第四章 お兄様VS謎の男・屋敷からの脱出その3(亡国の謎編)
セリーナが部屋を出てすぐ、私はアランを呼びだした。
短くなった髪を見られないように、背中にブランケットを羽織ると、髪をその中に忍ばせる。
そうしてベッドへ腰かけると、部屋にノックの音が響いた。
どうぞ、と声をかけると、アランが静かに扉を開けた。
「お嬢様、こんな朝早くにどうされたのですか?」
私は眠い目を擦る仕草を見せると、
「おはよう、アラン。たまりにたまった仕事をやっつけて疲れたわ・・・。今日はこのまま休もうと思うのだけど・・・その間に荒れた書斎を片付けてくれないかしら?」
「畏まりました」
アランは深く礼を取ると、静かに部屋を後にした。
これで、大丈夫ね・・・。
ブラウンのウィッグをつけた私の姿をよく目にしているアランには、変装が見破られてしまう確率が最も高い。
だからエントランスとは離れた場所にある書斎に行かせることで、少しでもセリーナとなった私がアランに遭遇する確率を下げておきたかった。
後は・・・お兄様だが・・・きっと大丈夫だろう。
お兄様の洞察力は目に見はるものがあるが・・・、2年間屋敷を離れていたブランクは大きいはず・・・。
その後扉の前でアランの足音が小さくなっていくのを確認すると、私は素早く窓のカーテンを閉め、ブラウンのウィッグを身に着ける。
赤い髪は短くなったため、とても隠しやすい。
やっぱりこのぐらいの長さがいいわねぇ~。
私はそのまま鏡の前へ立つと、化粧道具を取り出し、目元を少し弄っていく。
セリーナはもう少しつり目だから・・・、あとは眉毛も・・・。
鏡と睨めっこすること1時間、何とか形になってきた。
ふぅと一息つき、ヘアブラシを手に取ると、ブラウンのストレートヘヤーを整えていく。
・・・・そろそろセリーナを呼んでも大丈夫かしら。
私は鏡の前から徐に立ち上がると、セリーナ専用のベルを軽く振った。
ジリンジリンジリン
部屋にベルの音が響きわたると、すぐにノックの音が耳に届く。
私はセリーナを招き入れると、彼女は私の姿に一瞬驚いた様子を見せるが、すぐに顔を引き締めると、素早く部屋へと入室した。
しっかり扉が閉まった事を確認すると、私はセリーナの手を引いていく。
「お兄様とアランには会えたのかしら?」
「はい、アランは宿舎で、ルーカス様は居間でお伝えすることができました」
そうよかったわと笑みを浮かべ、私はセリーナから手を離すと、用意しておいた服を取り出した。
「セリーナはこのネグリジェに着替えてくれる?私はあなたのメイド服を着るわ」
「畏まりました」
セリーナは私から服を受け取り、素早く着替えると、メイド服を片手に私の元へとやってきた。
私はセリーナへ背を向けると、肩の力を抜き、着替えやすいように腕をそっとあげ佇んだ。
彼女は慣れた様子で、私へメイド服を着せていくと、なぜか曇った表情を浮かべていた。
「お嬢様、何度もしつこいようですが・・・すぐに戻ってきてくださいね」
そんなセリーナの様子に私はニッコリ微笑みかける。
セリーナは私の笑みを見ると、なぜか深いため息を吐いた。
そのまま私の胸元へ手を伸ばすと、綺麗にリボンを結んでいく。
彼女の手が胸元から離れ、セリーナが私へ背を向けると・・・私はなるべく頑張るわ・・・とボソッと囁いた。
メイド姿になった私は再度鏡の前へ座り、セリーナを見つめながら細かい修正を行っていく。
そんな中セリーナは徐に私の傍へとやってくると、おずおずと言った様子で、ワインレッドのウィッグを私の前へと差し出した。
「・・・お嬢様、申し訳ございません・・・着け方がわからなくて」
「ふふ、ここへ座って」
私はスッと立ち上がると、セリーナを化粧台の前へ座らせた。
彼女の背後へ立つと、ストレートの滑らかなブラウンの髪へ櫛を通しながら低い位置でまとめ、シニヨンの中へと入れ込んでいく。
