第五章:お兄様VS王子・夜会へ:前編(青い宝石編)
大変お待たせしました。
新章スタートです!
月日は流れ、様々な思いが頭を駆け巡る中、はっきりとした答えは見つからない。
そんな中、私は溜まりに溜まった仕事を片付けていると、書類を片手に溜息をついていた。
はぁ……まだまだ片付く気配はないわ……。
はぁ……そういえば……もうすぐエメリーン嬢のところへ行かないといけないわね。
考えるだけで憂鬱だわ……。
エメリーンのお屋敷では、とりあえず船で言われた通り、亡国の王女様に会って、話をすることが優先ね。
話を聞いてから、救出するかどうかを考える事にするわ。
そして……この機会にエメリーン嬢の裏側に居るだろう人物を特定しておきたいところね。
機械的にペンを走らせながらそんな事を考えていると、不敵な笑みを浮かべたアランが目の前に現れる。
あまりの近さに驚き飛び退くと、私は恐々アランを見上げた。
「お嬢様、何をぼうっとしておられるのですか。ここまで書類が溜まってしまったのは、自業自得ですからね。変装し、私たちを騙したうえで屋敷から逃げ、翌日は罰としてルーカス様より外出禁止令を出されて……はぁ……。先ず机に置かれている書類には、全てに目を通してくださいね」
アランの小言がグサグサと胸に突き刺さる中、最後の言葉を耳にした私は大きく目を見張った。
「えっ、ここにあるこの山積みの書類の事かしら……!?」
私は狼狽しながら立ち上がると、目の前に積まれている書類へ視線を向ける。
「はい、そのぐらいのスピードで捌いていって頂かないと、終わりませんので……」
アランはどこからか別の書類を取り出すと、私の前に積んでいく。
うぅ……鬼だわ……、こんなの何時間かかると思っているのよ……。
多すぎる紙の量にうんざりする中、アランはニッコリと笑みを浮かべると、私へそっと手を伸ばした。
すると悲し気な表情で、セミロングになった髪を掬い上げる。
「お嬢様……本当に髪を切ってしまった事に後悔はないのですか?」
そうボソリと囁かれた声に顔を向けると、エメラルドの瞳が静かに揺れていた。
「ふふ、どうしてアランがそんな顔をするのよ。私は全く気にしていないわ。髪はすぐに伸びるし……それにね、このぐらいの髪の長さの方が好きなのよ。邪魔にならないもの」
私は安心させるように笑みを浮かべると、アランはそっと視線を反らせた。
「初めて出会った時……お嬢様はそれぐらい髪でしたよね……」
「あら、そうねぇ~。昔は外聞なんて気にもしていなかったし、剣をやっていた事もあるから、あまり髪は伸ばさなかったわ」
私はそう話すと、姿勢を正し、また書類整理へと戻っていった。
そんな慌ただしい日が続く中、気がつけば……夜会開催まで残り14日となっていた。
エメリーンのお屋敷へ行く為には、最低でも一週間以上はかかる。
馬車ではなく、馬を走らせれば4~5日程度で到着できるのでしょうけれど……、
でもそれはきっとお兄様やアランが許してくれないでしょうし……。
はぁ……面倒だわ……。
私は深いため息をつくと、櫛を片手に大きな鏡の前に移動する。
肩程までに短くなった髪を櫛でとかしながら、ピョンピョンと跳ねる寝癖をなおしていた。
う~ん、やっぱり髪が短いと……よく跳ねるわねぇ~。
すると扉からノックの音が響き、セリーナが私の部屋へとやってきた。
「おはようございます、お嬢様」
セリーナはやって来るなり櫛を取り上げると、私を椅子へ腰かけさせ、丁寧に髪をブローしていく。
「こんなに短くなってしまって……本当に……はぁ……」
鏡越しに映るセリーナは悲し気に私の髪を掬い上げながらも、丁寧に整えていった。
「もう、いいじゃない。ところで、今日からエメリーンの御屋敷へ出発するのよね?」
「はい、もうすでにアランが馬車を用意しております。護衛としてアドルフ殿が同行するそうですわ」
「あら、アドルフが来るのなら心強いわねぇ」
きっと……お兄様がアドルフを護衛に選んだんでしょうね……。
青い宝石を持っている私を守るため。
私はセリーナの言葉に軽く頷いていると、首に下げてあった青い宝石を握りしめる。
……エイブラムもどんな形で来るのかはわからないけれど、きっとエメリーンの御屋敷まで来るわ。
アドルフにアラン、セリーナに、エイブラム……それにお兄様。
信頼できるものが、傍に居るのは心強い。
そういえば捕らえられた亡国王女は、一体どんな方なのかしら……。
話が分かる方ならいいのだけれど……。
見えない人物像に胸から不安がこみ上げる中、セリーナは私の前へやってくると、化粧を施していく。
私は慌てて目を閉じると、パタパタと粉が顔に振りかけられ、口もとに紅がなぞられる。
そうして甘い水色のワンピースが着せられると、帽子が手渡された。
「ではお嬢様、行きましょうか」
部屋を出てセリーナの後ろをついていくと、そのままエントランスへ向かう。
階段の上からエントランスを覗き込むと、そこにはお兄様が待っていた。
お兄様の姿に私は急いで傍へ駆け寄ると、ワンピースの裾を持ち上げ淑女の礼をとる。
「おはようございます、お兄様」
「おはよう、そのワンピースよく似合っているね」
そう笑みを浮かべたお兄様がそっと手を差し出す姿に、私は応えるように手を重ねる。
そのまま二人並んで扉を潜ると、外にはアランとアドルフが佇んでいた。
「おはよう、道中宜しくね」
そう二人へ微笑みかけると、彼れらは深く礼をとり馬車へと続く道を開ける。
そのままお兄様と並んで馬車へ乗り込むと、アランが静かに扉を閉めた。
中には長旅に備え、たくさんのクッションが置かれ、馬車が揺れる振動を抑えられるようになっている。
私はお兄様にエスコートされながらそっと腰かけると、お兄様も並ぶ様に隣へ座る。
そのままお兄様の肩へもたれかかるように身を預けると、馬車はゆっくりと動き出した。
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今のお嬢様の姿を見ると、昔の彼女の姿がチラついて見える。
まだ身分をはっきりと理解していなかった自分とお嬢様。
子供の様なあどけない笑みは、昔と変わらない。
短くなった髪を見るたびに、何度も蓋をしてきた気持ちがひどく揺れ動く。
あの頃と同じように自分とお嬢様が並んで歩けるのではないかと……。




