第五章:お兄様VS王子・夜会へ:中編(青い宝石編)
馬車が動き始めると、私はそっと瞳を閉じる。
ガタガタと揺れながらに、ゆっくりゆっくりと進んでいくと、屋敷を出て、街へと向かっていく。
肩越しに兄の温もりを感じる中、口からは大きな欠伸が飛び出した。
はぁ……馬車は憂鬱だわ。
何といっても遅すぎる……。
昔の人は一体この時間、何をして暇をつぶしていたのかしら……。
私は大きく息を吐きだすと、窓の外へと視線を向ける。
見慣れた街の風景が移り変わっていく中、馬車は舗装された道を進み始める。
そうして関所を抜け、なだらかな山道へ入ると、艶やかな木々が風でユラユラと揺れていた。
街から離れると、そこは危険地帯。
道中……山賊や追剥などに狙われる中、流石私の部下……私の出る幕は用意されるこのがないままに、蹴散らしていった。
彼らの実力を考えれば、怪我をする心配もない。
馬車から見る限り……破落戸ばかりだ。
戦闘は好きではないが、体を動かすことは好きだ。
こんな狭い個室に閉じ込められているなら尚更に、その気持ちも強くなる。
彼らが戦闘する様子を窓の外から羨まし気に眺めていると、お兄様に行かないようにと念を押される中、私は苦笑いを浮かべながらに頷いて見せた。
そうして旅はスローモーションで進み、道中何度か休憩を挟む中、通常馬で駆ければ5時間もあれば到着する街に、倍以上の時間をかけて到着する。
やっと宿屋へ到着した頃には、外はすでに日が沈み、蒼紫色に染まっていた。
ありえない……。
もう馬で走らせてくれないかしら……。
私はお兄様のエスコートで馬車の外へと降りると、そのまま用意された宿屋へと入って行った。
中へ入ると先に受付に向かっていたセリーナに、深く謝を下げながら、必死に謝り倒す店主の姿が見える。
どうしたのかと思いそっと近づいてみると、セリーナ困った様子を浮かべていた。
「お嬢様……申し訳ございません。本日ご用意したはずのお部屋が、一つ確保出来ていなかったようでして……。現状一部屋しかないそうなんです。私、すぐに別の宿屋へあたってみますわ」
「あら、構わないわよ。一部屋あれば十分じゃない。私とお兄様で一部屋、これで問題はないでしょ?あなた達の部屋はちゃんと確保出来ているようだし」
私は土下座する店主へ視線を向けると、ニッコリと笑みを作る。
「えっ、お嬢様待ってください!!一部屋という事は……ベッドも一つなんですよ」
「ふふっ、私たちの部屋なら大きなベッドが用意されているでしょ。二人で寝るぐらい問題ないわよ」
焦るセリーナへそう答えると、私はお兄様へと視線を向ける。
すると兄は呆然とした様子で、佇んでいた。
「お兄様、私と同室でも構わないかしら?今から宿屋を探すとなると中々見つからないと思うのよね」
そう問いかけてみると、兄は不自然な笑みを浮かべ、わかったよと軽く頷いてみせた。
何だかいつもと違う兄の笑みをじっと眺めていると、店主が慌てた様子で立ち上がり、セリーナへ部屋のカギを渡す。
その様子に私はセリーナの後へ続くと、アランやアドルフ、お兄様もやってくる。
案内された部屋に入ってみると、やはり思っていた通り……キングサイズのほどのベッドが用意されていた。
これだけ大きければ、十分よね。
私はセリーナからカギを受け取ると、お兄様と一緒に部屋へと入室した。
流石貴族に用意された部屋だ。
広々とした空間に、豪華な装飾品がたくさん並べられている。
机やソファーはブランド物、クローゼットも服が何十着も収納できるほどに大きい。
セリーナやアランが私たちの荷物を部屋へ運び込むと、セリーナは着替えを片手に私の元へとやってくる。
「お嬢様、先に着替えを済ませましょう。あの……私の部屋でも宜しいでしょうか?流石にここでは……」
セリーナは伺う様にチラチラと男性陣へと視線を向ける姿に、私は深く頷いた。
そうしてセリーナ部屋へいくと、そこには小さなベッドとクローゼットはなく、ポールハンガーが一つ置かれていた。
テーブルも椅子はなく、本当に休むためだけの質素な部屋のようだ。
「もっといい部屋へ泊まってもかまわないのよ」
そう口にしてみると、セリーナはとんでもないと言わんばかり慌て始める。
「お嬢様は優しすぎます!使用人にわざわざ一部屋を用意してくれる貴族様なんて、早々おりません!」
あまりの権幕に若干引いてしまう中、セリーナは私の服を脱がせていくと、着替えを進めていく。
そうして着替えを済ませると、私はそのまま夕食へと参加した。
広い一室に特別に用意された料理を、お兄様と堪能すると、湯あみへと向かう。
旅の疲れをお湯で流し、セリーナに疲れた体をマッサージしてもらい、香油を塗られていくと、次第に眠気が訪れた。
優しいその手に思わず船をこいでいると、セリーナの怒った声が耳に届く。
その声に慌てて目を開けると、呆れた表情を見せる彼女に苦笑いを浮かべた。
ネグリジェに着替え部屋へ戻ってくると、蝋燭の炎が浮かぶ薄暗い部屋の中には、お兄様がソファへ座っていた。
そんな彼の様子に私はそっと近づいていくと、隣へと腰かける。
「お兄様、何をしてらっしゃるの?」
「あぁ……少し考え事をしていたんだ」
お兄様はそこで言葉を止めると、じっとユラユラと揺れる蝋燭へと視線を向ける。
真っ赤な炎の熱に、蝋が溶け出す中、お兄様は小さく口を開いた。
「……今回開かれる夜会には……特別なゲスト招かれている。誰かは教えてあげられないが、気を付けて欲しいんだ。……だからあまり勝手な事しないで。君を守れなくてなってしまう」
静かなお兄様の言葉に深く頷くと、寄り添うように頭を預ける。
沈黙が部屋を包む中、ポカポカとする体に、次第に眠気がやってきた。
コクリ、コクリと船をこいでいると、お兄様の優しい手が私の肩へ触れた。
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「お嬢様は……本当に大丈夫なのでしょうか。だって……お嬢様とルーカス様は血がつながっているわけでいないのに……」
「はぁ……そうですね。ですがお嬢様が彼を本当の兄と慕っている今、私たちが口を出すことできません」
アランは二人の部屋の扉をじっと見つめると、静かにその場を後にした。