スッキリとした頭にワインレッド髪を被せると、赤髪のセリーナの姿が鏡に映った。
後は本物の私よりもいささか短いワインレッドの髪を布団で隠せば・・・完璧ね。
私はそのままセリーナの前にしゃがみ込むと、目元へ軽く化粧を施していく。
これなら・・・暗がりで見る限り、すぐにはバレないわね。
私は徐に立ち上がると、彼女は恐る恐るといった様子で瞳を開けた。
するとセリーナは鏡に映った自分の姿に目を大きく見開くと、鏡をじっと見つめていた。
「これが・・・私ですか・・・?」
「えぇ、まったく同じとまではいかないけれど・・・暗がりで見られるぐらいなら、問題ないでしょ」
私は彼女の隣へ並ぶと、鏡にはセリーナになった私と、私になったセリーナが映し出される。
「お・・・お嬢様は本当に何でも出来てしまうのですね・・・」
「ふふ、今はあなたがお嬢様でしょ?さぁベットへ入って。万が一・・・アランにばれてしまったら、この手紙をすぐに渡してちょうだい」
私は事前に用意しておいた便箋をセリーナに差し出した。
彼女は折りたたまれた便箋を丁寧に受け取ると、わかりましたわと頷いた。
私は彼女の手を引くと、そのままベッドへと誘っていく。
彼女をベッドへ寝かせ、布団を肩までかけると、長さが足りない髪を布団でカモフラージュしていく。
これで大丈夫ね・・・。
セリーナをそのままに、私はベッドの傍に用意しておいた、ギルドへ持っていく為の資料の入った袋を提げた。
これで、彼に会えるわ。
私は以前も使用した短髪の黒髪ウィッグを書類の入った袋へそっと忍び込ませると、部屋の明かりを消し、静かに扉を開ける。
廊下に出ると、私は背筋を伸ばしセリーナの歩き方に似せ進んでいく。
あと少しでエントランス・・・・
逸る気持ちを押さえながら、慎重に足を進めていると、向かいからお兄様が歩いて来ていた。
その姿に一瞬心臓が高鳴ったが、私はすぐに落ち着きを取り戻すと、しっかり前を向いた。
大丈夫・・・私はセリーナよ・・・。
「セリーナ出かけるのかい?」
「はい、お嬢様よりギルドへこちらを持っていくように頼まれました」
私はさっと手にしている袋を持ち上げると、お兄様へ見せる。
「あぁ、昨日は一晩中頑張っていたんだってね・・・。あまり無理をしないように伝えておいてくれ」
畏まりました、と深く礼を見せると、お兄様はそのまま私の横を通り過ぎていく。
ふぅ・・・私はほっと息をつき一歩足を前に出した瞬間、
「セリーナ」
お兄様の呼びかけに私は体を硬直させると、表情を引き締めながらゆっくりと振り返った。
「妹が起きたら教えてもらえるかな?少し話があるんだ」
私は承りました、と再度深く礼と取ると速足でその場を後にした。
話・・・、昨日の続きかしら・・・?
それとも私の動向を探るための言い訳・・・?
まぁいいわ、今は早く外に出ないと。
私は速足でエントランスを潜りぬけると、久しぶりの解放感にほっと胸をなでおろした。
おまけ
ルーカスは先ほどのセリーナの様子に何か引っかかりを感じていた。
いつも通りだが・・・何かが・・・。
ルーカスは一度振り返ると、速足で去っていくセリーナの背中をじっと見つめていた。
背中が見えなくなるとルーカスはすぐさま近くにいたメイドに声をかけた。
「すまないが、妹の様子を見てきてくれないだろうか?」
メイドは畏まりました、と深い礼を取ると、すぐに彼女の部屋へと向かっていく。
その間にルーカスは、部屋の近くへ配置している自分の手の者から情報を集め、妹が動向を確認した。
妹の部屋の外に待機させていた執事も、窓の外の騎士も何の動きもないとの報告が上がってくる。
しばらくすると妹の部屋にいかせていたメイドが私の元へと戻ってきた。
「お嬢様は部屋でぐっすり寝ておられましたわ」
そうか・・・と返事を返すと、しっくりこない何かに頭を悩ませていた。




