閑話 エイブレムの過去・後編
俺は彼女を守ろうと、男と彼女の間に入り込むと、肩に鈍い痛みが走った。
くそっ、いてぇ。
俺は彼女を守るように抱きしめると、彼女は虚ろな瞳を浮かべ、怯えた子犬のような表情をしていた。
「エイブレム・・・どうして・・・・かっ肩から血が・・・いやあぁぁぁぁぁ」
下敷きになっていた男はこの隙に急いで体制を整えると、
「邪魔だ、死ね!」
ナイフを俺へと振り下ろした。
彼女は先ほどの怯えた暗い瞳とは違い、憎しみのこもった目を浮かべると、襲い掛かってきた男の胸にナイフを思いっ切り突き刺した。
その手はもう震えてはいなかったが、なぜか苦悶の表情を浮かべていた。
男は呻き声を上げ、手からナイフが滑り落ちると、血を流しながらゆっくりと地面へと倒れ込んでいく。
「はっ、初めて・・・人を殺したわ」
彼女は血が付いた手を暗い瞳でじっと見つめていた。
「練習と実践では全然違うわね・・・」
そう呟いた彼女は薄暗い瞳を俺へ向けると、焦った様子で肩を押さえ座り込んでいた俺の傍へと走り寄ってきた。
「エイブレム、大丈夫・・・じゃないわよね・・・。ごめんなさい・・・私があの時、躊躇してしまったから・・・」
彼女は目に涙をためながら、必死に肩から流れる血をどこから取り出したのだろうか、ハンカチで止めようとしていた。
血はどんどん流れ、肩にあった痣は血で赤く黒く染まっていった。
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・。もう躊躇しないから・・大切な人を守るように強くなるから・・・うぅっ、ごめんなさい。」
そう何度も謝る彼女の頭を俺は優しく撫でた。
「大丈夫」
そう彼女に語り掛けると、俺は肩を押さえたまま急いでその場を離れ、彼女の仲間が彼女の元へとたどり着くように誘導する。
彼女が無事に仲間と合流したのを確認すると、俺はサッとその場を離れた。
そして俺が15歳になったある日、辺境の地で過ごしていた俺の元へ怪しい手紙が届いた。
そこには痣と同じ模様の赤い紋章が押されていた。
恐る恐る封筒を開けると、その中には青い宝石と一通の手紙が入っていた。
手紙を開くと、そこに懐かしい字でこう書かれていた。
[この宝石を領主の娘へ渡せ。
これを追ってやってくる亡国の王族たちがこの街へ集まってきている。
その王族と彼女を引き合わせるんだ。]
親父・・・生きていたのか?
俺は手紙を握りしめ、考え込んだ。
この手紙は怪しすぎる・・・、真意が全く読めない。
それに・・・反乱を起こそうとしていた親父の事だ、この手紙の内容には必ず危険が付きまとうだろう。
嬢さんを危険に巻き込みたくはない。
俺は手紙をビリビリに破り捨て、宝石を懐へしまい込むと、父の手紙を燃やした。
そして数日後、また同じ紋章の手紙が届いた。
またか・・・。
封筒を開けると、一枚の手紙と血の付いた見覚えのあるナイフが入っていた
このナイフは・・・親父の・・・?
今度の手紙は知らない荒れた字で書かれていた。
[お前の親父がどうなってもいいのか?
さっさとその宝石を領主の娘に渡せ。
一切他言無用だ。話せばどうなるかわかるだろう?]
