第四章 お兄様VS謎の男・小さなメモ(亡国の謎編)
今夜も私は部屋の中、じっと彼が来るのを待っていた。
いつ来てもいいようにあの日から毎晩あったかいポットを用意し、出迎える準備を整えていた。
はぁ、今日もこないのかしら・・・・。
窓から金色に輝く丸い月が顔を覗かせると、ふと微かな殺気を感じた。
私は咄嗟に身構えると、その場へしゃがみ込む。
何っ・・・侵入者・・・?
私は咄嗟に目に付いた折りたたみ式の果物ナイフの柄を手に取ると、サッと刃を出した。
耳をすませ、慎重に人の気配を探るが、聞こてくる音は風に揺れる葉の音だけだった。
恐る恐る窓を覗き込んでいくと、小さな白い紙が窓枠へ挟まれていた。
頭を低くたまま、慎重にその紙に手を伸ばし掴み取ると、私は身を隠すようにサッと窓から離れた。
窓の外から見えないように、恐々二つに折り畳まれていた紙を開いた。
[見張られている]
そこには馴染みのある字で、そう一言書かれていた。
見張られている・・・?
私が?誰に?
いや・・・彼が見張られている可能性もある・・・。
見張られているからここへ来れなかった・・・?。
紙を裏返し、細部までじっと見つめてみるが、他に何か書かれている様子はない。
私は壁に背を預けると、深いため息をついた。
彼に聞けば大分状況が進展すると考えていたけれど、そう簡単にはいかないようね・・・。
静かだった窓の外が次第に慌ただしくなっていくと、突然部屋のドアが大きく開いた。
私は咄嗟に手にしていた紙を胸元へ隠すと、サッと身構えた。
「お嬢様、大丈夫ですか?先ほど侵入者が!」
「侵入者・・・こちらは問題ないわ。それで状況はどうなっているの?」
「それが・・・黒いフードを被り、顔は確認できませんでした。お嬢様のお部屋周辺をうろついているところを発見し、捕まえようと動いたのですが・・・申し訳ございません、取り逃がしてしまいました」
私はアランから視線を逸らし窓の外へ目を向けると、ほっと息を吐いた。
よかったわ、無事逃げ切れたみたいね。
アランは私の様子何を感じ取ったのか、
「警備を増やし侵入者の捜索を続けますので、お嬢様はお部屋でこのままゆっくりお休みください」
そう念を押すように語り掛けると、静かに部屋を出て行った。
一人になった部屋で、私は真下に見える警備兵たちを呆然と眺めていた。
ここではもう会えなそうにないわね。
このメモの主は間違いなく彼だ・・・、筆跡を真似た赤の他人の可能性も無きにしも非ずだが・・・。
赤の他人がわざわざ見張られているなんて忠告を書くとは考えられない。
手紙を窓へ忍ばしたのがエイブレムだとして・・・彼が騎士達に見つかったという事は、私が取りまとめていた警備体制を誰かが手を加えたと言うこと・・・。
私は彼の為に警備体制に小さな穴を作り、その隙間をかいくぐっらせ、誰にも見つからない様に彼を私の部屋へと訪れさせていた。
屋敷を調べるだけでは絶対にわからない巧妙に隠され小さな隙・・・誰にも気が付かれないとは言い切れないが・・・この警備の穴を他人に見つけられる可能性は低いだろう。
現に今まで彼以外の侵入者はいなかったのだから・・・。
私の部屋へ何度も訪れていた彼が、そのルートを誤るはずがない・・・。
次第に騎士や警備兵たちの動きが落ち着き、皆持ち場へ戻っていく中、いつもよりも私の部屋周辺の警備があつくなっていることに気が付いた。
これは・・・。
じっと警備兵たちの立ち位置を窓から観察していると、数人の騎士たちが私の窓へと視線を向けた。
私はすぐにカーテンを引くと、薄暗い部屋の中で蹲ると膝を抱えた。
私以外に警備体制を変えられるのは一人しかいない・・・。
先ほど紙に書かれていた言葉が反芻する。
見張られているか・・・、さてどうしたものかしら・・・。
いつもと少し違う外の風景に頭を抱えながら、私はこれからの事を思案していた。
翌朝私は街へ出かける為、セリーナと部屋で準備をしていると、お兄様がやってきた。
突然のお兄様の登場に大きく目を見開き、肝をつぶした。
ど・・・どうして?
