第5章:お兄様VS王子・賑わう会場(青い宝石編)
二人を下がらせ私はドレスの裾を持ち上げると、太ももに巻いたホルダーに青い宝石を隠す。
首に付けておきたいところだけれど、胸元が空いたドレスでは隠すことが出来ない。
貴族が集まる場、それに第一王子までくるのだから用心するに如くはないわ。
暫くするとトントントンとノックの音が部屋に響き、ゆっくりと扉が開く。
セリーナが私の前へやってくると、扉の先にお兄様が優しい笑みを浮かべていた。
いつもと変わらぬその笑みに動揺する。
まるで何事もなかったかのように……いえ、わかっているわ。
今、ここで返事をするべきではない。
不自然な態度を取れば皆に怪しまれてしまう。
私も平然を装わないと……。
そう言い聞かせるが、何とも言えない想いが込み上げると、兄の顔を真っすぐに見られない。
「お嬢様、大丈夫でございますか?」
動こうとしない私の様子に、セリーナは心配そうに顔を向ける。
その表情に私は慌てて顔を上げると、大丈夫よとニッコリ微笑んだ。
視線を下げながらセリーナの後を追いかけ兄へ近づいて行くと、震える手をそっと重ねたのだった。
馬車へ乗り込み、お兄様と二人っきり。
何とも言えない沈黙に包まれると、私は膝に手を置きギュッと強く握りしめた。
返事をしないと……だけどなんと言えばいいのかしら……。
お兄様のことは好きだけれど、家族としてで……だから……ッッ。
恋愛事で悩んだことのない頭はパンク寸前。
グルグルとあーでもないこーでもないと悩んでいると、目の前がクラクラしてくる。
早く言わないと、でも……あぁもうッッ。
緊張で手に汗を握っていると、大きな手が私の手を包みこんだ。
「悩ませてしまってごめんね。優しい君だからこそ、こうなるとわかっていたよ。前にも言ったけれど本当に伝えるつもりはなかったんだ。だから返事はいらない。あの言葉は忘れて、今まで通り兄として慕ってくれればいいんだ」
私はゆっくりと顔を上げると、ブラウンの瞳が目の前に映る。
優し気なその瞳の奥が微かに揺れた。
ここで兄の言葉に甘えればきっと楽だろう。
だけどそれは大好きな兄を傷つけ続けるのかもしれない。
そう思うと素直に頷けなかった。
「お兄様……だけど私はッッ」
「大丈夫、僕にとって君が大切なことは変わらない」
私の言葉を遮るようにそうかぶせると、兄はニッコリ笑って私の頭を優しく撫でた。
有無を言わさないよと笑みから伝わると、何も言えなくなる。
私は只々頷くしかなかった。
そして馬車はゆっくりと進み、エメリーンの屋敷へ到着すると、そこには名のある貴族たちがズラリと集まっていた。
第一王子の情報は筒抜けなのだろう、皆どことなくソワソワしている。
そんな彼らを眺めていると、兄は用事があると、私の傍を離れ先へ進んで行く。
彼の背を見送り、私は扇子で口元を隠し足を進めると、そっと辺りへ目を向けた。
会場の入り口から離れた場所に美しい庭園が広がっている。
その奥に木々が邪魔ではっきりとは見えないが小屋の屋根がチラッと目に映った。
図面通りね、あそこに王女がいる。
さりげなくそちらへ近づいてみると、突然腕が引っ張られた。
一瞬動揺するが、私は慌てて平然を装うと、ゆっくりと振り返る。
「ふふっ、会場はそっちじゃないわよ。ごきげんよう、来てくれて嬉しいわ」
「エメリーン……ごきげんよう。あまりに美しい庭園が見えたから……ごめんなさいね」
私はニッコリ微笑むと、会場の入口へと体を向けた。
「ところでルーカス様はどこにおられるのかしら?」
エメリーンは目をキラキラさせながらこちらを見る。
「お兄様なら中へ向かったわ。一緒に行きましょう」
彼女と並びながら会場の入口へやってくると、丁度兄が受付を終えたところだった。
「きゃー、ルーカス様、お久しぶりですわ。いつ見ても素敵ですわね~」
彼女は私を押し退け兄の前へ立つと、うっとりとした表情を見せる。
「あぁ、エメリーン嬢、お久しぶりですね。本日はお招きいただきありがとう」
「ルーカス様でしたらいつでも大歓迎ですわ~」
エメリーンはルーカスの腕を取ると、可愛らしくしがみ付く。
その様子を呆れた目で見つめていると、辺りがざわめき始めた。
そっと後ろを振り返ると、先日街で出会った少年と、その隣には可愛らしい令嬢の姿。
少年と視線が絡むと、あの時と同じように人懐っこい笑みを浮かべ、こちらへ近づいてきた。
貴族たちの視線が私たちに集まる中、少年は私の前で立ち止まると、ニッコリと微笑む。
「ははっ、昨日ぶりだね。こんばんは、僕はカレブ。君はルーカスの大事な大事な妹君だよね」
カレヴは兄へ視線をむけると、親し気に話し始める。
カレヴッッってまさか彼が第一王子なの!?
なら昨日はやはり青い宝石を知っていて近づいてきたのね。
二人の姿を横目に隣に並んでいた令嬢へ顔を向けると、目を見開き口を半開きのまま私の姿を凝視していた。
見たこともない令嬢なのだが、なぜか既視感を感じる。
「どうしてここに悪役令嬢がいるの?」
悪役令嬢?
ボソッと呟かれた言葉に首を傾げると、彼女は慌てた様子で口を閉じた。




