」
「そういうことっ!」
僕は「あー」と悲しさを声に出した。何か、全員思いついてるのに僕だけ何も思いついていないなんて。このアリバイトリックを解けたのか。真実なのか。
分からない……拳に力を入れて、汗を絞り出す。……考えるんだ。
「コンビニがあって。ええと、他に何かあって……ええと、何で何が分かったんだ!? ダメだ。まず、現場に録音機があったんなら、分かるよ……だけど」
「先入観に……囚われてない……」
彼女が薄暗い闇に隠れて、そっとヒントをくれた。
先入観……何が?
「電話……だよ……うちら……まだ、経験してなかったから」
「経験ってなんだ? 初体験なんか知らないよ。全く!」
その声が響いたのか、古月さんや東堂さんのひそひそ話が耳を掠った。何か、途轍もなく恐ろしい勘違いをされているみたい……。
気にせず、腕に頬杖をついて思考を展開する。頭の中に広がる靄で前を直視することができなかった。欲しい。その靄を晴らす手がかりが! アリバイは、何がおかしいんだ?
出たのは、彼の父親。彼はまだ死んでいなかったはず。そこで僕は悲鳴を聞いた。……それがアリバイになっているということは……死亡推定時刻と合わせれば、蛭間氏のアリバイが危うくなるかもしれない。
何か体から湧き上がってくる。謎を解いた……見つけた瞬間、とても熱くて自分の力になりそうなものが湧き上がってきた!
あと少し、アリバイを完全に崩したい。何か……ヒントがないか!?
「……電話で亡くなった次郎氏が言ったこと、コンビニと合わせると少し滑稽だと思わない?」
闇を背に訝しく笑う古月さんの言葉に一つの単語が記憶の底から張り巡らされていった。
「A・T・M」
庭へ出る。
星が満ちた空。真ん中に真珠のように輝く一等星――今にも流れ出しそうな――を見つけ、僕は声を上げた。
「ねえ! 今日はもう帰ろう!」




