閑話・王都に居る少女の話3
王都の学園に入学して数日、私はまだ攻略対象が一人もいない現実を受け入れることができなかった。
絶対いるはずなのよ……。
だって…ここは乙女ゲームの世界なんだから……。
そう信じ、学園の全クラスを一つ一つ確認しながら、攻略対象を探し回っていた。
もう!どうしていないの!?
この為だけに頑張ってきたのに……!
クラスを全てまわるが、攻略対象の姿はなかった。
それでも諦めず、授業が終わると教室を飛び出し、ゲームによく登場していた庭や、屋上などの学園内を虱潰しに探し始めた。
それでも攻略対象者を見つけることができない私は、誰よりも早く学園へ登校し、門の前で学園に来る生徒たちを確認していった。
いない……。
数週間、毎朝門の前で張り込みを続けてみるが……見つかることはなかった。
そんなある日、焦燥した気持ちの中ふと旧校舎へと足を進めた。
旧校舎に入ると、辺りは静寂に包まれており、誰も居るわけないとわかっていながらも、私はなぜか旧校舎の奥へと進んでいった。
階段を上がり、以前来た音楽室の前で立ち止まっていると、あの青い髪をしたダンディーな男性が空を見つめながらピアノの前に座っていた。
「あっ、あなたは……先日はありがとうございました。」
私は慌てて礼を取ると、男は紳士的な優しい微笑みを浮かべた。
「ふふ、今日は倒れないんだね。以前も言ったけど、あまりこの旧校舎へ来ることはオススメしないよ」
ダンディーなおじ様は私の側へ来ると、さりげなく私の手をとり旧校舎の出入り口へと誘っていく。
二人並んで旧校舎を歩く中、
「それで君は何をしているのかな?可愛いお嬢さん」
「あっ、えっと……人を……人を探しているんです」
「人?学園の子かい?」
「うぅ……そうだと思うのですが……見つからなくて……」
シュンと項垂れた私の様子に、ダンディーおじ様は立ち止まると、私の頭を優しく撫でてくれた。
「誰を探しているのか聞いてもいいのかな?」
初めての問いかけに、私は驚きの表情を浮かべながらおじ様に視線を向けた。
今まで私が必死に探していても、それを聞いてくれる人はいなかった。
まぁ平民でかつ、学園の勉強そっちのけに、誰かを毎日探している変人に関わりあいたくないと思うのが普通だろう。
「えっと、あの……ルーカス様、ガゼル様、ヴァッカ様、グラクス様を探しているのです……」
ダンディーおじ様は名前を聞くと、目を大きく見開き驚いた様子を見せた。
「ははっ、すごい人たちばかりを探しているんだね。でも残念、彼らは学園の生徒だけれど、今は休学届けを提出し学園にはいないよ。彼らは私用で王都外に出ているんだ」
はぁっ、ちょ、学園にいないだけじゃなくて、王都にすらいないの?
ちょっ、ちょっと待って!
それじゃ乙女ゲームが始まらないじゃない!
どっ、どっ、どうなってるの!?
