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第五章:お兄様VS王子・記憶の片鱗(青い宝石編)


「あの、その……僕は君の事が好きだ!!!」


「えっ、その……私も……好きです」


これは何時の記憶かしら……。


これは誰の記憶かしら……。


この何とも言えない……込み上げてくる気持ちは、いったい何なのかしら……。


心地よい波の音が響く中、夕暮れの鮮やかな海をバックに向かうあう、二人の男女がそこにいた。

初々しさを感じさせるその様子に、私の胸がほっこりと温かくなっていく。

どこか懐かしいような気持ちに自然と頬が緩むと、気がつけば笑みがこぼれ落ちていた。

そんな中、二人が抱き合う姿を見守るようにじっと見つめていると、視界が次第に霞んでいく。


二人の姿が消え、辺りは真っ赤な夕日に照らされると、どこからともなく、微かに声が耳に響いた。


「彼が知っている……彼が望んでいる私は……もういないの……」


今にも消えそうなその声に振り返ると、そこは一面に真っ青な世界だった。

透き通ったその青の世界の向こう側には、ガラス越しに様々な魚がゆらゆらと泳ぎ、幻想的なその風景はどこか見覚えがある。


ここは……水族館だわ。

どうしてこんな場所に……?

イワシの大群がグルグルと海の中を旋回する中、エイがゆっくりとその中を突き進んでいく。

茫然とするままに辺りを見渡していると、ふと虚ろな瞳をした女の姿がガラス越しに浮かび上がった。

彼女の後ろには……弱々しく笑みを浮かべた男が静かに寄り添っている。


その二人の姿は先ほど海辺で見た彼らだ。

しかしその姿に初々しさはなく、どこか重々しい空気が二人を包み込んでいた。


「君を……水族館に連れていくと約束していたんだ……。一緒に行きたいと君が望んでいたんだ……」


彼女はその声に小さく首を横に振ると、ごめんなさいと蚊の鳴くような声でつぶやいた。

そのまま苦しそうに胸を押さえると、頬には大粒の涙が伝っていく。

その姿に男性はそっと彼女から体を離すと、彼の手が小刻みに震えていた。


「わからない……私は何も思い出せないの……。私は……あなたの事なんて知らない……。もういや……、もう嫌なの!!放っておいて!!!」


彼女はそう言い捨てると、逃げるようにその場を走り去っていく。

青の世界へ消えていく女と、その場に取り残された男。

残され男は暗い瞳を浮かべたまま、その場から動く事が出来ない様子で立ち尽くすと、彼女が消え行く姿を、ただただ見つめ続けていた。



チュンチュンチュンッ、


心地よい鳥の囀りにゆっくりと目を開けると、窓からは眩しいほどの朝日が差し込んでくる。

目を凝らしながらに徐に体を起こすと、自分の隣には誰もいない。

徐に部屋の中を見渡してみるが、お兄様の姿はどこにも見当たらなかった。

やっぱり昨日の事は夢じゃないのね……。

お兄様は……どこで眠ったのかしら……?


彼の姿が頭をよぎると、昨夜の記憶がよみがえる。

いつもの優しい兄ではない……熱情を帯びたその瞳は、知らない男の人のようだった。

触れた唇の感触に熱く甘い吐息に……与えられた痺れるような刺激、そして抗えないほどの強い力。

私を求めるお兄様の姿が鮮明に思い起こされると、頬の熱が高まっていった。


(僕は誰よりも君を愛しているから)


そう囁かれた甘い言葉が頭の中で反芻すると、胸がギリギリ、と締め付けれるように痛み始める。

お兄様が私の事を好きだった……。

もちろん私もお兄様の事は好き、でもそれは……お兄様の好きとは違う。

だって私はお兄様の事を、本当の家族だとそう思っていたのだから……。


でも一体いつからお兄様は私の事を好きだったのかしら。

ずっと婚約者を作らなかったのも……私を想っていたから……?

様々な思いがこみ上げる中、私は頭を抱えると、ベッドの上で一人項垂れていた。

はぁ……どうしよう……どうすればいいの?

どんな顔をして会えばいいの?

それよりも私は……お兄様に返事をしなければいけないわ……。

お兄様は大切な人で……誰よりも近い存在で……、私の事を見守って居てくれた人なんだから……。


ベッドの上から起き上がることが出来ず悄然としていると、トントントンと部屋にノックの音が響いた。

えっ、あっ、ちょっと待って……。

おっ、お兄様かしら……?

私は慌てて立ち上がり扉へと駆け寄ると、その場で大きく息を吸い込んだ。

落ち着くのよ自分……ふぅ……はぁ……心の準備が……、

あぁ……とりあえず自然に……自然に振舞いましょう……。

私は焦る気持ちを何とか抑え込むと、平然に平然に……と何度も心の中で繰り返していく。


そうして冷静さを取り戻していく中、私は震える唇をゆっくりと持ち上げると、はいと静かに扉へ向かって応えた。


「あら。起きておられたのですね、お嬢様。入室しても宜しいでしょうか?」


セッ、セリーナ……。

その声に私はほっと胸をなでおろす中、ガチャリと扉がゆっくりと開いていく。


「おはよう、セリーナ」


「おはようございます、あら……ルーカス様はもう出られたのでしょうか?」


「あっ……えぇ、そう……みたいね……はははっ」


何とも下手な返答を返すと、セリーナは何かを察したのか……それ以上何も聞くことはなかった。



そうして着替えや食事をすませ、セリーナと一緒に外へ出ると、ロビーにはすでに皆が集まっていた。

しかしその中に、お兄様の姿はない。

私は静かにアランの傍へ赴くと、そっと彼の耳元へと唇を寄せた。


「アラン……お兄様は?」


「ルーカス様は急ぎの用が出来たとのことで、朝早くに馬で先に発たれました」


先に……。

アランの言葉に私はどこかひどく安堵すると、静かに深く息を吐き出した。

そうして私は彼らに連れられるままに馬車へと乗り込むと、お兄様のいない旅路を進んでいったのだった。

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