第五章:お兄様VS王子・たどり着いた街:後編(青い宝石編)
そんなアドルフの様子に、私はそっと一歩後ろへ下がると、覗うように辺りへ注意を向けた。
人が行きかう街中をじっくりと眺めてみるが……やはり何も気になることはない。
どうしたのかしら……特に敵意する視線も感じないわ。
「どうしたの……?」
「お嬢、少しここまで待っていてくれ。アランも一緒に来い」
アドルフの言葉に、アランは素直に頷くと、前へと進み出た。
「お嬢様、絶対にここから動かないで下さいね」
「えっ、ちょっと!」
突然の事に茫然とする中、アドルフはアランの腕を掴むと、通りの向こう側へと去っていく。
ちょっと、突然何なの?
追いかけることも出来ぬままに、彼らの背を茫然と眺めると、人ごみの中へと紛れていった。
一体何があったのかしら……?
思い悩むように、その場で立ち尽くしていると、ふと私の前に誰かが立ち止まった。
「お姉さん、どうしたんですか?」
突然の声に顔を上げると、そこにはブラウン髪に、琥珀色の瞳をした少年が佇んでいた。
その少年は人懐っこい笑みを浮かべながらに、なぜか距離を縮めてくる。
その姿に私は咄嗟に後退ると、訝し気に少年へと視線を向けた。
「あなたは……どちら様かしら?」
「あー、僕?このあたりに住んでいるんだ~。お姉さんが困った様子だったから声をかけてみたんだけど……ダメだったかな……?」
少年はシュンっと気落ちした様子を見せると、悲しそうに瞳を揺らしてみせる。
あどけないその表情は、私よりも年下だろう。
整った綺麗な顔立ちで、声を聞かなければ女の子かと思うほどに可愛らしい。
そんな少年をじっくり上から下まで眺めてみると、平民のような服装をしているが……姿勢や仕草が洗練されている。
……平民ではないわね。
私と同じように……平民に紛れた貴族……?
この子は一体……何者なのかしら?
こんな人ごみの中、たまたま私の姿を見て声をかけた……?
私が一人になってまだ数分ほどしか経過していない。
平民に成りすまして……このタイミングで私に話しかけてくるなんて、怪しすぎるわ……。
「困っていないわ、私は大丈夫よ」
そう突き放すようにきっぱり断ると、なぜか少年はパッと瞳を輝かせながらに私を見つめてくる。
「ねぇ、ねぇ、お姉さんは旅行者の方ですか?あまりこの辺りでは見かけない服装だから……」
まだ話しかけてくるのね……。
この少年の目的は何かしら?
少年の顔をじっと見つめてみても、やはり記憶にはなさそうだ。
貴族のパーティーを思い浮かべてみるが……見覚えはない。
この姿で出歩くことはよくあるが、貴族での風貌は全く違うし、こちらに気が付いているとは考えにくい。
なら……本当にたまたま……?
「えぇ……そうね。友人と3人でこの街へ来たの。ガラス細工を見てみたくてね」
「あっ、そうだったんだ。ならその友達は?もしかしてはぐれちゃったとか……?」
彼の言葉に私は軽く首を横に振ると、彼らが去っていった方へと顔を向けた。
「いえ、何か気になるものがあったみたいでね、ここで待っていてと言われたのよ。きっとすぐに戻ってくるわ」
「そうだったんだ、なら僕……取り越し苦労だったんだね。ところでお姉さん……その青いネックレス綺麗だね。この街で買ったの?」
その言葉に私は慌てて胸元へ手を持っていくと、ネックレスを握りしめる。
この少年……まさか……青い宝石について何かを知っている……?
それで私に近づいてきた……?
いえいえ、決めつけるのは良くないわ。
ここは慎重にいかないと……。
もし本当にたまたま気になった声をかけたのなら……変に大事にしすぎると怪しまれる。
大丈夫、これを簡単に奪うことなんて出来ないわ。
宝石は私の意志とつながっているのだから……。
「いいえ、このネックレス知人からプレゼントなの」
「へぇ~うわぁ~本当に綺麗だね。こんな透き通って真っ青な宝石見たことないよ!これってガラス?それとも鉱石?いや~でもこれほどに澄んだ青ってなかなか出せないよね。ねぇ、お姉さんもう少しよく見せてくれない?」
少年はキラキラと目を輝かせながらにネックレスを凝視すると、手を差し出してみせる。
その姿に私はスッと目を細めると、薄っすらと笑みを浮かべながらに、少年を探るように視線を向けた。
この宝石が離れるのは……主が宝石を渡すと判断した時、もしくは何らかの拍子で主から離れてしまった時……。
この少年が宝石を知っていようと知らなかろうと、ここで外すなんてそんなバカな事しないわ。
去って行った二人の事も気になるし……。
私はそっとネックレスから手を離すと、少年へニッコリと笑みを深めて見せた。
「ふふっ、ならもっと近づいてみると良いわ。外すのは面倒なのよね」
私は見せつけるようにネックレスを少年へ向けると、彼は静かに笑みを浮かべて見せる。
その笑みがチラッと目に映ると、なぜか背筋にゾクゾクと悪寒が走った。
「残念……。あっ、僕もう行かなきゃ!お姉さんにはまた会えるような気がするなぁ~」
少年は慌てた様子で背を向けると、大きく手を振りながらに人ごみの中へ消えていった。




