第四章 お兄様VS謎の男・お兄様の狙い(亡国の謎編)
それから順調にお兄様の容体は回復し、一週間もすれば普段の生活を送れるようになっていた。
お兄様との夕食を終え、部屋へ戻ると、ふと真っ白な招待状が目に入った。
あぁ・・すっかり忘れていたわ・・・この招待状・・・。
私はテーブルに無造作に置かれていた招待状を手にすると、先ほど歩いて来た廊下を戻り、お兄様の部屋へと足を向けた。
お兄様の部屋に続く廊下の角を曲がると、人影が突然現れ、私は慌てて立ち止まろうとするが、あまりに近くにいたその人の胸の中へ飛び込んだ。
慌てて顔を上げると、驚いた表情を浮かべたお兄様がそこにいた。
「ごっごめんなさい」
「いや・・・部屋に戻ったのかと思っていたよ。どうかしたのかな?」
「えぇ、お兄様に用があって・・・少し宜しいかしら?」
「あぁ、ここじゃなんだから応接室へ行こうか」
お兄様は私の腰へ優しく手をまわすと、そのまま部屋までエスコートしていく。
応接室へ入り私はお兄様と向かい合うように腰かけると、手にしていた招待状を差し出した。
するとなぜかお兄様の表情が固まった。
「この招待状は・・・どうしたんだい?」
「少し前にエメリーン嬢から舞踏会の招待状が届いたの。それでねお兄様・・・いつものようにパートナーとして一緒に来てくださらないかしら?」
「・・・参加するのかい?」
「えぇ、もう参加の返事は出しているの。後はパートナー選びなんだけど・・・お兄様ダメかしら?」
「いや・・・・そうか・・・、僕にもその舞踏会の招待状が届いているんだ」
お兄様はジャケットの内側から真っ白な招待状を取り出した。
「あら、エメリーン嬢から?」
「いや、王都の学園で知り合った方でね。僕にピアノを教えてくれているんだ」
「まぁ、お兄様はピアノを弾けるの!?ぜひ聞きたいわ!」
お兄様のピアノを弾く姿を想像すると、絵にかいたような美しい伴奏姿が浮かぶ。
ますます令嬢達のお兄様の好感度が上がりそうね・・・。
「あぁ、この舞踏会で一曲演奏することになっているから、可愛い妹の為に心を込めて演奏するよ」
爽やかにウィンクを決めたお兄様に自然と笑みがこぼれ、二人で笑いあっていると、和やかな雰囲気が私たちを包んだ。
そんな雰囲気の中、ふとお兄様の笑い声が止まった。
どうしたのかしらとお兄様へ視線を向けると、真剣な瞳で私を見据えていた。
「君は・・・・何も聞かないのかい?この傷の事」
お兄様は腕を持ち上げると、ぎこちない微笑みを浮かべた。
「聞いたら教えてくれるのかしら?」
私はお兄様に意地悪な笑みを見せると、ブラウンの瞳をじっと見つめた。
「いや、教えることはないな」
うん・・・何が言いたいのかしら・・・?
教えるつもりがないとわかっているのに、そんな質問なんてするはずないでしょ。
お兄様の不思議な言動に戸惑いを見せていると、澄んだブラウンの瞳がじっと私を見据えていた。
「一つ・・・お願いがあるんだ。君にはこの件から手を引いてもらいたい」
お兄様の言葉に私はスッと立ち上がると、座っているお兄様を見下ろした。
「そのはお兄様のお願いでも聞くことはできないわ、だってもう関わってしまっているもの」
私はそっと胸元へ手を寄せると、首にかけていた青い宝石を取り出した。
取り出された宝石は自分を主張するかのように青白く輝いている。
「お兄様たちが欲しいのはこれでしょ?わざわざ私の部屋にまで忍び込んで盗みに来るなんて驚いたわ」
私が小さく笑うと、お兄様は不敵な微笑みを浮かべながら髪をサッとかきあげた。
「やはりあれは罠だったんだね・・・さすが私の妹だ」
「まさかお兄様が直々に来るとは思っていなかったわ、メイドか誰か・・・だと考えていたの。それをせずお兄様自らが来るほど、この宝石は大切な物なのね・・・」
私は手にしていた宝石を素早く服の中へ戻すと、お兄様から距離をとった。
お兄様は徐に椅子から立ちあがると、私の胸元へ視線をむける。
するとお兄様は冷たい微笑みを浮かべると、私へと徐に手を差し出した。
その様子は出会った当初の冷めた目をした少年を彷彿させた。
「それはとっても危ういものだ。僕に渡してくれないかな」
私は一歩扉の方へ後ずさると、ギュッと強く宝石を握りしめた。
「ダメよ、これは私にとっても大切な物なの。お兄様にだって渡すことはできないわ」
ピリピリとした空気が二人を包む中、動くこともできずじっと見つめあっていた。
そんな雰囲気の中、お兄様はふと肩の力を抜くと、徐に手を下していく。
「はぁ、君の決意を変えることは難しいと昔かっらよく知っている・・・今日はここで諦めておくよ。でも覚えておいて、僕は君を傷つけたくもないし、君が傷つく姿も見たくないんだ」
そう言って笑ったお兄様の姿は、いつもの優しいお兄様だった。
私はお兄様を応接室へ残すと、急いで自分の部屋へと戻っていった。
部屋へ戻ると、私は慌てて窓へと駆け寄った。
エイブレム早く来て・・・。
窓を勢いよく開き、外の様子を確認するが・・・彼の気配は感じない。
今日も来ていない・・・。
私は深いため息をつくと、そっと窓へともたれかかった。
お兄様が倒れてから一週間、私は毎夜彼が来るのを待っていた。
彼がお兄様を助けた人であろうがなかろうが・・・、私がこうやって毎夜、彼を待っている事実を彼が知らないはずはない。
だって彼はいつだって私を見ていてくれるのだから。
こちらから連絡手段はないため、私には待つことしかできない・・・それはとても歯がゆい気持ちになる。
前世のように携帯電話があればいいんだけど・・・。
そんな事を考えていると、冷たく心地よい風が私の頬を掠めていった。