くそっ・・・なんなんだよ。
俺は手紙を投げつけると、頭を抱えこんだ。
どうする・・・この宝石を渡せば、嬢さんが危険な目にあうことは目に見えている。
しかし、この手紙を無視すれば・・・。
俺は部屋の中で一人、懐の宝石を握りしめると頭を悩ませた。
そして俺はある決意を決めた。
嬢さんにこの宝石を渡す事を・・・。
そうしてこの宝石を嬢さんに渡し、できる限り嬢さんを危険から守りながら、この手紙の差出人を探しだすことにした。
嬢さんに情報を渡しながら、差出人を探しす中、どうしても嬢さんに会える時間は次第に減っていった。
嬢さんに宝石を渡して数日後、またあの手紙が届いた。
こいつらは誰で・・・いったいどこにいやがるんだ・・・。
急いで手紙の封を開けると、
[山の中にある小屋に王族たちがいる]
そう一言書かれていた。
くそっ、何なんだよ。
俺は急いで嬢さんに知らせに行こうと宿を出たが、屋敷に嬢さんの姿はなかった。
今日は何も予定はなかったはずだが・・・。
屋敷を後にし、訓練場、剣道場へと足を向けるが見つからない。
一体どこへ・・・?
繁華街へと足を向けると、関所の近くで嬢さんたちを発見した。
急いで嬢さんの後をつけ、山の中へ入っていくと、丘の上に小屋がみえた。
この小屋か・・・?ここで嬢さんが王族と出会えば・・・。
嬢さんたちが小屋に入ってすぐ、この周辺に集まる山賊のような輩に気が付いた。
人数だけだな・・・彼女と一緒にいるあの二人なら圧勝しそうだが・・・。
俺はナイフを取り出すと、叢へ隠れ、息をひそめ様子を見ていた。
小屋から出てくると、嬢さんたちの戦闘が始まった。
俺の読み通り嬢さんの連れは強い、これだけの人数を軽々あしらっていた。
そして嬢さんも二人の戦闘の邪魔にならないように、むかってくる男たちに剣を振りぬいていた。
昔のように怯えたようすはなく、勇ましい彼女の姿は美しかった。
戦闘が終盤になる頃、俺の元へ飛んできた剣を避け、叢から出ると、彼女と目があってしまった。
俺は慌てて山の中へ逃げると、彼女が後をついてきた。
中々引きはがせない中、俺はスピードを上げて彼女は振り切ろうとするが、それでも必死に俺の後についてくる。
ようやく彼女の追う気配が離れ、ふと後ろを振り返ると、ボロボロになった彼女が座り込んでいた。
俺は慌てて嬢さんの元へ戻ると、足首が腫れ、傷だらけになった彼女と視線があった。
すぐ足首の手当を施し、俺は彼女の顔をじっと見つめた。
どうしてそんな・・・俺なんかを追いかけてきたんだ?
嬢さん気が付いているだろう?
その宝石がただの宝石じゃないって・・・。
嬢さんが危険な目にあっているのは俺のせいなんだってことを。
そんな俺をなぜ・・・なぜそんな必死に・・・。
彼女の滑らかな頬からは血が流れていた。
俺は咄嗟に彼女の頬へ舌を伸ばすと、甘い味がした。
俺には彼女のようにきれいなハンカチなんて持ってない。
他にも血が流れる体に舌を添わせていく。
彼女の体は柔らかく、甘い香りにおかしくなりそうだった。
そのまま彼女の血を止めようと体を舐めていると、彼女の連れていた二人の気配が近くなってきた。
俺は名残惜しい気持ちのまま、彼女をその場に残し、森の中へ紛れていった。
彼女が無事仲間と戻っていく中、俺は一人森の中に佇んでいた。
目を瞑ればさっきの彼女が鮮明に蘇る。
あぁ、俺が・・・この宝石を渡さなければ・・・彼女はこの事件に巻き込まれることもなかった。
彼女を危険な目にあわせている俺は彼女の傍に居る者として失格だ。
この仕事が終われば・・・俺は彼女の傍を離れるつもりだった。
だってこんな俺は、もう彼女の傍にいる資格はないと思っていたんだ。
でも彼女は俺のそんな思いをすべて受け止めて・・・それでも傍に居てほしいと願った。
その時ふと、母の言葉はよみがえった。
立派な主を見つけなさいね。
母さん、俺見つけたよ。
こんな俺にはもったいないほどの素晴らしい主だ。
俺は森の中薄暗い空を見上げて、呟いた。




