第四章 お兄様VS謎の男・船の中で(亡国の謎編)
エイブレムが部屋を出ると、私はそのまま倒れ込むように、ベッドへと仰向けになった。
青い宝石、赤いタトゥー、亡国の謎、それに第一王子……。
考えることはたくさんありすぎて……処理が追い付いていないわ……。
まぁ、何か話があるようだし、それを聞いてから整理しましょう。
今はいくら悩んでもどうにもならない。
そう結論付けると、私は頬にかかるワインレッドの髪に指を通した。
はぁ……それよりも、アランとお兄様に、私の勝手な思い込みで髪を切ったなんて知られたら……。
想像するだけでも恐ろしいわ……。
ゾクゾクと背筋に寒さを感じると、小さく身を震わせる。
私は徐に体を起こすと、目に留まった水差しへと手を伸ばし、空いているグラスへと、水を注いでいく。
水面が小さく波打つグラスをそっと持ち上げると、私は一気に喉を潤していった。
今何時かはわからないが……さすがにもう私が部屋にいないことは、アランやお兄様に知られているだろう。
アランに宛てた手紙には、お兄様には知られないようにと書いてしまったのが痛いわね……。
きっとアランとお兄様が個々に捜索しているに違いない。
それに……セリーナもきっと心配しているだろうな……。
あぁ、もう皆に迷惑をかけて私は一体、何をやっているのかしら……。
行動を起こす前にもう少し調べるべきだったわ。
私はそう深く項垂れると、空になったグラスを元へと戻した。
船が停泊しているのか……海のどこかで浮遊しているのかはわからないが、船が走っている気配はない。
GPSなどないこの世界で、私の場所を特定することは難しいだろう。
エイブレムが戻ってきたら、私の安否だけでも屋敷の皆へ伝えてくれるように頼んでみよう。
そんな事をつらつらと考えていると、部屋に響くノックの音に顔を上げる。
ギギギッと扉が開き、エイブレムの姿が目にはいった。
「嬢さん、こんな服で悪いが……これに着替えてくれ。それと食事も持ってきた」
エイブレムはシンプルな淡いピンク色のワンピースをベッドの上へと置き、徐にバケットからパンとハムを取り出した。
ありがとう、とそのまま受け取ると、私は一口サイズにパンをちぎり口の中へ放り込む。
良いわねこういう食事も。
私は口をモグモグと咀嚼しゴクンと飲み込むと、次にハムを頬張った。
あら、美味しいわね。
小麦粉の甘さが口の中に広がって、程よく硬く、食べやすい。
一体どこのパンかしら?
そんな事を考えていると、エイブレムはなぜか肩を揺らし笑い始める。
「くくっさすが、嬢さんだな。普通の貴族たちにこんな出し方をしたらきっと怒る」
私は口をモグモグさせながら、キョトンとした様子で笑う彼を見上げると、彼は慌てて目を逸らせた。
そんな彼の様子に私は食べていたパンを徐に飲み込むと、彼は私の頭へと手を伸ばし髪をクシャクシャにする。
「わぁっ、ちょっと!」
「くそっ……そんな可愛い目で見上げるな……ッッ」
ボソッと呟かれた言葉は、髪がワシャワシャされる音にかき消された。
髪がボサボサになった私は、もうっと言いながらも髪を軽く整える。
そうしてもう一度エイブレムを見上げるように視線を向け、綺麗な青い瞳と視線が絡むと、私は真剣な眼差しを浮かべ口を開いた。
「あのね……エイブレム、お願いがあるんだけど……。私の安否だけでもいいから屋敷の……アランやお兄様、セリーナへ知らせてくれないかしら?」
私の言葉にエイブレムは笑みを浮かべると、私の頭を優しく撫でる。
「大丈夫だ、この事はすでにヴァッカに知られている……きっとアランにもすぐに伝わるだろう」
私はその言葉に大きく安堵すると、ベッドに置かれたワンピースを手に取った。
ヴァッカか……。
もしかしたら、私が屋敷を抜け出した事を知って後をつけていたのかしら?
エイブレムは徐に私の前へと顔を寄せると、そっと耳元へと顔をよせた。
「その……さっき言えなかったが、嬢さんのその髪……似合っているよ」
突然の言葉に、私は目を丸くしながらエイブレムに視線をむけると、彼はゆでだこのように赤く染まっていた。
その表情が可愛くて、私は自然と頬を緩ませると、
「ふふ、ありがとう」
そう呟くと和やかな雰囲気が二人を包み込んだ。
時はさかのぼること数時間前、太陽は真上より少し西に傾き始めていた頃……。
彼女を気絶させたエイブレムは、アジトへと戻る為に、彼女を抱えて人通りの少ない道を駆け抜けていた。
町から外れ、森の中へと入ると、彼らは数人に別れながら険しい山道を走っていく。
嬢さんには申し訳ないが、今はまだあのアジトがばれるわけにはいかないんだ……。
先ほどのオレンジの髪の男は、間違いなくルーカスの手先ヴァッカだろう。
一度は引いたが、きっと遠くから俺を監視しているはずだ。
このままアジトまでついてこられるのはまずい。
ふと嬢さんへ目を向けると、俺の腕の中にいる彼女は綺麗な寝顔で俺に体を預けていた。
俺が最後まで運んでいきたいところだが、仕方がない……。
俺は隣で並ぶ様に走っていた仲間に声をかけると、彼女を慎重に預けた。
俺は仲間と別れるように踵を返すと、辺りの気配を探りながらヴァッカを探した。
ふと小さな物音に顔を向けると、そこには俺の剣を持ったヴァッカが現れた。
「レム、あんた姫さんをどこへ連れて行くつもりだ」
ヴァッカはそう言いながら、俺に短剣を投げつける。
飛んでくる短剣を軽く避けると、後ろにあった木に突き刺さった。
「それは言えないが……あんたらが隠している真実を、俺は嬢さんに話すつもりだ」
その言葉に、訝し気な表情を浮かべるヴァッカはサッと腰に手を当てると、強く柄を握りしめた。
「そんな事はさせねぇ、それはルーカス様の意志に反する……」
ヴァッカはそのまま俺の懐へと飛び込んでくると、剣を素早く抜き切り付ける。
俺は身を翻し、剣を避けると腰にある鞘に手を当てた。
ヴァッカはそんな俺の様子に、間合いをとるとスッと剣先を俺へと向けた。
「第一王子が動き出したんだろう、これ以上嬢さんに隠していてもいつか知られる。それなら第一王子に会う前にちゃんと知っておいた方が嬢さんの安全につながるだろう。今回もあんたらがちゃんと話していないから……嬢さんは屋敷から飛び出したんだろう?」
「まぁ言いたいこともわかるが……あれを知られれば、もう姫さんは逃げることができなくなるぜ。それでもいいのか?」
振り上げられた剣に、素早く腰から剣を抜くと、カキンッと金属音が森の中に響いた。
「それと、ルーカスから奪った物をさっさと返せ、あれはお前みたいなやつが持って良い代物じゃない」
その言葉に俺は剣に体重をかけると、交わる剣を押し返していく。
「あれは嬢さんに渡す。青い宝石を持っている彼女が一番役に立つんだからな……」
その言葉に、ヴァッカは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべると、バックステップをとり俺と間合いをとった。
その瞬間後ろから別の仲間が合流すると、彼らにヴァッカを任せ、俺はサッとその場から姿を消した。
10月から始まる連載の書き溜めに手を取られ投稿が遅くなってしまいすみませんでした・・・。