「どこかへ出かけるのかい?」
いつもと同じ様子で優しく語り掛けるお兄様に、私は動揺を隠すようにニッコリと微笑みを浮かべた。
「えぇ、今度の夜会へ着ていく服を選びに行こうかなって・・・」
「なら僕もご一緒してもいいかな?可愛い妹のドレスを選びたいんだ」
突拍子もないお兄様の提案に、私の頬が徐々に強張っていくのがわかった。
私は無理矢理頬の筋肉を動かすと嬉しいわ!と言葉を紡ぐ。
ここで断るなんて無理ね・・・。
街へ赴けば、彼の方からなにかしらの接触があるかもと期待していたが・・・・。
お兄様がそばにいるとなると、彼は出てこないわね・・・。
私は胸の中で深いため息をつくと、笑顔を貼り付け、お兄様と街へと出かけた。
いくつかの洋服店へ回ると、お兄様は透き通る淡いブルーのドレスを選んだ。
正直ドレスはなんでもよかった私は嬉しいと微笑みながら買い物を楽しんでいるように見せた。
ドレスを購入し、屋敷へ戻ると、お兄様と別れ部屋へと駆けこんだ。
ふかふかのベッドへと倒れ込むと、胸元から白い紙を取り出した。
[見張られている]
これは十中八九私の事も言っていたのね・・・。
中々気が付かない私に危険を冒してでも教えに来てくれた大切なメッセージ。
はぁ・・・見張っている相手はお兄様・・・。
お兄様が怪我した時は単独行動だったはずだから・・・まだエイブレムの存在に辿り着いていないと考えていたのに・・・。
今日の様子からして、私を自分の監視下外で行動させるのを危惧している・・・?
私を危険から守るためだとも考えられなくはないが・・・今までここまで私を監視することなんて一度もなかった。
つまり・・・私をエイブレムに接触させないように手を打っているのかしら?
翌々思い返してみると、あの事件後、私が邸を歩いているとお兄様とよく出くわした。
それに事件前まではよく外出していたのに、今は元気に動けるようになっているにも関わらず、ずっと屋敷に居る。
彼の事がお兄様に気がつかれていると言う事は・・・・私と彼が接触する前に、捕まえたいと考えているはず。
そうね・・・ヴァッカあたりが彼を探しているのかもしれない。
彼が簡単に捕らえられるとは思わないが、何としてもお兄様より先に彼に会わないと・・・。
ふぅ・・私は大きく息を吐くとじっと空を見つめた。
私は昨日の夜、今日出かけることを決めた。
監視カメラも盗聴器もないこの世界で私の行動を全て把握することはできないはず。
今朝出かける旨をセリーナへ伝え、ウィッグを運ばせた姿を見られたのかしら・・・?
まぁ、セリーナが裏切り者の可能性もあるが・・・それよりも誰かが常に私の部屋に続く廊下周辺を見張っている可能性の方が高いだろう。
この推測が正しければ・・・今も扉の傍に誰かいるかもしれないわね・・・。
お兄様の息のかかったメイドか執事・・・もしくはお兄様本人か・・・。
私は徐に立ち上がると、化粧棚にある手鏡を手に取った。
うーん、扉を開ければ・・・さすがに気が付くわよね。
とりあえずアランを呼んでみましょう。
私は鈴を手に取ると、数回振った。
リンリンリン
私はサッと扉の前へ移動すると、ノックの音が部屋に響いた。
どうぞと返事を返すと、アランがゆっくり扉を開いていく。
よし・・・!
開いた扉から見えたアランの肩を掴むと、部屋の入室を止め、そのままアランの胸の中へ潜り込んだ。
アランの体を盾にアランが歩いてきたであろう逆の通路へと、そっと手鏡を向ける。
するとキラッと光った手鏡には、青い髪をした人影がチラッと映った。
「おっ、お嬢様!?」
「あっ、ごめんなさい。よろけてしまったみたい・・・」
私は手鏡を隠すようにアランから体を離すと、鏡をギュッ握りしめ、笑顔を浮かべた。
アランはそんな私の様子に、体調が悪いと勘違いしたのか・・・早く休んでください!と顔を真っ赤にしながら叫ぶと、私をベットへと誘っていった。