ブツブツと独り言を言いながらうんうんと思い悩んでいると
「可愛いお嬢さんは、どうして彼らを探しているのかな?」
ダンディーなおじ様は優しい口調で語り掛けた。
私はおじ様に視線を向けると、淡いブラウンの瞳をじっと見つめた。
「ずっと……ずっと憧れていて、だから会いたくて……この学園に入ったのに……うぅぅ……っっ」
今までの努力や苦労を思い出すと、涙腺が緩んでいく。
私は目にいっぱいの涙をためながら、そうこちた。
「泣かないで、可愛いお嬢さん。そうだ、会うだけでいいのなら……王都から少し離れてはいるが、ある街で開かれる舞踏会へ参加するといい。今度君のために招待状を持ってきてあげるよ」
突然の言葉に涙をひっこめ大きく目を見開いていると、
「舞踏会……?あの、私は貴族じゃないんです……だから……」
「大丈夫、私の紹介状があれば舞踏会に参加することができるよ」
「ほっ、本当ですか!」
私は期待を込めた瞳でおじ様を見上げると、
「ふふ、ではまた。そうだな……一月後に、この旧校舎のエントランスへ来ると良い。その時にでも、招待状をお渡ししよう」
ダンディーなおじ様はエントランスで立ち止まると、私の手を離し、一人どこかへと去っていった。
それから私は学園で攻略対象を探すことを止め、普通に学園生活を送り始めた。
最近気が付いたことだが、同室となった可憐な少女アンナは同じクラスだった。
彼らを探すことに夢中で全く気が付いていなかった。
次第に学園生活にも慣れてくると、隣のそばかす少年とも話すようになった。
そばかす少年は平民をバカにした態度を見せながらも、なぜか私に親切にしてくれる。
ある日教科書を忘れた私に気が付いた彼は、
「ふん、そんなバカ面でみっともない!これだから平民は!!!」
そういいながら、彼は机を私の方へと寄せ教科書をひらいてくれる。
あっ、これが前世で言うツンデレってやつなのね!
デレてるのかはわからないけど……。
そうしてツンデレ少年と彼と接していくのは、とても面白かった。
あ~ぁ、これでイケメンなら萌えるんだけど……。
チラッとツンデレ少年の顔をじっと眺めると、ツンデレ少年がこちらに気がついた。
視線が絡み合った彼に私はニッコリ微笑みを浮かべると、彼は焦った様子で視線をそらせた。
あれから一ヶ月が経過し、私はまた旧校舎へとやってきた。
本当にダンディーおじ様は来てくれるのかな……?
期待に胸を熱くし、ゆっくりと旧校舎の中へ入ると、誰もいないエントランスへ立った。
しかし待てど暮らせど誰もくる気配がない。
うーん、音楽室も見に行ってみよう。
私はエントランスから離れ、階段へと足を進めた。
音楽室に近づくにつれて、滑らかな音楽が聞こえてきた。
いる!
私ははやる気持ちを押さえ、階段を駆け上がり音楽室の扉をゆっくりと開けた。
彼は音楽室のドアが開くと驚いた様子で私をじっと見つめていた。
「ごめんね、ついいつもの癖でこっちらへ来てしまった」
「いえ、あの……遅くなってすみません!」
私は慌てて息を整えると、淑女の礼をとった。
ダンディーおじ様はそんな私に微笑みかけると、鍵盤に視線を移した。
「そんな可愛いお嬢さんに一曲」
澄んだピアノの音が始まり、彼は穏やかな表情でピアノを奏で始めた。
この音楽……まさか……n。
聞き覚えのあるメロディーに乙女ゲームのオープニング画面が頭に浮かんだ。
私は攻略対象のボイスが入るそのオープニングがとっても好きだった。
流れてくるピアノを聞いていると、自然に歌詞を口ずさんでいた。
ピアノの音がやむと、私は呆然と立ち尽くしていた。
「おや?知っている曲だったかな?これは僕のオリジナルのはずなんだけれどね」
私は誤魔化すように笑いを浮かべると、
「えーと、なんか似たような曲を街で聞いたことがあって!」
彼は真意を確かめるようにじっと私を見据えると、
「……そうか。はい、これが招待状だよ」
彼は白い封筒を私へと差し出した。
私は恐々招待状を受け取ると、彼は優しい微笑みを浮かべていた。
「あの、本当にいいんですか?私、平民で……その……」
「大丈夫、このパーティーの主催者は私の知り合いでね。君の事は先方に伝え済みだ。」
「あの、色々とありがとうございます。私マリアって言います。あのっお名前だけでも!」
ダンディーなおじ様はニッコリと微笑みを浮かべたまま、人差し指を口もとにあてると、
「パーティーに参加するにはエスコートが必要だよ。学園はこの時期第一期長期休暇になると思うから、誰か連れていくといい。もちろん平民でも構わないよ。」
おじ様はウィンクをして見せると、私の手を優しくとった。
次回第四章に突入します!




